第18話『悪霊と水精(犬猿)』


 扉を開けると、そこには碧髪の女性と黒髪の男性が座ってい話していた。

 男は黒色のシャツにズボンを着ており、右足を左腿に掛けて座っている。三白眼を思わせる鋭い目つきをしており、どう見ても悪者顔だ。

 一方女性の方は、渋めの緑色の法衣を着ており落ち着いた服装だ、背筋を正して机の上にあるお茶を楽しんでいる。優しそうな微笑みをしており男とは対照的だ。また、糸目のよようで常に閉じてるのではないかと思わせる。


「ーーーでは結局は、なんの成果も得られなかったという事ですか?」

「嫌味な言い方だな。まあ、間違いじゃないが。スラムの部下共に見張らせてはいるが、目ぼしい人物は見当たらない。そもそも、戦力増強中の出来事だ。他国からの介入と考えた方が自然だろう。」

「ですけど、今の連邦にそんな力があると思います?」

「まあ、あそこに国外へ進出する組織は無いだろうな。そう思うだろ雨宮?」


 僅かに開けたドアの隙間から、こちらに呼びかけられた。

 観念して扉を開いて表へと出る。

 寝ていた個室の外も部屋だった。

 しかし多くの人間が過ごすであろう、生活感があり宿屋のエントランスを思わせる。

 碧髪の女性も気づいた様子で声をかける。


「あなたが噂の雨宮くんね。調子はどうかしら?魔力の回復に効く薬を処方したから、怠さや頭痛は残ってないはずだけど。」

「そういえば…魔力切れで倒れたハズなのに、後遺症が全然無い…。えっと、ありがとうございます。」 


 碧髪の女性が言ったように、過度の魔力使用は頭痛などの症状を引き起こす。

 魔法を使い始めて見習いが全員通る道だ。

 軽減する為の生薬などが存在するのは知っていたが、ここまで効き目があるとは。


「それは結構な事だ。それで?噂の借金の人は、今回の事件の犯人がファウダラ連邦のモノだと思うか?」

「誰ですか、その不名誉な噂を流したのは。いえ、大丈夫です。想像が付きました。」


 クロツミの頭に笑顔でダブルピースしているレンを想像したが、振り払うようにして、思考を巡らせてから答える。

 と言っても、思い出せるのは一年前。かなり最新の記憶しか無いが。


「私は連邦の東部で護衛の仕事を主にしていました。しかし、臆病で卑屈な役人か、高圧的な役人が定期的に食料を納めるように言って来る程度でしたね。国として管理している姿は…見た事が無いです。」

「ふん。何処の国もしている事は同じみたいな。ウライダ?」

「それは、さっきの皮肉へのお返しかしら?ヴェルズ?」


 あ、この人たち、実は仲が悪いのでは?

 視線の花火を幻視したクロツミは思わず直感した。

 少し考え込んでから、ヴェルズと呼ばれた男性は答える。

 

「…だが分からない事から推測できるモノもある。はぐれにしては多すぎる魔物の、タイミングを見計らったかのような襲撃。巡回ルート上で殺された騎士達。第二王子である団長の目を抜けた計画。これだけの事をやってのけれるのは、組織だった何かだ。」

「言っておくけど、勇覇派が関わっているのは知ってるわよ?買収の目撃情報を手に入れたのは水精騎士団の子だもの。」

「ああ、だが実行犯では無いだろうな。奴らにそんな力は無い。むしろ、力を欲してコチラを妨害したまである。俺達が知りたいのは、騎士達を殺しうる脅威たる実行犯だ。そして重要なのは、この計画に魔物が関わっている点だ。」

「…言いたい事は分かったわ。けど、それを私が居る前で言う気?」


 僅かに空気が冷えた気がする。

 雰囲気の話ではなく物理的にだ。

 しばらくの沈黙の後にウライダと呼ばれた女性は口を開く。


「魔道国出身の私が言うのはアレだけど、あの国は確かに魔物や魔法についての理解は随一よ。けど、魔物の使役なんて聞いた事も無いわ。」

「ならば共和国はどうだ?ダンジョンによる魔物知識の蓄積、魔界由来の遺物と騎士にも劣らない冒険者ならありえるか?」

「私も仕事の関係で、冒険者連合に顔を出すけど、彼らは魔物に対して憎しみや怒りといった負の感情しか無いわ。魔物を利用するという発想はないでしょう。工房国は…論外ね。あそこの国は、あるいに戦力を持たない国だし。」

「…チッ、隣国の情報がもう少しあれば確証を得られるんだが…。」

「あの…雷鳥騎士団に所属するトロゴンという人物に聞くのはいかがでしょう?」


 ファウダラ連邦国でカーマイン傭兵団に所属していた彼なら、有力な情報を持っているのでは無いだろうか?

 しかし、クロツミの提案に対して二人の表情は暗い。

 理由を示すようにヴェルズが答える。


「トロゴンの奴なら死んだ。先ほど言った巡回中にな。」

「…なっ!?」


 死んだ?あの、トロゴンさんが?

 話した回数こそ少ないものの、気のいい彼が死んでしまった事実には、黒い気持ちにならざる得ない。

 再び凹みつつあるクロツミに、追撃するようにヴェルズは話を続ける。


「結局の所、敵にはしてやられた訳だが俺達が得たモノもある。」

「…なんですか?それは。」

「お前たち新人の騎士8名。恐らくお前たちは皆殺しのつもりの計画だったのだろう。魔物群れを一般人に襲わせるというのは、そういう事だ。だが雨宮。お前と言うイレギュラーのお蔭で、生き残る事ができた。」

「私達は今回の事件で、あなた達の中に王覇派にとって邪魔な人物が居たのでは無いかとも推測しているわ。」

「だから、お前たちは生き残ったが正体不明として王都内…騎士寮や訓練場で新人騎士として拘束させてもらう。良かったな、借金はしばらく凍結だぞ。」

「嬉しくは…無いですね。」


 クロツミ達に拒否権は無いようだ。

 だが、クロツミが救った命には意味があったらしい。

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