💰なぜ、私は負けたのでしょうか
「久しぶりだな。もう少し早く来るんじゃないかと思っていたんだが」
ダリスは暗に『買い被りだったか』と言い含めている。
ショウは両手を顔の位置へと上げ、「降参です」と首を横に振った。
「降参ついでに、教えてください」
「なにが知りたい?」
「……なぜ、私は負けたのでしょうか」
メンバーが次々と脱退していった原因が、ダリス達であることはわかっている。おそらく脱退した三十人全員がダリス陣営に引き込まれたのだろう。
しかし、なぜそうなったのか。いくら考えても答えが出ない。
この街で最大のクランであるホークスブリゲイドから、冒険者になって一年も経っていない弱小勢力であるダリスに鞍替えするメリットはなんだ。
「俺がアンタより優秀だったから。……と、言いたいところなんだが、本音を言えば仲間に恵まれたおかげだ」
「仲間……、それはそこにいる奴隷たちのことですか?」
黒い衝撃 チトセ=コウガサキ、神速 ジュハ=シュタイン、魔女の射手 ヨミ=ノツーガ。彼らが優秀な冒険者であることはショウも知っている。しかし、それだけでは説明がつかないことばかりだ。
「奴隷? はて。ここに奴隷なんて一人もいないんだがな」
不意にダリスがとぼけたことを言い出した。
彼の二つ名は『奴隷遣い』、それは三人の奴隷を従えた司令塔だか……ら……。
ショウは自身の目を疑った。
あるはずのものが、なくなっている。
「奴隷紋が……ない?」
チトセも、ジュハも、ヨミも、右手の甲に浮かんでいたはずの奴隷紋がすっかりなくなっていた。
さきほど玄関でジュハを見たときに感じた違和感。
正体はこれだったのか、と今さらながら合点がいった。
「奴隷契約を解除したのですか。……しかし、それだけでは」
「別に奴隷契約を解除したからアンタに勝てたなんて言ってない。まあ、それも勝てた理由の一つではあるけどな」
何を言っているんだ、この男は。
のらりくらりと、いつまでたっても話の核心にたどり着かない。
ショウは一つずつ疑問をぶつけていく。
「あなたが、我がクランのメンバー達を引き抜いたことはわかっています。しかし、どうやって彼らを説得したのかがわかりません」
「説得というか……、端的に言うとお金だ。彼らが満足するだろう金額を提示してこっちの味方についてもらった。それだけだ」
「三十人、全員ですか?」
「もちろんだ。……アンタのクランさ、戦闘力によって分け前が違うだろ」
急に何を言い出すのかと思えば、
「当たり前です。戦闘力が高い者は高難易度ダンジョンに行き、戦闘力が低い者は低難易度ダンジョンに行く。クランにより貢献した者が、より多くの報酬を得るのは当然でしょう?」
これはホークスブリゲイドに限らず、多くのクランが採用している方式だ。
そういえば、今回引き抜かれたメンバーはクランの中でも特に戦闘力が低いメンバーばかり。
報酬が低い者ばかりを狙い撃ちにしたということだろうか。
しかし、どうやって……。
いや、よくよく考えればダリスは才能のある奴隷を見分けてここまで上ってきた名伯楽なのだから、逆も見分けられることに不思議はない。
ギフト持ちである可能性には気づいていたのに、迂闊だった。まさか末端から攻められるなんて考えもしなかった。
「実力評価だな。良し悪しはさておき、この制度の問題点は戦闘力が低い者はずっと報酬が低いってことだ。支度金に金貨10枚、月額報酬に金貨3枚、加えて素材収集のインセンティブ。皆さん、すぐに首を縦に振ってくれたぜ」
ショウは耳を疑った。
今月だけで、金貨が390枚も必要になる計算ではないか。
戦闘力の低い、言うなれば冒険者としては落第ギリギリの者たちに、そんな大金を渡すなど正気の沙汰ではない。
「どこから……、そんなお金が……」
「おいおい。俺の実家、知らないわけじゃないだろ?」
ダリスが取り出したのは、琥珀色をした懐中時計。
クラノデア子爵家の家紋が刻まれている。
しかし……。子爵家は貴族とはいっても爵位は下から数えた方が早い。
いかに息子とはいえ、何百枚もの金貨をほいほい援助してくれるものだろうか。
「はっ。借りたんだよ、金貨500枚。アンタのせいでおっきな負債を抱えるハメになっちまった。ホント、いい迷惑だぜ」
本気で嫌そうな表情を浮かべながら、ダリスは懐中時計を懐へとしまいこんだ。
金貨500枚もの大金。貸す方も貸す方なら、借りる方も借りる方だ。
ショウにはそんな額の借金を背負う覚悟は持てない。
「いやあ、それにしても。まさか『うろこの盾』のせいで街の武具屋に目をつけられてるとは思わなかったな」
ダリスは「仲直りできて良かった、良かった」と、満足そうにうなずいている。
「武具屋に行ったら、うちが仲を取り持ったことになっていましたよ」
「元ホークスブリゲイドのメンバーに仲介して貰ったからな。勝手にあっちが勘違いしたんだろう」
なんとも白々しい。そうなることを見越していたのは明らかだ。
むしろ、そう勘違いするように仕向けたに違いない。
「その『うろこの盾』ですが、相当な数が流通してますよね。一体、どうやったんですか?」
「どうやった、って。そんなの人手を増やすしかないだろ」
「それをどうやったのか、って聞いているんです」
「さっきも言っただろ? 仲間に恵まれたおかげだ。な、ジュハ」
「はい! ダリス様!」
笑いかけるダリスと、元気よく返事をするジュハ。
二人の間には強い信頼の絆があるように見えた。
はぐらかされる結果に終わったわけだが。
それ以上は、聞いても教えて貰えなかった。
情報を整理すると、こういうことだろうか。
軍資金として金貨500枚を借り入れ。
そのほとんどを使って、ホークスブリゲイドのメンバー三十人を買収。
ホークスブリゲイドからの妨害が弱まったところで素材収集を再開。
メンバーから情報を収集し、武具屋との関係値を改善。
人手を集めて『うろこの盾』を色違いで大量生産して販売再開。
ここまでのことをやられて、今まで気づかなかったのか、と自分自身の愚鈍さにも呆れてしまう。
人海戦術で彼らを封じ込めたとき、ショウは『勝敗は決した』と思った。その油断に足をすくわれた結果だ。
言い訳のしようもない。まさに完敗であった。
💰Tips
【実力主義】
年齢や勤続年数に拠らず、仕事の成果や能力によって評価する制度。
日本では年齢や勤続年数を評価する『年功序列』を採用している企業が多くあったが、バブル崩壊を契機に実力主義を導入する会社が増えていった。
何事にもメリットとデメリットがある、と言われるが、実力主義におけるデメリットには『弱者に厳しい』という点が挙げられる。
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