💰新しい武器
クランのメンバーに蛇トカゲの沼地を占拠させて一カ月が経った。
ショウの目論見通り、うろこの盾が新たに出回ることはなくなり問題は解決したかのように見えた。
しかし。
ホークスブリゲイドのアジトには、再び武具屋の店主たちが集まっていた。
「確かに盾の方は元の鞘に収まりました。でも今度は矢が売れなくなったんです。なんとかしてください!」
ショウは腕を組んで静かに話を聞いている。
心の中では大きなため息をついているが、表には見せない。
こんなくだらないことに、一体いつまで付き合えばいいのか。
ただでさえこの一カ月間、大した稼ぎにもならないナーガリザード狩りに十人ものメンバーを投入してきたのだ。
もちろん、ショウ自身の時間も取られているから、遠征に出るヒマもない。
結果として、クラン全体の稼ぎは明らかに落ちこんだ。
毎月の稼ぎからクランの運営費を除き、全てをメンバーでシェアするホークスブリゲイドの報酬モデルでは、クランの収入減は所属メンバーへとダイレクトに反映される。
当然、メンバーからは不満の声も上がってきていた。
「今度は何が問題なんですか?」
「投げ槍ですよ! 投げ槍!」
憎々しげにいう店主をショウは冷めた目で見ていた。
ここ半月ほど、投げ槍を持っているメンバーが増えたことは把握している。
従来の投げ槍と大きく違うのは、槍の穂に付けられているものがモンスターの角であること。この角にはショウも見覚えがあった。
静かな湖畔のダンジョンの深部で出てくるバクラージと呼ばれる一角兎の角だ。
使っているメンバーによると「何度も使えて経済的なんです」と言っていた。
鏃が破損しやすい矢と比べて、穂が丈夫な投げ槍は回収すれば使いまわしが容易という利点がある。
いま出回っているバクラージの投げ槍は、従来の金属製の投げ槍よりも丈夫で貫通力も高いらしく、一本買えばしばらく使えると評判になっていた。
とはいえ、投げ槍は弓とは違った技量を求められる投擲武器である。
しかも投げ槍は矢に比べて大きく、いくつも持ち歩けないため、元々それほど人気のある武器種ではない。
これまで弓矢を専門にしていた者たちは、引き続き弓矢を使い続けているようで、投げ槍を使っているのは、前衛の戦士たちがサブウェポンとして持っていた弓矢を投げ槍に持ち替えたパターンが多いようだ。
どう考えても、うろこの盾ほどの影響が出ているとは考えられない。
「投げ槍……ですか」
結局のところ、この店主たちは少しでも自分たちの領域が侵されることが気に食わないだけ。そんなことに、こちらを巻き込まないで欲しいというのがショウの本音。
「出どころはわかっているのですか?」
「それが……。今回はよくわからんのです」
「そうですか……」
もちろん、ショウは知っている。
今回も元凶はダリスだ。うろこの盾の件で慎重になったのだろう、今は静かな湖畔のダンジョンでこの投げ槍の辻売りをしているらしい。
一応、口止めはしているようだが、人の口には戸が立てられない。
クランのメンバーが持っていれば、リーダーのショウなら口を割らせることは難しくない。
それも、売っているのが街で有名な奴隷遣いなのだから。
「わかりました。何とかしましょう」
「おお! さすがはこの街一番のクラン、ホークスブリゲイドのショウさん!」
「いえいえ。クランと武具屋は持ちつ持たれつ、ですから」
面倒なヤツラだが、無下にもできない。
冒険者にとって武具は商売道具だ。彼らの機嫌を損ねて武具の値段をそろって値上げされたり、ストライキを起こされて武具を売ってもらえなくなったりすれば、クランはもちろん冒険者全体が苦境に陥る。
もちろん彼らだって売上に影響するから、おいそれと強硬手段に出るようなことはないだろうが……。
それに投げ槍を売っているのがダリスということであれば、まだまだ向こうも戦う気があるということだ。ダリスを手中に収めるという裏の目的のためには、さらに徹底的に叩くのも悪くはない。
「ふっふっふ。なかなかしぶといですね、ダリスさん。ここから先はさらなる地獄のはじまりですよ」
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「銀貨100枚は金貨10枚の売上。うーん、うろこの盾のときと比べると、まだまだ厳しいな」
バクラージが放つ角ミサイルを回収し、植物系モンスターの蔓と枝に括り付けて作ったバクラージの投げ槍は一本あたり銀貨5枚で値付けした。
二十四本セットの矢が銀貨6枚だから、それより安くしておこうと考えての値段設定である。
それが二十本売れてなんとか金貨10枚の売上。
チトセ達への報酬はそれぞれ銀貨5枚しか渡せなかった。
このバクラージの投げ槍には大きな問題がある。
ナーガリザードの鱗と違って、バクラージの角は一匹につき一本しか取れないことだ。
自発的に飛ばしてくれるから鱗を剝ぐときのような手間が掛からないことと、深部のモンスターだから魔光石もそこそこ大きい点はメリットだけど。
「でも、そろそろ邪魔が入る頃だろうな」
バクラージの投げ槍を売っているのがダリスであることは、ショウならもう気づいているだろう。まだ邪魔が入っていないのは、蛇トカゲの沼地よりも奥地であることから対応できるメンバーの選定に時間が掛かっているのかもしれない。
次の商品を考える、か。
そう考えるだけで気が滅入る。
うろこの盾だって、バクラージの投げ槍だって、売ろうと思えばまだまだ売れる商品だ。どちらも一生懸命考えて生み出した武具なのに、素材の収集を妨害されるせいで作れなくなるなんてバカらしい。
ショウはどこまでこんなことを続ける気なのだろうか。
〇現時点の収支報告(1ヵ月分)
資金:金貨110枚と銀貨9枚(1109万円)
収入:金貨17枚(170万円) ※魔光石売却益
金貨10枚(100万円) ※バクラージの投げ槍20個分の売却益
支出:▲金貨1枚と銀貨5枚(15万円) ※1ヵ月の生活費(奴隷3名含む)
▲金貨2枚(20万円) ※1ヵ月の消耗品費・雑費
▲金貨1枚(10万円) ※1ヵ月の装備補修・買い替え費
▲金貨10枚(100万円) ※奴隷購入費の分割払い(1ヵ月分)
▲金貨1枚と銀貨5枚(15万円) ※奴隷への特別報酬(1カ月分)
残資金:金貨121枚と銀貨9枚(1219万円)
買掛金:▲金貨50枚(▲500万円) ※奴隷購入費の支払い残額(負債)
💰Tips
【投げ槍】
その名の通り投擲用の短い槍。
柄から穂先までで1メートルほどの長さ。
人間同士の戦争においては弓矢の方が圧倒的に利便性が良いため、中世以降、投げ槍の出番はほとんど無くなった。
元々は狩猟に使われていた武器であることから、この異世界におけるモンスター討伐においては、いまだ活用されている。
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