幕間『トロゴンの行方』


 「~~♪~~~~♪」

 

 『暗洞の森林』から遥か数km、離れた小高い丘から眺める影が2つ。

 一人はレンと同じぐらいの年齢で藍髪セミロングの少女はが、鼻歌を交えながらご機嫌に足を投げ出している。それが顔に返り血を付けて、両手に刃を持っていなければ可愛らしい少女で済んだのだろに。

 もう一人は、30代の黒髪の男性だ。傭兵然とした体格に、大型のクロスボウを携帯している。

 若干緊張した様子で、男性は少女を尋ねる。


「ご機嫌ですね。お嬢。」

「ええ。間接的とはいえ、お兄様を奪った王国に報復ができるもの。心が躍るに決まってるよ。」

「頼みますので、そのまま心躍って王都を散歩なんてしないで下さいよ。殺意が溢れて騎士団寮に突撃なんてした日には、今度こそ契約打ち切られかねないので。」

「あら?ディズヌフ。私が、そんな節操無しに見えるのかしら?悲しいわ。私だって殺す相手ぐらい選り好みするわよ?」


 ウフフと不気味に笑う少女に、ディズヌフは苦笑いで返す事しかできない。

 それもそのはずだ。

 彼女の返り血のほとんどは、憐れにも巡回していた騎士のモノだ。

 このミレパクト王国の騎士は、差はあれど世界的にも高水準の練度だ。

 それこそ一般騎士でも、共和国の中堅冒険者や、中堅傭兵団の精鋭程度の強さがあると見ていい。あえて欠点を上げるとすれば、対魔物に特化しすぎているという点だろうか。だが、一端の兵隊なら敵わない強さだ。

 

「さてと。シードの実験もできたし、今年の新人騎士の募集も依頼通りに妨害できたわ。…ねえディズヌフ。どうして勇覇派は、わざわざ国力が下がるような依頼をしてきたのかしら?」

「現在の王国内の政治的なバランスは荒れに荒れてます。絶対王政に舵を切って他国に戦争を仕掛けたい『アグスタ第一王子』。税を増やして特権階級の栄華を極めんとする『エレオノーラ第一王女』。自由気ままに遊んで現在は騎士団長になっている『レオール第二王子』。今回は国の力である騎士団に悪評を立てて、第一王子が騎士団の指揮権を握りたいのでしょう。」

「ふ~ん。と違って、兄弟姉妹仲が悪いのね。裕福な国だから、奪い合いなんて無い平和な国だと思ったけど、期待外れみたいね。」


 実際、ミレパクト王国は広大な盆地と運河、安定した気温と豊富な鉱脈が散見される。

 何よりも共和国に次ぐ第二位の人口の多い国だ。

 食料生産国として、隣国とも顔が利く。

 盗賊やハグレの魔物が現れる欠点こそあれ、騎士が居れば間に合う程度だ。


「人の欲とは底がありません。それは貴方が一番理解しているのでしょう?」

「…そうね。『魔女狩り』の時に、嫌と言う程知ったわ。」


 一陣の風が丘を通り抜ける。

 僅かな沈黙の後に少女は立ち上がる。


「それじゃあ、小遣い稼ぎもここまでにして、本命の仕事に戻りましょうか。聞き耳を立てているネズミちゃんを片付けてね。」

「そうですね。」

(気づかれている!?)


 木陰に潜んでいたトロゴンは、即座に身を引いてその場を引こうとするが、左の太ももをクロスボウで撃ち抜かれて転んでしまう。

 必死に起き上がった頃には、少女とディズヌフと呼ばれた男性が見下ろしていた。


「ディズヌフの下手っぴ。心臓、魔臓、脚の三連射して脚しか当たっていないじゃない。彼も痛がってるわよ。」

「すいません。まさか強化魔法を掛けながら聞き耳立ててるとは思ってないなくて。それに、逃走ルートまで考えていたようで、狙いにくい位置でした。」

(狙いにくいじゃなくて、当たらない位置を逃走ルートに組んだんだよ!どうやって当てやがったんだ。)


 トロゴンが隠れていた場所は、木に囲まれ低木も生い茂る恰好の隠れ場だった。

 見つかるのは最悪解るが、クロスボウが当たるような場所ではないはずだ。


(それに、この流暢な言語は”リアン語”。連邦国の言語だ。勇覇派が、連邦の傭兵と繋がっている事を団長に伝えねば…!)

「言い訳はいいから。ごめんね?ウチの者が下手で。すぐに楽にしてあげるわ。」


 少女は右手に持った短剣を振りかざして、トロゴンの命を奪おうとする。


 (こんな所で死んでたまるか!)


 剣の柄を握りしめて魔法を発動する。

 トロゴンの魔法の素質は風。

 剣の柄には、魔道国から取り寄せた魔石が組み込まれている。

 魔法の触媒となる物体だ。

 魔石を起点に、少女とトロゴンの間に空気の塊を発生させて、その場を脱しようとするが…


(魔法が発動しない!?いや、出来ていないのか!?)


 手慣れた魔法が発動しない為、軽いパニックに陥る。

 その様子を察したのか、目の前の少女が優しく諭す。


「あ、魔法使おうとしている?ディズヌフの矢に、私の血が混ざってるから多分無理だよ。諦めてね。」

(血が混ざると魔法が発動できなくなる……まさか!?)


 細かい部分は異なるが、攻撃を受けて魔法が使えなくなる人物に心当たりがある。

 

「お前は殺戮サジェ……!」

「じゃあね!」


 ザシュ

 

 無慈悲にトロゴンの心臓にスルリと刃が突き刺さる。

 ロクに抵抗もできずトロゴンはこの世を去る事になった。


「…どうやら同郷の騎士だったようですね。」

「私なんてまだまだなのに、どうして皆勘違いするんだろうね?それよりも、ちゃんと反省してる!?」

「申し訳ありません。以後気を付けます。」

「分かったならいいわ。後続番バックナンバーなんだから、他の子の前ではミスらないようにね。それじゃ…。」


 トロゴンの遺体から離れ、東の方角へと歩き出す。


「探しましょうか。本当の王族『ブレイブリー家』の生き残りを。」

「確か隠れ里は東の辺境でしたね。情報が少ないので、しらみつぶしになりますが行ってみましょう。」

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