💰もう少しリアリティを持たせろよ


「えっ!? 僕がダンジョンに行くんですか?」


 渡された武具を両手に抱えたまま、ジュハが目を大きく見開いた。


 武器はショートソードとラウンドシールド。

 ゲームをスタートしたばかりの主人公の姿って、多分こんな感じだと思う。

 見たこと無いけど。


「そうだ。正確には君たち三人、……あと俺」


 本当はダンジョンでのモンスター狩りなんて危険なことは三人に丸投げして、ダリスは安全な場所でこれからのビジネスプランを練ったりしていたい。

 なんとなく、そっちの方がCEOのイメージにも合ってるし。現場で体を張るのは社畜っぽいから。


 でも、チトセがいる以上はそうもいかない。

 彼女はこの世界の言葉を話せないし、聞き取ることもできない。

 新しく加入したジュハ&ヨミとコミュニケーションが取れない状況は、仲間同士の連携が重要なパーティー戦闘において好ましくない。


 結果として、ダリスが同行して通訳になる以外に選択肢がなかった。


「ちっ。お貴族様はいい趣味してやがる」


 客間のテーブルから少し離れた場所にあるソファーから、涼やかな声で悪態をつかれる。このギャップが……たまらない。


「あれ? 俺、貴族だって言ったっけ?」

「はっ、そんなこと。この豪邸を見りゃガキだってわかんだろ」


 鼻で笑いながら、ヨミが首をぐるりと回して部屋を見渡している。


 彼女の言葉で、今さら気がついた。ダリスは転生して十五年、そのほとんどをクラノデア家の本邸で過ごしてきたことで、立派な世間知らずに育っていたらしい。


 アニメでしか知らないけど、確かに庶民の家はもっと質素でこじんまりしていた気がする。


「いい趣味って、どういう意味ですか?」


 ジュハが枯茶色の瞳をパチクリさせている。


「ふん。お子ちゃまウサギにはわかんねぇか? コイツはアタシたちがダンジョンでモンスターに殺される様子を見物しようって魂胆なのさ。わざわざ一緒に行くっていうのも、間近でショーを見物したいからに決まってんだろ」

「「ええぇ!?」」


 ダリスとジュハの声がぴたりとハモった。

 わざわざ分割払いをしてまで買った奴隷だ。

 それをモンスターに殺させようなんて……。

 考えもしなかったから、素で驚いてしまったじゃないか。


 思わずジュハの方を見ると、ばっちり目が合った。

 瞬間、ジュハが怯えた顔をして一歩後ずさったのがわかった。


「ちょ、ちょっと待って。それは誤解だ!」

「なにが誤解だよ。金持ちのお貴族様が、わざわざ見切り品の奴隷を買う理由なんてほかに何がある? そもそも戦闘力も測ってない奴隷でモンスター狩りなんかできるわけないだろうが」


 聞いてみれば、これ以上ない正論。

 これは明らかにダリスの説明が足りていない。


「アタシは絶対に行かないからな」


 その言葉を裏付けるように、さっき彼女に渡しておいた弓と矢が床に放り捨てられていた。こんなもの要らない、という彼女なりの意思表示だろう。


 追い打ちを受けたダリスは顔をしかめつつ、慌てて説明を重ねる。


「いやいやいやいや。そんな魂胆はないし、残虐趣味も持ってない。そんなことのために奴隷を買うほどヒマじゃないし、お金もない。もしそのつもりなら、わざわざ武器なんて渡さないって。もったいないし。それに――」


 慌てて弁解しようとすると、ついつい口数が多くなってしまうのは仕様だ。

 浮気を隠そうする男は口数が多くなる、なんて話も聞くけど、本当にやましいところがなくても、なっちゃう人はいる。


 そんなしどろもどろな弁解に説得力などあるはずもなく、部屋の空気の体感温度はどんどん下がっていくし、ヨミはもちろんジュハの警戒心がどんどん上がっていっているのが伝わってくる。


 ダリスは一度深呼吸を挟んで仕切り直す。


「……確かに説明が足りなかったな。まず、ここに変わった服装の女の子がいるだろ?」


 ダリスはチトセの袖をぐいと引っ張って前に立たせる。

 ここまでの話なんて一ミリの理解していないチトセは、突然の出番に戸惑った表情でこちらを見ていた。


「この子、……チトセの戦闘力はSだ」

「「はっ!?」」


 今度はジュハとヨミの声が被った。

 ソファーの背にもたれていたヨミの身体も、驚きのあまり前のめりになる。


「だからまあ、戦うのは主にチトセってことになる。ただソロは効率が悪くてさ。二人に補助して貰えれば、もっと効率よく狩りができると思うんだ」


 部屋はしんと静まり返り、しばらく待っても返事は返ってこない。

 しばらく沈黙の時間が流れたところで、ヨミが乾いた笑いと共に首を横に振った。


「はっ、はははははっ。作り話ならもう少しリアリティを持たせろよ。戦闘力Sなんておとぎ話に出てくる英雄じゃねぇんだから」

「えっ!? あっ! 作り話、そうか、そうですよね」


 そして時は動き出す。

 彼らの中で、ダリスの言葉は作り話だということになったらしい。


 本当のことだけど、証明するのはとても難しい。

 真・鑑定の結果を見られるのはダリスだけなのだから。


 さて、どうやったら信じて貰えるだろうか。




💰Tips


【ショートソード】

 直訳すると短剣だが、一般的には片手剣と呼ばれる武器がこれにあたる。

 ショートと言いつつ、全長60~70cmくらいある。

 身近にあるものではヴァイオリンがおおよそ60m、三角コーンがおおよそ70cm。

 全長90cmほどある両手持ち用のロングソードが生まれるまでは『ソード』と呼ばれていた。

 

 

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