💰奇貨居くべし
「まさか……、今のは君?」
声の主は女性客ではなく、檻の中にいた。
年齢はダリスやチトセよりちょっと上に見える。美人がすぎる。
そのキレイなお顔から、そんな汚い言葉が出てきちゃうんですか?
と、思わず周囲を見渡して存在しない真犯人を探してしまう。桁外れの器量よし。
若草色の長い髪、深緑色の瞳。切れ長な目が妖艶さに磨きをかけている。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んで。空前絶後のべっぴんさん。
着ている服がボロボロなせいで、豊満な胸元や、白い太ももがあらわになって、目のやり場に困ってしまう。断崖絶壁に咲く
ヤバい。無意識で容姿を褒めたたえてしまう。
「⦅……えっろ⦆」
※⦅⦆内は日本語です
思わず心の声が漏れてしまったのかと思った。
さっきと違って、この声の真犯人はちゃんと隣にいた。
チトセ本人も、つぶやいたことに気づいていない可能性がある。
それくらい、彼女の視線は檻の中にいる美女にクギ付けだった。
「だったら何だってんだ! うるせぇもんはうるせぇんだよ!!」
罵声を浴びせられていることよりも、艶めかしくも美しい唇から発せられる汚い言葉のアンバランスさに胸の拍動が勢いを増す。
どうしよう。このままでは新しい性癖が開花してしまいそうだ。
「キサマ! お客様になんて口を!!」
慌てて店先から戻ってきた奴隷商が、暴言を吐く美女奴隷を叱責する。
と同時に、口元でなにやら呪文のようなものを唱えた。
「ぐっ! がああ、かはっ!!」
美女奴隷は自らの首元に手をやり、悶え転がっている。
その手は、黒く無骨なデザインの首輪にあった。
おそらく、奴隷に罰を与えるための首輪なのだろう。
「申し訳ございません。コイツは誰にでもこうでして。見目は良いってんで、元は女奴隷として売ってたんですがね、前の主人にも反抗ばかりで返品される始末でして。不良在庫ってやつですよ」
苦々しい顔で奴隷商が吐き捨てる。
金貨120枚から140枚だったか。
ダリスは以前並んでいた女奴隷の値段を思い出す。
きっと、それなりの対価を支払って買い取ったのだろう。
それを見切り品にしなくてはならないとは……。
背筋がひゅっと寒くなる。
奴隷を買ってダンジョンでひと稼ぎしようと考えるダリスにとっても、これは他人ごとではない。
ダリスの真・鑑定では見ることができない、本人の性格やマイナス特性によっては、せっかく買った奴隷が使い物にならない可能性も十分にありえる。
首輪の威力は相当なものだったようで、美女奴隷は息を切らしてぐったりしていた。ダリスはその様子とじっと見つめ、真・鑑定でステータスを確認する。
【美女奴隷のステータス】
――――――――――――――
戦闘力 F
属性 土
勇気 C
集中力 B+
反射神経 F
魔力 A+
成長速度 E
成長限界 E
――――――――――――――
こういうヤバそうなのに限って掘り出し物。よくあるパターンだ。
欲しい、という気持ちと、先ほどの悪態を脳内の天秤にかける。
いや、ダメだ。
いくらステータスが魅力的でも、この美女奴隷のように反抗的な性格の奴隷は止めておいた方がいいだろう。
ダンジョンに連れて行く度に反抗されたりなんかしたら、面倒で仕方ない。
さっきのウサギの亜人だけ買って帰るか、と結論を出したところに、チトセの右手がクイクイとダリスの服の裾を引っ張る。
「⦅ねえ、この美人のお姉さんのステータスは?⦆」
「⦅え? なんで?⦆」
「⦅いいから教えて⦆」
急にどうしたのだろう。
妙に迫力のある表情に、ダリスは思わず押し切られてしまう。
「⦅……戦闘力F⦆」
「⦅ダリスと一緒だ⦆」
「⦅だから俺を並べるのは……まあいいや。そういうことだから⦆」
ダリスは話を切り上げて美女奴隷の檻の前から移動しようとするが、チトセが服の裾を掴んだまま離さない。戦闘力Sの指先に挟まれた裾は、万力(材料をはさんで固定する工具)に固定されたかのようで、ダリスが逃げることを許さない。
「⦅ほかは?⦆」
「………………」
「⦅ほかのステータスは?⦆」
チトセには鑑定の結果は見えていないはずなのに。
適当なウソをついてこの場を逃れることもできるが……なぜか見破られる気がしてならない。
尚もチトセはしつこく食い下がってくる。
「⦅属性は土。状態異常系の魔法が得意な系統だ⦆」
「⦅魔力は?⦆」
「⦅…………A+⦆」
それを聞いた瞬間、チトセの左手が小さくガッツポーズをするのが見えた。
ああ、嫌な予感しかしない。この局面は……もう詰んでいる。
「⦅ほかも、全部言って⦆」
「⦅勇気はC、集中力がB+、反射神経はF。成長速度と限界はどっちもE⦆」
「⦅つまり?⦆」
さっさと
圧が怖い。イマドキの女子高生って、みんなこんななの!?
「⦅…………後方から魔法弓で援護するのに向いてる⦆」
「⦅じゃあ、決まりでいいじゃん⦆」
「⦅いやでもっ、彼女はダメだ! パーティーは信頼しあうことが何より大事なんだ。あんなに態度の悪いヤツをパーティーに入れるのはリスクが大きい。いざというときに困るのは一緒に戦う君だぞ!?⦆」
必死でまくしたてるダリスに対し、チトセが静かに首を振る。
「⦅
「⦅え?⦆」
なんだっけ、それ。聞き覚えはある、というか見覚えがある。
そうだ。秦の始皇帝を題材にしたマンガであったんだ。
でも、どういう意味だったかまでは……パッと思い出せない。
「⦅奴隷って結構高いんでしょ?⦆」
「⦅そうだな。見切り品はまだしも、普通に買ったら金貨100枚くらいする⦆」
「⦅それはさ、需要に対して供給が少ないってことだよね⦆」
「⦅そうかもしれないな。それがどうした?⦆」
「⦅今日、この奴隷売り場にいる見切り品の奴隷は全部確認したわけだけど、次に掘り出し物が出てくるまで、どれくらいかかるんだろうね⦆」
ようやく、ダリスにもチトセの言いたいことがわかった。
そして、今さらながら『奇貨居くべし』の意味も思い出した。
奇貨とは珍しい品物のこと。
彼女は、この美女奴隷を『奇貨』だと言っているのだ。
奇貨(めったにないチャンス)は逃してはならない、と。
言葉が出てこない。
やはり、あの美女奴隷を買うべきなのか。
逡巡しているダリスを見かねてか、チトセの口から更なる追い打ち。
「⦅ビジネスで成り上がりたい、とか言ってたくせに。この程度のリスクで
まるで、どこかの不良みたいなセリフが飛んできた。
💰Tips
【奇貨居くべし】
中国の超有名な故事からうまれた、故事成語。
一介の商人から、一国の宰相にまでのぼりつめた豪商・
秦の王族でありながら、父親に人質に出され、不自由な生活をしていた子楚を「奇貨居くべし」と手元に置いて面倒を見たことが、後々の大出世に繋がった。
興味がある人は『キングダム(ヤングジャンプコミックス)』を読んでみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます