💰それは舞い降りた天使か聖母のように
「ジュハ。君は反射神経がいいと言われたことはないか?」
突然名指しされたジュハが、目をぱちくりさせながら頷く。
「普段はおどおどしていてケンカも弱いくせに、いざとなったら強い相手にでも立ち向かう」
そういう過去があっても何もおかしくない。
彼の反射神経はA+、勇気はBという結果は紛れもない事実なのだから。
「はっ。おいおい、なんだこれは。占いでも始まったのか?」
ヨミがここぞとばかりに茶々を入れてくる。
一方のジュハは「え? なんで?」と困惑の表情を浮かべていた。
図星、ということだろう。
だが、次こそが本命。
「君が一番自信があるのは魔法。それも回復魔法だ。違うか?」
「……ッ!!?? なんで僕の属性まで知って――」
ジュハが言い終わる前に、ダンッと大きな音が遮った。
「っ
ヨミが綺麗な顔をしかめて、立ち上がっている。
側にあったテーブルが大きく動いているのは、きっと彼女がぶつかったから。
「君もジュハと同じく戦闘力は低い。だけど、魔力が高くて土属性の状態異常魔法が得意。……どうだ、少しは信じる気になったか?」
「………………ちっ」
なにも言わず、舌打ちだけを返してヨミは、ぼふんと音を立てて、再びソファーに体を沈めた。その反応だけで、彼女の答えは十分に伝わった。
流石にこの世界に生きてきた人間は理解が早い。チトセの時とは大違いだ。
「さて、疑問が解消されたということで。さっきの話の続きをしよう」
パンと両手を打ち、ダリスは話を戻す。
どこからも異存の声は上がらない。
えっと、どこまで話したのだっけか。
話した内容を思い出そうとしていると、おずおずとジュハが口を開いた。
「ぼ、僕は。何をすればいいんですか?」
そうだった。ダンジョンでは主に戦闘力Sのチトセが戦うから、二人にはサポートをして欲しいと伝えたところで終わっていたんだった。
「そうそう。君は盾で敵の攻撃を避けながら、怪我をした人がいたら回復魔法を使ってくれればいい。慣れてきたら、なるべく敵の注意を引きつけてくれると助かるな。その間にチトセが敵を倒すから」
ジュハは手に持っている武具を見て、「ああ」と得心のいった表情になった。
「だから僕だけラウンドシールドがあるんですね。ショートソードもありますけど、敵に攻撃は――」
「しなくていい。きっと倒せないし、ショートソードも防御に使ってくれればいいから。剣で敵の攻撃を受け流すやつ……なんだっけ、あれ」
「あっ、もしかして『パリィ』ですか?」
「そう、それだ。剣でパリィ、盾でガード、それだけやっててくれればいいよ」
「は、はいっ!」
ジュハは手に持ったショートソードとラウンドシールドを見つめて、「パリィとガード、パリィとガード」とつぶやいている。
その様子を見ているだけで、ジュハが真面目で素直な少年であることがひしひしと伝わってきた。いい子すぎる。
さて、あとは反抗期真っ盛りの美女お姉様だ。
ダリスは仏頂面でソファーに座っているヨミの元に近づく。
「来るな……」
「……え?」
「こっちに来るな……ッ! それ以上、アタシに近づくんじゃねえぇぇ!!」
あと数歩で彼女の前にたどり着く、というところでヨミの様子が一変した。
セリフだけは強がっているものの、声は震えていてまるで悲鳴だ。
先ほどまで悪態をついていた人物とは思えないほど、彼女が怯えていることがわかる。
両腕で体を抱き込むようにして、ダリスとの距離を少しでも取ろうと座ったままの姿勢で体を後方に引く。声だけでなく、身体も震えているようにも見えた。
「一体どうし――ぐえっ」
近づこうとしたら、服がその場に固定されたように動かなくて首元がギュッとしまった。
ちょっ……苦しい。苦しいって。
体を捻じって後ろを振り向くと、チトセがダリスの服を背中側から握っていた。
「⦅ちょっと、何をするん――⦆」
「⦅ダリス、ちょっと待って⦆」
※⦅⦆内は日本語です
チトセに制されるがまま、ダリスはその場に留まり、彼女がヨミの元へと近寄っていくのを見守った。
小動物のように怯えるヨミを、チトセが優しく抱きしめる。
「⦅怖かったね。もう大丈夫。ココにはあなたにヒドいことをするような人はいないよ。もし、そんなヤツがいたら、ボクがボッコボコにしちゃうから。それが例えダリスだったとしても⦆」
最後に不穏なセリフがあったような気がするが、それは一旦置いておいて。
チトセとヨミの間が何者も踏み込ませない聖域のようになっていた。
まるで天使か聖母による慈愛の抱擁を目の前にしたように、ダリスもジュハも固まったまま動けなくなっていた。
「⦅あなたのことはボクが守るから。モンスターからも、人からも⦆」
ヨミには日本語が通じない。
あの空間において、言葉によるコミュニケーションは成立していない。
そのはずなのに。
小刻みに震え、息を荒くしていたヨミが少しずつ落ち着いていく。
「⦅話の続きはまた明日。いいよね、ダリス?⦆」
「⦅あ、ああ⦆」
気圧されるように相槌を打つと、ダリスは小さく息を吐いた。
足が震えている。
心臓がバクバクと音を立てて跳ねている。
驚愕と、動揺と、安堵。そして恐怖が入り混じったような感覚。地に足がついていないような。
とにかくチトセがいてくれて良かった。
ダリスとジュハだけでは、きっと何もできなかった。
ヨミを支えて客間を出ていくチトセを見送り、隣でオロオロしているジュハの肩に手を置くと、もう一つ今度は大きめのため息をついて言った。
「とりあえず、今日のところはここまでにしよう。部屋でゆっくり休んでくれ」
ジュハはコクコクと頷くと、小走りで跳ねるように客間を出て行く。
こうして見ていると、本当にウサギみたいだ。
自室に戻ったダリスの元に、チトセが尋ねてきたのはそれからすぐのことだった。
「⦅ちょっと、いい?⦆」抑えた声と共に扉がノックされ、紺色のセーラー服を着た女子高生がそっと部屋に入ってくる。
夜更けに! 男の部屋を! 訪ねてくる女子!
脈があるとかないとか、そんな客観的な事実など一切を無視して、正確には自分勝手に都合よく考えて、一方的に高まっていく期待。
さっきとは全く違うテンポで、駆け回るように刻むハートビート。
「⦅おう。どうしたんだ?⦆」
胸をふくらませながらも必死で平静と装うダリスと、らしくもなくモジモジと落ち着かない様子のチトセが部屋の中で二人きり。
ここが放課後の教室なら、今にも告白が始まりそうな青い空気。
「⦅あの……さ。ボク、ダリスにお願いがあるんだ⦆」
伏し目がちにこちらを見る、チトセの黒い瞳。
肩口まで伸びた黒く艶やかな髪。
ああ、心臓の音がうるさい。
彼女の言葉が聞こえないじゃないか。
返事のないダリスをいぶかしげに見つめ、チトセが『お願い』を口にした。
〇現時点の収支報告
資金:金貨6枚と銀貨3枚(63万円)
収入:なし
支出:▲金貨2枚(20万円) ※二人分の装備購入費
残資金:金貨4枚と銀貨3枚(43万円)
買掛金:▲金貨110枚(▲1100万円) ※奴隷購入費の支払い残額(負債)
💰Tips
【ラウンドシールド】
その名の通り円形の盾。
中心軸に持ち手があるセンターグリップ式が一般的。
金属の価値が高騰したこの世界では、ほとんどが木製の盾。
革製のものもよく使用されている。
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