💰オーバーキル


 机の上には布袋がひとつ。

 この中に、初めての狩りで手に入れた魔光石を売った報酬が入っている。


「⦅いいか。開けるぞ⦆」

 ※⦅⦆内は日本語です


 チトセが小さく頷くのを確認して、ダリスはゆっくりと布袋の口開いていく。

 中には金貨が5枚と銀貨が3枚。

 日本円換算だと約53万円。

 たった一度の狩りで、高給取りのサラリーマンの月収くらい稼いでしまった。


「⦅おおおっ!!⦆」

「⦅……驚きすぎ⦆」


 テンション爆上げのダリスとは対照的に、チトセはクールなもの。

 そりゃあ、換金したときに受付で「金貨5枚と銀貨3枚になります」って言われてたけどさ……。実際に現物を見たら実感が湧いてくるじゃん。


「⦅やっぱ、あのフルアーマーのミノタウロスが大金星だったな。アイツのでっかい魔光石ひとつで金貨5枚。ほかの雑魚モンスターの魔光石は、三十個くらい集めてやっと銀貨3枚だし⦆」



 この日、ダンジョンの中層くらいまで進んだところで、ダリスたちは金属製のフルアーマーに身を固めたモンスターに遭遇した。


 目にした瞬間は大きな鎧の騎士にしか見えなかったが、兜のすき間から見える鼻に輪っかが見えたこと、さらに叫び声が「ブモオオオォォォォ!」だったことから、中身はミノタウロスだとわかった。


 その場にいた冒険者たちは遠巻きにミノタウロスを囲むばかりで、一切手を出そうとしない。

 先に進むための唯一のルートに立ちふさがるミノタウロスと、攻めあぐねている冒険者たち。


 膠着状態を打破するため、ダリスは「すみません。このままだと先に進めないので、コイツ斬っちゃいますね」とことさら丁寧に声を掛けた。

 冒険者たちが「やめておけ」「無謀だ」「死ぬ気か」と騒ぐ中、チトセの大剣がミノタウロスを一刀両断。


 ついさっきまでの喧騒はどこへやら。

 その場にいた者たちは皆、言葉を失ったかのように静まり返ってしまった。


「ボクはモンスターより、あの場の空気の方が怖かった」

「わかる。魔光石を回収したあと、とりあえず一目散に逃げたしな」


 これが、この日のベストバウト。

 一方、全てが順調とはいかないのが現実というもので。


「⦅ボク、思ったんだけど⦆」と、チトセが小さな声で切り出す。

 彼女がどんな話をするつもりか、ダリスにもおおよそ検討はついていた。


「⦅ひとりで戦うのは……とても大変⦆」

「⦅だよなあ。一匹ならミノタウロスも瞬殺なのに、二体以上のモンスターに囲まれると黒リスですら手こずってたからな。ゲームとは違うってことか⦆」

「⦅だって。斬ろうとすると、別のヤツが邪魔してくるんだもん⦆」


 どうやらチトセは一度に複数を相手にするのが、致命的に苦手らしいことが今回のダンジョン探索で発覚した。


 つまり彼女の戦闘力Sは、タイマンじゃないと真価を発揮できないということだ。

 限定条件付きチート。


「ステータスは最強だけど、戦い方は素人なんだよな。……って、元々はただの女子高生なんだから、当然っちゃ当然か」


 むしろ、これは伸びしろだ。

 これから戦いの経験を積んでいけば、弱点を克服できる可能性だって十分にある。

 某有名野球ゲームのサクセスモードでも、マイナス特殊能力の消去ができるんだから。


「⦅仲間を増やさないとダメか⦆」


 また奴隷売り場に行って掘り出し物を探さないと……。

 奴隷は安い買い物ではない。見切り品だったチトセですら金貨5枚もしたのだから。


「⦅ボクも行く⦆」

「⦅え? なんで――⦆」

「⦅一緒に戦う仲間になるんだから、当然でしょ?⦆」


 なるほど、確かに。

 考えてみれば、これはチトセの戦闘を楽にするための戦力補強なのだ。

 いくら能力が高くても、チトセとうまくやれないのでは本末転倒である。


 それならチトセを連れて行くか、と考えたところでダリスは気づいてしまった。

 これは……。もしかして……。いや、もしかしなくても……。


 女子高生と二人でショッピングデートのシチュエーションなのでは!?


 目的が『奴隷ショッピング』というのは残念ではあるけど、見方を変えれば『非日常感がある』ともいえる。


 思い返してみれば、静かな湖畔のダンジョンで狩りをしたのだってお散歩デートといえなくもない。前世でそんな幸せなシチュエーションに遭遇しなかったから気がつかなかった。


 女子高生と二人きり、という貴重な機会だったのに……。なんてもったいないことをしてしまったのだろうか。


 いや、まだだ。まだ明日がある。

 このチャンスを逃すわけにはいかない……ッ!


「⦅あ、そう。じゃあ、明日一緒に街に行くぞ。他に行きたいところとかあるか? いいタイミングだから街を案内してやるよ。ああ、そうだ。ランチはどうしようか。景色が抜群のカフェでサンドウィッチとか――⦆」

「⦅待って。え、なに。気持ち悪いんだけど⦆」


 盛大に出鼻を挫かれた。

 彼女の、大剣よりも切れ味の鋭い言葉の刃に、ダリスの心は無惨に砕け散った。


 本人は悪気ないんだろうけど、『気持ち悪い』というフレーズはシンプルに攻撃力高い。


「⦅えっと……。ちなみに、ど、どこらへんが気持ち悪かった?⦆」

「⦅まずは急な早口。それから透けて見える下心。このタイミングで『景色が抜群のカフェ』は無いって⦆」


 自分から求めておいてなんだけど、圧倒的なオーバーキル。ダリスのライフは、彼女のセリフの前半で尽きていた。


「⦅あ……あの、はい。ごめんなさい⦆」


 チトセは首を横に振りながら黙ってリビングを出ていった。

 ダリスの屋敷――正確にはクラノデア家所有の別荘――にいくつもある客間のひとつが彼女の部屋。


 遠くなっていく足音。

 リビングを包む静寂。

 心が折れた男が一人。


 え。待って。

 このテンションのまま、明日を迎えるのはさすがに辛いんだけど。




〇現時点の収支報告

  資金:金貨21枚(210万円)

  収入:金貨5枚と銀貨3枚(53万円)※魔光石換金

 残資金:金貨26枚と銀貨3枚(263万円)




💰Tips


【ミノタウロス】

 ギリシア神話に登場する牛頭人身の怪物、を元にしたファンタジー世界で定番のモンスター(脳筋タイプ)。例外なくマッチョな体格をしており、巨大なこん棒か金属製の斧を振り回して襲い掛かってくる。

 そんなミノタウロスがプレートアーマーを着込んだらヤバくない?

 と生まれた『ミノタウロスナイト』でしたが、あっという間に退場しました。

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