25作品目「男女交際禁止の高校で、公に恋愛をする方法」

連坂唯音

男女交際禁止の高校で、公に恋愛をする方法 その1

 時計の針が十三時をさす。弁当にしきつめられた数十本のたこさんウインナーをほおばりながら、宇田川は職員室のかけ時計に目をやる。

 宇田川は整頓されたデスクからデジタルカメラを手に取り、椅子から立ち上がった。首を鳴らして、足早に職員室から立ち去る。昼休みの廊下は、生徒でいっぱいだ。立ち話を大声で交わすもの、走り回るもの、複数人で集まっておしゃべりにふけるもの、それぞれが昼休み時間を楽しんでいる。

 通りがかった掲示物をちらりと見る。


『新入生に改めて周知! 我が校は男女交際禁止! 交際現場またはその物証を発見次第、退学命令を下す!』


 宇田川は、にやけた。貼り紙の右上に掲示物の作成者の名前が記載されている。


『作成:校則指導課・宇田川徹流』


 第一校舎をでて、体育館へ向かう。体育館に入らず、壁沿いに歩く。そして、裏側へ回る。

 裏には物置小屋があった。授業や部活動でここに来る人間はいない。さび付いた小屋など、誰が利用するのか。

 小屋の大きさは、ひと二人が入れる程度。

 くすんだ色の扉を宇田川は思いっきり引いた。

「てめえらぁ! なに抱きあってんだぁ! わが校の校則を忘れたのかぁ! 男女交際は禁止とされていると、入学説明会で言ったはずだぞぉ!」

 小屋には、お互いに腕を絡み合わせて抱擁を交わす男女がいた。彼らのネクタイを見て、新入生だと宇田川は判断した。突如入ってきた宇田川の方を向き、密着した状態で彼らは硬直した。一気に顔から赤みが引く。宇田川はすかさず、カメラを取り出し撮影ボタンを押した。フラッシュがたかれる。

「てめらぁ! もうお前らはおしまいだ! 交際の証拠は今とれたっ。さあ、どうするっ?」

 鬼の形相をした教員に、カップルは状況を飲み込めていない。

「まだ、わかねえのかっ? おまえら新入生だよな。いいか、うちは共学だが男女の交際を認めていなあい! つまり、お前たちは校則を破ったことになるんだ! 当然それを知っているからこそ、こんな人気のいない場所にやってきてイチャコラしているんだろうが、俺はこの敷地を熟知している。カップルが校内でお互いの欲求を抑えきれずにひそかに会う場所がどこか、俺には分かるんだ! そして! この昼休み時間に、てめーらのようなカップルが会いたがるのを俺は経験からよく知っている。 校則指導課の俺は、校則を破るやつを取り締まらなくっちゃあなっ。この新学期、新入生はよく校則を無視するからなあ!」

 般若のような顔を作った宇田川は心の中でほくそえんでいた。

 カップルは目に涙を浮かべている。宇田川の話を聞いて、絶望的な状況であることを悟ったのだ。

「………ごめんなさい………許してください………」

 男子生徒が、か細い声で懇願する。

「いいだろう。お前らを許してやろう。今回は大目にみてやる」 

 宇田川はカメラを下ろし、壁によりかかった。カップルは顔を見合わせた。

「ほんとですかっ。ありがとうございます!」

 ドンッ。  

 宇田川は壁を足で叩いた。カップルは身をかがめた。

「ただし、別れるならだ! お前らは今後一切の会話は許されない! そして! クラスや移動教室では絶対にお前らを同じにしない。一切、会うな! なら、校外で恋愛を続けるつもりか? できるものならやってみるがいい。お前らの会っている目撃情報があれば、即、退学だ! この学校に在学しているかぎり、恋愛はできない! それがいやなら、退学することだな! さあ、どうするっ?」

 カップルはひたすら謝り続ける。宇田川は聞く耳を持たなかった。

「明日の放課後、おまえらの処分を決める会議を開く。お前らはそれに出席してもらう。そこで意思を伝えるんだな!」

 そう言って、宇田川は小屋を去った。宇田川はガッツポーズをとる。清々しい顔をしている。


 三日後、再び昼休みの時間。授業終了のチャイムが鳴ると同時に、生徒は廊下へ飛び出す。どこかで女子生徒同士の会話が聞こえる。

「ねえねえ、知ってる? 一年生のカップルで、付き合ってることがばれた子たちがいるんだって。しかも、二人で一緒にいるところを宇田川のやつに目撃されたんだって」

「その話知ってるー。てか宇田川先生って呼びなよ。あいつに聞かれたら目つけられちゃうじゃん」

「一年生かわいそーだよね。恋愛禁止の校則が退学レベルで厳しいだなんて知らないだろうし、宇田川こわすぎだし」

「うんうん、その子たち結局別れたんだよねー。カワイソー。うちみたいに上手く隠さなきゃ、この学校で恋愛なんてできないよー」

「あんたたち全然バレないよね。すごーい、え」

「え?」

 会話が途切れ、少し間があく。

「………ねえ………あれカップルじゃない? ………たぶん一年生………だよね」

「………………うそ……でしょ」


 廊下にざわめきが起こる。生徒たちの視線は、長い廊下の奥へ向けられている。

 さっきまで波のように押し寄せていた騒がしさが、あっといういまに引く。ただ、上履きがフローリングを一定のリズムで鳴らす音だけが響いていた。二つの足音はきっちり重ねられている。

 みなの視線を浴びながら、互いに腕を組んで悠々と歩く二人の制服姿があった。

 学ランを肩にかけて歩く男子生徒と、ひざ丈までしかないスカートをゆらゆらゆらす女子生徒。二人は周りを気にする様子もなく、廊下の中央を進む。

 互いに体を寄せあって、たまに見つめ合う。


「てめーらっ!  なにをやっているんだあぁっ!」

 低く鋭い声が鳴り響く。周囲の人間は顔を反対に向けて、声の方向を見た。

 宇田川だ。階段付近に仁王立ちしている。

 二人は、顔を真っ赤にした宇田川をみて足を止めた。宇田川と二人は廊下の対極で向き合っていた。

 宇田川が歩みを進める。

 二人は顔を近づけて、接吻を交わした。宇田川の足が止まった。



つづく。

 

 

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