💰主人と奴隷と不良在庫
「あのー、お話は終わりました?」
チトセの啖呵を最後に会話が止まったところで、奴隷商が遠慮がちに声を掛けてきた。日本語で会話しているダリス達をずっと待っていたらしい。
「何の話をしていたのか知りませんが、あんまり奴隷をつけ上がらせない方がいいですよ。あいつら、所詮はモノなんですから」
奴隷商は横目でちらっとチトセを見てそう言った。
先ほどのチトセの啖呵が、奴隷が主人を叱責しているように見えたのだろう。
いや……、恥ずかしながら事実なんだけど。
この世界において、いや元の世界でも古くは同様だったのであろうが、奴隷とは主人の所有物であり、そこには絶対にひっくり返らない主従関係が存在している。
奴隷の生殺与奪は主人のもの。気に入らなければ売るも捨てるも殺すも、主人の自由にしていい存在が奴隷である。
主人であるダリスに噛みつくチトセも、主人に反抗的な態度を取って返品されてきた美女奴隷も、奴隷商から見れば同じく存在してはならない不良品。
苦々しく思っていることがヒシヒシと伝わってくる。
いや、チトセを売ったのはこちらのお店でしたよね?
と思わなくもないが、見切り品を値切ったダリスに文句を言う権利はない。
「ご忠告ありがとうございます」
ダリスが小さく頭を下げて礼を言うと、奴隷商は少しだけバツの悪そうな表情を見せ、頭の後ろを搔きながら話を変えた。
「それで、今日も見切り品ですかい?」
本当は高価な戦奴や女奴隷を買って欲しい。
せめて使用人ランクの奴隷を買って欲しい。
見切り品しか買わない細客め。
そんな奴隷商の気持ちが伝わってくる、無味乾燥な塩対応。
「ええ、今日も見切り品で。あっちの檻にいる奴隷をください」
ダリスは「彼を」と、ウサギ型の亜人が入れられている檻を指で差す。
亜人の少年はビクッと体を震えさせ、怯えた目でこちらを見つめた。
「はあ、あの亜人ですか。そちらの黒髪もですけど……お客さん、変わり種の奴隷を集める趣味でもお持ちで?」
「いやいや、ただ貧乏なだけですよ。こちらの見切り品がどれも変わり種ばかり、ってことでしょ」
「おっと、そりゃそうだ。じゃ、そこの亜人を……金貨30枚でどうです?」
奴隷商が右手の指を三本立てて見せる。当然だがそんな大金は出せない。
なにしろダリスの残資金は金貨26枚と銀貨3枚なのだから。
「⦅ダリス。あっちの美女も⦆」
※⦅⦆内は日本語です
言葉がわからなくとも、亜人の奴隷の話しかしていないことくらいは伝わっているらしく、チトセが低い声色で語りかけてくる。
どっちが主人で、どっちが奴隷なんだか。
そりゃあ、奴隷商も呆れ顔になるよな、と心の中で苦く笑う。
「先ほどの不良在庫。彼女も――」
「ああ、さっきの。でもアレは高いですよ」
「そうなんですか? でも見切り品で不良在庫、なんですよね?」
「不良在庫ですけど、見た目は特級品ですからね。喉を焼くなり、手足を切るなり、多少値は落ちますけど女奴隷としての使い道はあるんですよ」
平気な顔でエグいことを言う奴隷商。
というのは元の世界の価値観であって。
奴隷はモノ、という価値観のこの世界では、それほど珍しい考え方ではない。
「まあ、今のまま買ってもらえれば面倒なことしなくて済みますし。……金貨80枚でどうです?」
以前見た、表に並んでいる女奴隷たちが120Gくらいだったハズだ。
この美女奴隷は、彼女たちと並べても頭一つ抜けるくらい美形でスタイルも良い。
きっと女奴隷として表に並んでいたら、倍くらいの価格になるんだろう。
そういう意味では確かにお買い得だ。
とはいえ、ダリスには金貨80枚を出すことはできない。
そう。ダリスの全財産は金貨26枚と銀貨3枚だから。
本音を言えば、ダリスにとっては都合が良い。
さっきはチトセの言葉に押し切られてしまったが、彼女を買うべきか買わざるべきか今も悩んでいた。
今日は美女奴隷を買わず、彼女を買えるだけのお金がたまるまで、考える時間を貰えると助かる。そのときには売れてしまっているかもしれないけど。
引き続き、ダリスの裾をぎゅっと掴んでいるチトセに向かって、首を横に振ることでこの結果を伝える。なるべく残念そうな表情を浮かべながら。
「⦅さっきの美女奴隷だけどな……すごく高いんだ。だから――⦆」
「⦅買って⦆」
全然話を聞いてくれないんだが。
説明の途中なのに問答無用で遮られるんだが。
「⦅いやでも。俺の軍資金じゃ全然足りな――⦆」
「⦅いいから買って⦆」
いいから買って、ってどういうことだよ。
そのお金が足りない、って言ってるんじゃないか。
「⦅そんなこと言われても、彼女の値段は金貨80枚で、俺の全財産は金貨26枚と銀貨3枚しかない。無い袖は振れないんだ!⦆」
思わず声を荒げてしまった。
チトセは裾を握ったまま、目を丸くして固まっている。
でもこれは、全然聞き分けてくれない彼女が悪い。
気まずさを感じているダリスに向かって、チトセは小さな声で「⦅はあ?⦆」とイラ立ちの混じった声をあげた。
「⦅本気で言ってんの?⦆」
「⦅え?⦆」
「⦅『お金がない』なんて、チャンスを買わない理由にならないよ?⦆」
「⦅ええ!?⦆」
どうやら彼女が固まったのは、ダリスの大きな声に驚いたわけではないらしい。
言語化するならば「なに言ってんだコイツ」という意味のフリーズ。
彼女は呆れ顔のまま『お金がなくても目当ての奴隷を買える方法』をダリスに教えてくれた。それは聞いてしまえば当然の、ダリスもよく知る方法だった。
💰Tips
【不良在庫】
売れる目途が立たず、今後も通常の価格で売れる見込みがない在庫のこと。
中でも欠陥品や不良品など、処分しておかないと他の商品の価値を下げてしまう在庫のことを指すが、この街の奴隷商は不良在庫もあの手この手で売ろうとしている。
大きな会社であれば先々の評判も大切だが、小さな個人のお店は足元のお金の方がもっと大事だからだ。
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