💰逆転の秘策


「それじゃあ、もう一度聞くよ。ボクと取引をしない?」


 チトセが取引を持ち掛けてきた、あの日。

 ダリスが取引に応じたあの夜を境に、戦況は大きくひっくり返った。 




「まずはボクと、ヨミお姉さま、ジュハくんの奴隷契約を解除してほしい」

「…………理由を聞いてもいいか。チトセはまだしも、ヨミとジュハはまだ購入代金の支払いも終わっていないんだ」


 このときは負債を理由にしたけど、本音を言えば奴隷契約を手放すのが惜しかった。せめてヨミとジュハは手元に……、と思ったことを告白する。


 チトセは金貨5枚だったけど、ヨミとジュハは合わせて金貨130枚。実に1300万円相当の大きな買い物。

 それだけのお金を払って手に入れた奴隷契約という権利を「はい、オッケー」と手放すのはさすがに抵抗があった。


「理由はふたつ。まずボクはこれから、ホークスブリゲイドのメンバーに接触して、移籍を匂わせる。これは情報を引き出して買収するためだ。そのときに奴隷契約が邪魔になる。もう一つはダリスの懐の広さを見せるため」

「懐の広さ?」

「買収するにはお金があればいい。だけど、しっかり仲間に引き込むためには、その先にも人参をぶら下げておく必要がある。成果を上げれば奴隷でさえも重用される、それなら自分だってきっと、ってね。ヨミお姉さまとジュハくんの契約解除はそのために必要」


 それを聞いてダリスはピンときた。

 これは『まず隗より始めよ』というヤツだ。

 確か、有能な人材を集めたいなら、まず身近にいる者を優遇することから始めなさい、という意味の中国の有名な故事。


 これも秦の始皇帝を題材にしたマンガで読んだ。

 大事なことは大体マンガが教えてくれる。


 この世界の感覚では、奴隷とは主人の持ち物であり、奴隷がいかに役に立とうとも優遇されることなど、ましてや奴隷から解放されることなどありえない。


 その『ありえない』を実践することが、『身近にいる者を優遇する』になる。

 ダリスは一拍悩み、すぐに結論を出した。


「なるほど。わかった、さっそく明日にでも契約解除の儀式をやろう」


 契約解除の儀式には、奴隷契約の証文と、奴隷本人が揃っている必要がある。

 チトセだけはこのままやってしまうこともできるけど、三人一緒にやった方が儀式の準備をする手間が省ける。


「決断が早くて素晴らしいね。そうそう。メンバーを買収するときは、ダリスのスキルを使わせて」

「おお。優秀なステータスを持ってるヤツを選べばいいんだな?」


 ここしばらく出番がなかったダリスのスキル『真・鑑定』に、やっと活躍できる場面がやってきた。戦闘力をはじめ様々なステータスを見ることができる優れもの。

 本人もまだ気づいていない隠れた才能さえも、ダリスのスキルにかかれば丸裸。


 意気揚々と返事をしたダリスに、チトセは慌てて訂正をいれてきた。


「ちがう、ちがう。逆だよ、逆」

「逆?」

「別に戦闘要員が欲しいわけじゃないんだ。そこそこモンスターを倒せて、素材収集ができれば十分」


 なんだそれは。『そこそこモンスターを倒せて、素材収集ができれば十分』って、ホークスブリゲイドに所属しているような冒険者なら、誰だってそれくらいのことはできるだろう。


 せっかく、スキル『真・鑑定』の出番だと思ったのだけど、これでは……。


「それなら、別にスキル使わなくったって――」と、ちょっといじけ気味に返事をしたダリスに、チトセが理由を説明する。


「なるべく、ホークスブリゲイドで不遇をかこっている人がいいんだ」

「……そうか。冒険者として有能でない方が、クランでは肩身が狭い」


 今いる場所を居心地が悪いと感じているなら、引き抜くハードルは大きく下がる。


 そのためにステータスを見る必要があるのか。

 戦闘力が低い、具体的にはD以下を目安として、ほかのステータスも低ければプラス査定。今、求められているのは、そういう鑑定だ。


「そういうこと。それとね、ダリスにはお金を集めて貰いたいんだ」

「買収に使うんだな。いくらだ?」


 お金集め、まさに経営者の仕事って感じがするな。

 あくまでもイメージだけど。


 そのときの手持ちは、金貨100枚ぐらいだった。

 確かに軍資金としては心許ない。倍はあった方がいいだろうか、などと考えていたダリスはすぐに度肝を抜かれることになる。


「向こうのメンバーがどれくらい貰っているかにもよるんだけど、金貨1,000枚あればさすがに足りるんじゃないかな」

「ぶっ!! せ、1,000枚!?」


 あのときは、おもわず噴き出してしまった。

 それも仕方ないことだ。想定の十倍の金額が飛び出してきたのだから。

 ホークスブリゲイドのメンバーが思っていた以上に安い報酬で働いていたので、結果的に金貨500枚の借金で済んだ。本当に良かった。


 いや、半分になったところで、ものすごい大金であることに変わりはないけど。


「そう。1,000枚。会社やるんだから一億円の調達くらい普通でしょ」

「普通、なのか」


 そうなのか。借金一億円は普通なのか。

 何度、頭の中に問いかけても答えが返ってくるはずもなく。


「あとは……。そうだ、人手が欲しい。冒険者じゃなくて、作業ができる人」

「作業……、あっ、そうか。うろこの盾の量産だな」

「正解。ホークスブリゲイドのメンバーを引き込んだら、素材が手に入るようになる。買収した人達にも手伝わせるから、これまでの何倍も手に入る。もうダリスの内職でどうこうなるレベルじゃなくなる」


 以前、一カ月で五十個作ったときは、正直ここが限界だと思った。

 あのときは、代わりにやってくれる人がいてくれればと、どんなに願ったことか。


「わかった。考えてみる」


 結果的にこの問題はジュハが解決してくれた。

 彼の故郷では、多くの亜人たちが職を探しているらしい。


 亜人というだけで差別をうけている仲間たちに仕事を渡すことができるなら、とジュハは連絡役も買って出てくれた。


 この機会に「グロテスク」だとか「趣味が悪い」だとか散々な言われようだった、盾の表面にあるうろこの色塗りにも挑戦した。どうせなら色んなカラーを用意しようよ、と言い出したのはチトセだ。


「これまでの話って、ホークスブリゲイドに勝つための方法だよな。取引ってことは……」

「うん。ここからが本題。この件が片付いたら――」




💰Tips


【まず隗より始めよ】

 中国で春秋戦国時代と呼ばれる時代のこと。

 燕の昭王が郭隗に「国に賢者を集めるにはどうしたらいいか」と問うと、郭隗は「賢者を招きたいなら、まず私を優遇してください。私のような凡人でも優遇されるなら、と私より優秀な者たちが集まってくるでしょう」と答えた。


 似たような言葉で「死馬の骨を買う」というものがある。

 これは「死んだ馬の骨を大金で買えば、生きた名馬を売りに来る者が現れる」という意味だ。郭隗はこの逸話を引き合いにだして、「まず隗より始めよ」と昭王に自分を売り込んだ。


 郭隗はなかなかやり手の営業マンだったようだ。

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