💰だれがイレギュラーを討伐したのか


「ここで、なにがあったのですか?」


 ただ事実を述べれば良いだけなのに、その場にいる誰もが「いや、その」だとか「なにかの間違い」だとか、もごもごと口ごもるばかりで要領を得ない。


「私はそんなに難しい質問をしているのでしょうか」


 平原の街ザンドで最大の規模を誇るクラン『ホークスブリゲイド』のリーダーであるショウ=ハショルテは、少しだけ圧をめて言葉を発した。


 ショウが立っているのは『静かな湖畔のダンジョン』と呼ばれる初心者向けのダンジョンだ。通常、この程度のダンジョンにショウが出てくることはない。なぜなら割に合わないから。

 ショウのようなベテランは、もっと難易度が高く実入りの良いダンジョンへの遠征が求められる。


 にもかかわらず今日、ショウがここへやってきたのは、俗にイレギュラーと呼ばれる、ダンジョンの難易度に見合わない強力なモンスターを討伐するためだ。


 極まれに発生するイレギュラーを放置していると、冒険者の犠牲が増えてしまう。従って、イレギュラーへの対応はトップクランのリーダーである自身の責務である、とショウは考えている。


 今回のイレギュラーはミノタウロスナイト。

 半人半牛の怪物ミノタウロスが金属の鎧を身にまとい、大戦斧を振り回す攻守揃った危険なモンスターだ。

 そいつが、この『静かな湖畔のダンジョン』に発生した……と、クランのメンバーから報告を受けていた。


 急いで身支度を整え、いざ現場へと駆けつけてみれば、ミノタウロスナイトの姿はどこにも見当たらない。それらしき足跡は確認できるため、メンバーが虚偽の報告をしたとは考えづらい。


 ならば、いったいミノタウロスナイトはどこへ消えてしまったのか。


「ふぅ……。どのような荒唐無稽な話でも構いません。あなた達が見たものを、そのまま報告して頂ければいいのですよ」


 小さくため息をつき、もう一度、話をするように促す。

 すると、ショウの斜向かいに立っている若いメンバーがおずおずと口を開いた。


「男と女。ふ、二人組のパーティーが、ミノタウロスナイトを倒しました」

「…………それは、どんな人達でしたか?」


 全力で平静を装っているが、ショウは内心大きく動揺していた。

 きっと他のクランのエースチームに先を越されたのだろう、と予想していたが当てが外れたからだ。


 ショウはトップクランのリーダーという立場上、この街の冒険者について、そのほとんどを把握している。特に有望な冒険者については、クランへの勧誘も兼ねて直接会ったことのある者ばかりだ。


 しかし、その中に男女二人組のパーティーでミノタウロスナイトを討伐できるような者たちはいない。


 それなら一体、だれがミノタウロスナイトを討伐したというのか。


「女はとてつもなくデカい大剣を軽々と振り回す怪力の剣士で、ミノタウロスナイトを一刀両断にしました」

「…………一刀両断、ですか」


 にわかには信じられなかった。

 ミノタウロスナイトの鎧はとても堅い。剣技に自信があるショウでも、鎧の隙間を縫うように斬る方法でしかダメージを与えられないほどに。

 一刀両断なんて、人間の膂力りょりょくで成せるとは到底思えない。


 そんな奇跡のような業を見せられては、ここにいるメンバーが自分たちの目を疑っても無理はないだろう。


「それでは、男は後衛ですか。 ステータス強化バフ魔法を使っていたのでしょう?」

「いえ。男は……応援してました」

「そうですか、応援。……おうえん。……はあっ!? 」


 意味が分からなすぎて、思わず声が裏返ってしまった。


 当然のことながら、パーティーに応援などという役割はない。

 ソロの女剣士が荷物持ちポーターでも連れていた、と考えるべきだろう。


 それは同時に、ミノタウロスナイトがソロの冒険者に秒殺されたということ。


「こほん。……その二人、特徴はほかにありますか?」

「あ、女の髪……。髪と瞳が、どちらも真っ黒でした」


 髪も瞳も黒い……。多様な髪色、瞳色がいる国ではあるが、黒髪黒瞳の人とはこれまで会ったことがない。この国の冒険者ではないのかもしれない。


「ほかには?」と問うと、封印の呪いでも解けたかのように、ほかのメンバーからも少しずつ声が出てきた。


「二人とも聞いたことのない国の言葉を喋っていました」

「そういえば鎧の下に着ていた服も、どこかの民族衣装みたいでしたね」


 やはり他国から流れてきた冒険者の線が本命。歴戦のツワモノに違いない。


「でも、なにより驚いたのは――」

「「二人とも、まだ成人したてくらいの子供だったんです」」


 メンバーは口を揃えて、そう言った。

 ショウは「そんなバカなことがありますか!?」と思わず口にしそうになり、必死でそれを飲み込んだ。


 もちろん若くして才のあるものはいる。

 さりとて、実戦ともなれば才のみでどうにかなるものではない。

 天賦の才に経験が積み重なって、初めて冒険者として活躍できるようになる。


 伝説に語られるような英傑でもない限りは……。


「そうですか。そのような者がこの国に来ていたとは……」


 ならば、次にやるべきことはひとつしかない。


「イレギュラーが倒されたというなら、ここはもういいでしょう。あなた達はその二人組を探してください。ああ、接触する必要はありません。どこの、何者なのか、クランには所属しているのか、気づかれないように調べて私に報告をするように」


 それぞれが冒険者であるメンバーたち。本心ではダンジョンで狩りを続けたいに違いない。しかし、今はそんな感傷を気にしている場合ではない。


「これは最重要任務です。もちろん、報酬は期待してください」


 ショウの強い意思を感じたのだろう。

 報酬が十分に出るのなら、と誰も文句を口にすることなく、姿を消した二人組の後を追っていった。


 メンバーたちがいなくなり、林の中に一人となったショウは右の掌を天にかざし、何かを掴むようにグッと握りこむ。


「正体不明の凄腕冒険者ですか。鬼が出ようと、蛇が出ようと、私の手に収めたいものですね」




💰Tips


【静かな湖畔のダンジョン】

 平原の街ザンドからのアクセスが良く、モンスターの強さ、地形の複雑さ、罠の危険度から設定される難易度も低い。

 街から近いこともあって、いつも冒険者で溢れているため、命を落とす危険も低い。駆け出しの冒険者にとっては手頃な狩り場となっている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る