🤑幕間のアオハ その1


「ダリスお兄様が、女奴隷を買ったですって!?」


 アオハの叫声きょうせいが廊下まで響いた。

 たまたま近くを歩いていたメイドが、思わず振り向く程度には高音にして大音量。


 ここはクラノデア子爵邸。

 白を基調とした内装に、赤やピンクの家具が並ぶアオハの私室にはもう一人、ロマンスグレーの髪をオールバックにまとめた紳士が立っていた。


 クラノデア家の執事、名をルピリオという。

 彼は先ほどの金切り声を間近で聞かされたにもかかわらず、何事もなかったかのように微笑むと、アオハの薔薇色の瞳を見つめて静かに頷いた。


 それは彼が、主家の令嬢に無様を晒さないくらいには優秀な執事であると同時に、アオハが産まれたときからずっと成長を見守ってきた彼にとって、この程度のことは動揺するに値しない些事だから。


「正確には見切り品の女奴隷でございます」


 アオハは家を出ていったダリスのことが心配で、様子を調べて報告をするようルピリオに頼んでいた。

 もちろん、実際に調べるのはルピリオではなく専門の調査員だし、費用はアオハのお小遣いから支払われる。


 その結果。

 家を出たばかりのダリスが、すぐさま手持ちのお金で女奴隷を買ったというではないか。それも真っ当な奴隷ではなく『訳あり商品につき在庫処分!』の見切り品を。


 おおよそ貴族らしからぬ行動だが、そうまでして女奴隷が欲しかったのだろうか。

 アオハはもう十三歳。男性が女奴隷を買いたがる理由くらいはもう理解できる。


 だからこそ、気になってしまう。

 考えれば考えるほど、アオハの脳裏には不安と心配の種ばかりが広がっていく。


「お兄様も思春期の男子よ。性の悦びに目覚めてしまったら、その快感に溺れて、独り立ちするという目的も忘れてしまうに決まっているわ。やはり、私がお兄様の元に通って、心も身体も隅から隅までお慰めさしあげ――」


 思わず飛び出したのは、アオハの偽らざる本音であった。

 アオハは生粋のブラコンであり、ダリスのことを愛してやまないその姿勢は、世が世なら強火担熱狂的なファンの域に達している。


 部屋の至るところに飾られた写真――人物や風景を特殊な紙に焼きつける魔法技術によって生成された画像――の数々はどれもが家族写真であり、当然ながら、全ての写真にダリスが写っている。


 ダリスが家を出たことで、二人の距離は離れてしまったけれど、心はいつも一緒。写真さえあればずっと側で見守られている気持ちになれる。全てがアオハの大事な宝物。


「こほん」と、隣から聞こえた小さな咳払い。

 アオハはハッと我に返って、ルピリオの方に向き直った。


「と、いうのはもちろん冗談よ。それで、その女奴隷はどんな女なの?」

「はい。歳はダリス様と同じくらい、黒い髪に黒い瞳をした――」


 それはアオハが再び取り乱すには十分すぎる情報だった。


「バケモノじゃない! まさか、お兄様にそんなゲテモノ趣味があったなんて……。やはり、私がお兄様を真っ当な道に引き戻してさしあげなくては」


 黒とは深淵の色、邪教の徒が好む色でもある。

 そんな不吉な髪の色、さらには瞳まで黒い女など、どう考えても魔女か悪魔の類に決まっているではないか。


 もしかしたらダリスは魅了の魔法にかけられているのかもしれない。

 そうとなれば、理性のブレーキを外されたダリスが何を求めるのかは想像に難くない。


「それで、お兄様はその女奴隷を家に連れ帰ったのね?」

「いえ。そのまま武具を買いに行かれました」

「武具ですって!? まさかムチ……それとも、こん棒……。もしかして、お兄様は嗜虐趣味をお持ちなのかしら……。いや、逆に痛くされるのがお好きという可能性も?」


 突如として明るみに出てきた愛する兄の性癖。

 一部の貴族たちの間では夜の営みに武器を用いるらしい、という噂を耳にしたことがある。だけどまさか、実の兄が同じ趣味を持っているとは想定外だった。


「ダリス様は剣をお買い上げになりました。それも身の丈にも及ぶ大きさの無骨な大剣にございます」

「た、大剣ですって!? ちょっとハードプレイすぎやしませんこと!?」


 鞭やこん棒は、奴隷の躾でもよく使われているからふんわりとイメージもできたのだけど、大剣とはどういうことだろう。ちょっと扱いを間違えれば腕や足を斬り落としてしまいそうだし、場合によっては相手を殺してしまうかもしれない。


 ルピリオが報告をするたびに混乱していたアオハは、彼の口から放たれた次の一言で完全に脳がショートしてしまった。


「その後、お二人で湖畔のダンジョンへ向かわれました」

「そんな! お兄様ったら、いきなりアオカ……んーーー」


 口から泡を吹きながら倒れたアオハを、ルピリオは慣れた手つきで抱え、天蓋のついたベッドへと運び入れる。


「兄離れするのは、いつの日やら」


 すっかり静かになったアオハの部屋で、老紳士はひとり不安を吐露する。

 無意識の海に落ちながら、アオハは「離れたりするもんですか」と心の中でつぶやいた。




💰Tips


【硬貨】

 王国では紙幣は存在しておらず、金属をコイン状にした貨幣が流通している。

 貨幣は王国の管理下で製造されており、金属の含有量を一定に保つことで貨幣の価値を担保している。

 また貨幣の価値が金属そのものの価値変動に影響を受けるため、各金属の流通量を制限することで、国内の相場も王国によって厳格に管理されいる。

 

 金貨は1枚で現代日本における10万円程度の価値。

 銀貨は同じく1万円程度の価値。

 銅貨は同じく千円程度の価値。


 これ以下の貨幣は存在せず、小さな商品を買うときは「コレを買うからアレもつけろ」などの売買交渉が一般的。貨幣の流通が少ない村では、物々交換も多く取引されている。


 ほとんど流通していないが、1枚で1000万円程度の価値を持つ白金貨も存在する。

 売買には向いていないため、主に王族や大貴族、豪商がありあまる資金を管理しやすくするために保有している。




【おねがい】


 これにて『WORKS1 転生社畜、女子高生を買う』・完 でございます。

 続いて『WORKS2 転生社畜、女子高生に学ぶ』をお楽しみください。


 あっ、その前に。

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