💰開戦


「残念ながら交渉は決裂しました」


 武具屋の店主たちに向かって、ショウは残念そうに首を横に振る。


「なんですって!?」

「俺たちはアンタを信頼して、わざわざ頼みに来たんですよ!」

「俺たちに死ねっていうのか! これはアンタら冒険者の問題でもあるんだぞ!」


 顔を真っ赤にして憤る店主たち。

 都合の良いときにだけ使われる『信頼』という薄っぺらな言葉に、思わず失笑がこぼれる。


「ふふっ。早とちりしないでください。私は『交渉は決裂した』と申し上げただけです。交渉決裂のあとには当然、戦いが控えています」

「戦いだって? 乱闘でもしようってんですかい?」

「まさか。そんなことをしたら辺境伯の騎士団に鎮圧されてしまいますよ。冒険者同士の戦いはルールを守って静かにやるものです」


 四十五度、首を傾げている店主たち。

 ショウはそれ以上なにも語らず、窓から外を眺めていた。


 視線の遥か先には『静かな湖畔のダンジョン』がある。

 これから始まる戦いの舞台となる場所だ。


 ショウがダリスと手を組みたかったのは本当だ。

 だから残念だという気持ちも決して嘘ではない。

 あくまでショウが上、ダリスが下という序列の元で、彼の才能を、おそらくは彼が所有しているであろうギフトを、もっと有効活用していきたいと考えていた。


 だが一方で、彼が提案を断ったことを喜んでもいた。

 今、彼と手を組めば力関係は7:3、下手をすると6:4でギリギリこっちが上、といったバランスに収まるだろう。


 だが、ここで一戦交えて彼をコテンパンにやっつけた上で手を組めば、力関係を8:2、いや9:1まで持っていくことができるハズだ。


 そこに生まれるものは協力関係という名の従属。

 自分の手の中に収めたも同然となる。


 いや、もっとうまくいけば手を組むどころか、丸ごとクランに組み込むことだってできるかもしれない。


「ふっふっふ。待っていてくださいよ、ダリスさん。息の根を止めるギリギリで、私があなたに手を差し伸べる、その時を」


 一人で楽しそうに笑っているショウを、武具屋の店主たちが不思議なモノを見るような目で見つめている。首の角度は五十度に達しようとしていた。



💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰



「うわ、ギッチギチだ」

「…………七、八、九、十。もう満席ですね」

「こんな狭い狩場に十人も先客がいんのかよ」

「なんだ、これは。……なんなんだよ、これは!!」


 思わず口から不満の声が飛び出す。

 原因はひとえにこの場の人口密度である。


 そもそもが狭い場所な上、ほとんどが沼になっていて戦える場所が限られている『蛇トカゲの沼地』に十人も先客がいるのだ。


 不人気エリアであるはずの沼地に、こんなに人がいるところを初めて見た。

 冒険者たちはダリス達に気づくと、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。


「ようやく、おいでになられたぞ」

「やれやれ。今日はもう来ないのかと思ったぜ」


 明らかにダリス達に向けた言葉だ。

 もっと早い時間からこの場所を取っていた、ということだろう。

 まるで花見の場所取りじゃないか。


「おっ、アッチに獲物が出てきたぞ」

「よし、獲り逃すなよ」


 ナーガリザードが姿を現すと、すぐに取り囲んで巧みな連携で倒してしまう。

 一人一人の強さはそれほどでもないが、それなりに練度の高いパーティーであることが一目でわかった。


 それだけにアンバランスさが際立つ。

 これほどの腕があれば、もっと大きな魔光石が取れる狩場がいくつだってある。


 わざわざナーガリザードなんかを狩る必要はないハズ。

 ならば、その目的は。


「ちっ。これが……ホークスブリゲイドのやり方か」

「素材を剥ぎ取る方法はわからなくても、素材を剥ぎ取らせない方法なら簡単」

「あいつら、俺たちに一匹だって渡す気はないらしい」


 モンスターの数は一定。

 同じ場所で狩りをする冒険者が多いほど、効率はどんどん悪くなる。


 冒険者同士の争いはご法度。

 狩場の拠点は先着優先。

 戦闘中のモンスターの横取りは禁止。


 だからクランのメンバー総出で狩場を独占してしまえば、後から来た者は拠点を作ることができず、モンスターを狩ることができない。

 こういった人海戦術が取れるところもクランを結成するメリットの一つであり、ルールに則っている以上は正攻法である。


 仮に暴力で狩場を奪うことができるルールだったとしても、冒険者十人を相手にするのはリスクが高いからやらないだろうけど。


 目の前で、ナーガリザードが次々に狩られていく。

 それを黙って見ていることしかできない。

 口惜しさと歯がゆさを耐えるため、思わずグッと奥歯をかみしめる。


「……帰るぞ」


 小さな声で呟き、ダリスたちは蛇トカゲの沼地をあとにした。

 ダンジョンの奥地へと向かい、魔光石狙いのモンスター狩りへと切り替える。


 狩れども狩れども、心が晴れることはない。

 本来ならナーガリザードの鱗でいっぱいにするハズだった袋に魔光石を詰め込みながら、ダリスは自らの敗北に打ちひしがれた。



 執務室へ戻ると、ダリスはそのままソファーへと向かい、ドスンと身体を沈ませた。座り込んだ瞬間に、「くそっ!!」と悪態が口をついて出てしまう。 


 ショウが、ホークスブリゲイドが、ここまでやってくるとは思っていなかった。

 ダリスも素材を取れないが、ショウだってクランの人員を十人も無駄にしている。

 そこまでして嫌がらせをしたいのか、と考えるとはらわたが煮えくりかえった。


 今日の状況が続けば、今までのようにナーガリザードの鱗を集めることは難しい。

 とはいえ、このまま魔晶石を狙った狩りを続けても以前の売上に逆戻りだし、チトセ達に報酬を出すこともできなくなってしまう。


 どうすればいいのか……。

 チトセに助言を、という考えが頭をよぎるが振り払う。


『なにそれ。くっだらない』

『決めるのはダリスだから、別に良いけど』


 あの日から二人の関係は微妙だ。

 あからさまに避けられているわけではないが、どこか態度に壁を感じる。


「これは俺のビジネスなんだ。自分の力で打開できなくてどうする」


 決意を言葉にすることで、ダリスは自身を追い立てる。

 今できる最善を尽くすしかない。


 元々、うろこの盾の需要に限界がくるまでに、新しい武具を開発するつもりだったのだ。その時期が少し早まっただけのこと。




💰Tips


【人海戦術】

 人数の優位を利用して、目的を達成するためには多少の損害すらも厭わず数の力で押し切る戦術。数こそが重要であるため、人材の質よりも量を重視する。

 尚、『人海』とは、人が大勢集まっている様子を海に喩えたものである。


 対義語は『少数精鋭』、『一騎当千』となる。

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