💰イージーペイメント


「失礼しました」


 チトセとの作戦会議を終え、ダリスは改めて奴隷商の方を向き直る。


「ウサギ型の亜人と、女奴隷。両方お願いできますか?」

「本当ですかい!? ウサギ型の亜人が金貨30枚、女奴隷が金貨80枚なので、合計で金貨110枚ですよ?」


 いつもなら、ここから減額交渉を始めるところだ。

 しかし今回は違う。値を……上げる!!


「金貨で130枚」

「そう言われましても、今回ばかりは金貨1枚だってマケられ……へひっ!?」


 驚きすぎたのか、奴隷商がおかしな声を上げて固まった。

 これでもかと首を傾げ、ダリスの言葉を頭の中で反芻し、どうやら聞き間違いではなさそうだとの結論に至ったらしく、おずおずと口を開いた。


「いま……ひゃくさんじゅうまい、と仰いました?」

「ええ、言いましたね」

「私はひゃくじゅうまい、ってお伝えしましたよね」

「そうですね」


 ダリスの言い間違いではないことを確認すると、再び沈黙が流れる。


「なんで?」


 奴隷商の口から、全ての語彙力を失ったシンプルな問いがこぼれ落ちる。


「代わりにひとつご相談があるんです」

「……なんでしょう?」


 ゴクリと唾を飲み込む様子が見て取れた。

 それはそうだ。金貨40枚の奴隷を金貨5枚まで値切った男が、今回は一切値切らないどころか金貨20枚を上乗せしようと提案してきたのだから、警戒して当然だ。


「支払いを12回払いにして頂きたい」

「はっ!? 12回って……、一体どういうことです?」

「今日は金貨20枚をお支払いします。来月は金貨10枚、再来月も金貨10枚。金貨130枚を支払い終えるまで12回、1年かけてお支払いをするってことです」

「………………」


 またしても奴隷商が固まった。

 彼の頭の中では、ダリスの提案についてメリットとデメリットを必死で弾き出していることだろう。


 メリットは言うまでもなく余分に貰える金貨20枚。

 年利にすれば約18%とそれなりの利率。金銭的なお得感は相当に高いハズだ。

 女奴隷を値下げして売らざるを得なくなった分、見込みよりも損をしている奴隷商にとっては、渡りに船を得るような提案に見えていることだろう。


 一方のデメリットは、まずお金が入ってくるのが遅いこと。

 さらにもうひとつ重要なポイントが、


「大変失礼ですが、お客様が最後まで支払ってくれるという保証はあるのでしょうか?」


 そう。取りはぐれだ。

 行方をくらます、死んでしまう、支払い能力を失う。

 様々な理由でお金を回収しきれない可能性がある。


 ダリスは懐から琥珀色をした懐中時計を取り出した。

 そこにはクラノデア子爵家の家紋がしっかりと刻み込まれている。


「それは……子爵家の」

「俺はクラノデア子爵家の者です。もし一度でも支払いが滞ったなら、そのときは借用書を持って子爵家に行ってください。身内の不始末の口止め料を上乗せして、十分な額を支払うハズですから」


 必要なものは、すなわち『担保』である。

 本人から回収ができないとき、代わりにお金を支払ってくれる連帯保証人の存在が、取りはぐれのリスクを減らしてくれる。


 子爵とはいえど、貴族家が連帯保証人ということであれば担保は十分。


 これから独り立ちしようという中で、家名を利用することに抵抗がなかったわけではないが、「⦅そんな一銭にもならないプライドなんか、モンスターにでも食わせておけばいいんだよ⦆」というチトセの一言で割り切った。

 ※⦅⦆内は日本語です


 これが、チトセに授けられた『手持ちのお金がなくても目当ての奴隷を買う方法』であるイージーペイメント(分割払い)だ。


 当然、ダリスだって元々知っているシステム。それどころか、前世ではクレジットカードだって持っていたし、時には分割払いを選択したことだってある。


 にもかかわらず、チトセに言われるまで気づかなかったのは、元の世界における『分割払い』が信販会社による長年の努力によって、システマチックに整えられた支払方法の一つとしか認識していなかったから。


 クレジットカードが使えないお店で「分割払いにしてよ」なんて言ったことないし、言っている人を見たこともない。

 ダリスの中で『分割払い』は、


「わかりました。いいでしょう」


 しばらく考えた後、奴隷商はダリスの提案を受け入れてくれた。

 金貨130枚は高い買い物だったが、毎月金貨10枚を返却し続ければ良いのだと考えれば、それほど問題はないように思える。


 パーティーが充実すれば、ダンジョンでの狩りの効率は飛躍的に上がるはずだ。

 それは同時に、魔光石の採取量も大幅に増えるという結果に繋がるだろう。



 ああ。

 わかっている。

 …………我ながら、希望的観測がすぎることは。

 家を出て早々に、イチかバチかの勝負を仕掛けることになるとは思わなかった。


 後悔の気持ちに苛まれながら帰る道すがら、チトセに「これくらいの先行投資でビビってたら、ビジネスで成り上がるとか百回転生しても無理だよ」と言われた。


 あの子は一体、何者なのだろう。

 さすがに「イマドキの女子高生は違うな」では納得がいかない。



 ウサギ型の亜人の少年、名前はジュハ=シュタイン。役割は回復盾役ヒーラータンク

 長身で巨乳の美女、名前はヨミ=ノツーガ。役割は状態異常補助役バステサポーター

 

 そして主力攻撃役メインアタッカーのチトセ=コウガサキ。



 ダリス率いるパーティーの噂が、平原の街ザンドを騒がせるのはもう間もなく。




〇現時点の収支報告

  資金:金貨26枚と銀貨3枚(263万円)

  収入:なし

  支出:▲金貨20枚(200万円) ※奴隷購入費の分割払い 初回分

 残資金:金貨6枚と銀貨3枚(63万円)


 買掛金:金貨110枚(1100万円) ※奴隷購入費の支払い残額(負債)




💰Tips


【イージーペイメント(easy payment)】

 商品の代金を複数回に分けて支払う分割払いのことで、いわゆる和製英語である。

 直訳すると「楽な支払い方」となり、英語圏では通用しないので注意。


 クレジットカードを利用する場合、3回以上に分割すると手数料が発生するケースが一般的。

 住宅や自動車を買うときに利用する『ローン』も、分割払いと似たような支払いをすることになるが、ローンは『借り入れ』、分割払いは『立て替え』と、法的には全く別モノとされている。

 

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