💰敗北に心は折れて


「くそっ、またかよ」


 ダリス達が狩りを始めると、同じ場所に冒険者がぞろぞろと集まってくる。

 全てホークスブリゲイドのメンバーだ。


 危害を加えられるとか、物騒なことが起こるわけではない。

 ただ単純に、狩場でモンスターの取り合いが起こるだけ。


 この狩場にはダリス達四人を含めて、総勢二十人もの冒険者がひしめき合っている。これでは誰も十分な成果を上げることはできない。

 誰も得をしない、ただの消耗戦だ。


「これじゃ、キリがない」

「どうしましょう。別の場所に移動します?」

「はっ。無駄だ、無駄。アタシらが移動したところで、どうせヤツラがぞろぞろ付いてきて同じ状況になるだけさ」


 残念だけどヨミの言う通りだ。

 これまでにも何度か試したことがあるが、彼らを振り切ることはできなかった。


 チトセを除いて、ダリス達の戦闘力は並以下。

 ホークスブリゲイドの冒険者たちとは基礎体力に大きな差がある。

 もちろん負けている、という意味で。


 ダンジョンには一部、ごく少数しか入れない狭い狩場もある。

 そういった場所に狙いを定めたこともあるが、先に陣取られていた。


 ダンジョンの構造についても、ダリス達よりホークスブリゲイドの方が正確に把握しているため、彼らの目を搔い潜ることができないでいた。


 言わずもがな、ナーガリザードがいる沼も、バクラージがいる奥地も、常時ホークスブリゲイドが張っていて素材を取りに行くこともできない。


 巨大クランが全力で妨害を仕掛けてくると、まともに狩りをすることさえ許されない。数の暴力にダリスは打開策を見いだせずにいた。



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 ホークスブリゲイドのアジト。

 ショウは紅茶を飲みながら伝令から報告を受けていた。


 ダリスたちは今日もろくにモンスターを狩ることなく、すごすごと屋敷へと引き返した――という内容。ショウは口元に笑みを浮かべる。


「ここまでやれば、もはや素材を収集するどころではないでしょう」


 ホークスブリゲイドのメンバーは総勢百名強。

 その半分以上が静かな湖畔のダンジョンに入り、ダリスが狩りをする邪魔をしているのだ。



 常に張り付いて彼らの狩りを邪魔するメンバーが二十名。

 素材の狩場と判明している場所を占拠しているメンバーが二十名。

 ダンジョン内にある狭い狩場を占拠しているメンバーが十五名。

 定時連絡の伝令をするメンバーが十名。


 総勢六十五名。


 残りはこれまで通り、各地のダンジョンでモンスターを狩って魔光石を集めている。クランの財布を支える大黒柱であり、精鋭部隊である。


 武具屋の店主たちがアジトに押しかけてくることはなくなったが、クランの収入は二割から三割ほど減少した。


 しかし、ここで止めては元の木阿弥。

 マークが外れれば、ダリスはすぐにでも武具の生産を再開するに違いない。


 メンバーにはクランの金庫から収入を補填をすることで、不満の声を押しとどめている。


「さあ、王手チェックですよ。ダリスさん」


 ショウは口角を上げて笑みを浮かべる。

 王手チェックと言ったが、実質は詰みチェックメイト。勝敗は決した。

 あとは投了の宣言を待つばかり。



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 まるでお通夜のような、静かな夕食の時間が過ぎていく。

 聞こえるのは、カトラリーと食器が触れる音だけ。


 ここ数日はいつもこうだ。

 モンスター狩りは開店休業。

 モンスターを狩れなければ魔光石は手に入らない。

 魔光石が手に入らなければ、お金を得ることはできない。


 お金が無いのは首が無いのと同じ。

 そして人間は、首が無ければ言葉を発することもできないんだ。



 夕食の前まで、ダリスは執務室で硬貨を数えていた。


 ホークスブリゲイドから執拗なマークを受けるようになって一カ月。

 素材の収集はもとより、モンスターを狩ることも満足にできない日々が続いた。


 一カ月の稼ぎはたったの銀貨6枚。

 金貨ではなく、銀貨が6枚。


 数え間違える心配も要らないほど、わずかな稼ぎに涙がこぼれた。


 言うまでもなく、大赤字である。

 どれくらい赤字かというと、実に金貨13枚分の赤字だ。


 うろこの盾で儲けたお金があるからまだ100枚ほどの金貨が手元にあるが、奴隷購入費の支払いが金貨30枚分残っているから……いや、もうそんな次元の話ではない。


 いくら手元に残っているとか、あと何か月なら耐えられるとか、そんなことにもう意味はない。


 ダリスはホークスブリゲイドとの戦いに負けたのだ。


 街一番のクランが本気を出せば、ダンジョンでモンスターを狩れなくするなんて簡単なこと。という事実をまざまざと突きつけられた。


 他の街に拠点を移すことも考えた。

 しかし、そこにはまた別の大きなクランがあって、ダリス達が目立てば今回と同じような目に遭わされるだろう。


 身の程を弁えて、身の丈に合った稼ぎ方をしろ、と。

 出る杭を叩きにくるに決まっている。


 ダンジョンビジネスで儲けようと考えたことが、そもそもの間違いだったのかもしれない。幸運なことに、負債を整理しても手元のお金は金貨60枚以上残る。家を出たときの倍以上だ。


 これを元手にして、新しい商売でも始めた方が儲かるんじゃないだろうか。

 例えば……そうだ、クレープ屋なんかを始めてみるのも面白そうだ。


 ダリスの心はもう、根元から折れてしまった。




〇現時点の収支報告(1ヵ月分)

  資金:金貨121枚と銀貨9枚(1219万円)

  収入:銀貨6枚(6万円) ※魔光石売却益

  支出:▲金貨1枚と銀貨5枚(15万円) ※1ヵ月の生活費(奴隷3名含む)

     ▲金貨2枚(20万円) ※1ヵ月の消耗品費・雑費

     ▲金貨10枚(100万円) ※奴隷購入費の分割払い(1ヵ月分)


 残資金:金貨109枚(1090万円)


 買掛金:▲金貨40枚(▲400万円) ※奴隷購入費の支払い残額(負債)




💰Tips


【奴隷契約】

 奴隷紋によって結ばれた主従関係は、主人の判断によって契約を終了することができる。契約終了後は、奴隷紋は跡形もなく消え去り奴隷は人としての権利を取り戻すことになるが、財産を持たないため衣食住の確保が課題となる。

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