幕間『悪霊騎士』

 部下共の報告を受けて王国を飛び出したのは1時間前だ。

 欠伸の出る試験をこなしていたが、報告を聞いて一気に目が覚めた。

 勇覇派ーーもとい第一王子の派閥が、新人騎士候補共を拉致る強硬手段を用いるとは予想外だった。

 漆黒の鎧を身にまとった騎士は、人外の速度で街道を駆け抜ける。

 一応、他の騎士も編成されて来ているはずだが、彼に追いつける者は居ない。


(そもそも、レオールの放蕩糞野郎が”先行して強力偵察してこい”と言ってきた程だ。)


 思考を巡らすよりも、身体を動かし続ける。

 いくら王国内の最上位騎士の『悪霊騎士』でも 特質強化レヒトで移動し続けるのは疲れる。


(こういう事は雷鳥騎士ゴリラ騎士が得意だろうに。まだ調査で手こずりやがって。)

 

 やっとの思いでたどり着いたのは『暗洞の森林』と呼ばれる場所だ。

 『魔界の入り口』から障壁沿いに、北上した場所にある森だ。

 不気味な雰囲気や、裏組織の死体埋め立て地として誰も近づかない忌地だ。

 橋を越えた辺りから異臭を…いや、死臭を感じ取る。

 

(血と臓物の匂いがしやがる。新人共は無事なのか?)


 川の橋を渡り、森の入り口に入っていく。

 しばらく移動すると、凄惨な現場を目にすることになる。

 そこは若い男女の食い散らされた死体が所々に見て取れた。

 全員が、恐怖や苦痛に歪んだ顔で死んでいる。


(クソッ!間に合わなかったのか?しかも、この傷は…。)


 悪霊騎士が予想した通り、獣の息遣いがこちらに使づいてくる。

 悪霊騎士も剣を抜いて 特質強化レヒトの上から、剣に物質増複エンチャントする。

 鈍鋼色の剣は、滲むように影に侵食される。

 あっという間に、剣は闇の滲み出る不気味な剣へと生まれ変わる。

 悪霊騎士は、闇に眼を凝らし、微音に耳を傾ける。


「シッ!!」 


 気合の掛け声と共に、虚空の闇に剣を振るう。

 それに合わせて、森狼ヴァルトウルフ達は悲鳴を上げる。

 そのまま勢いよく、悪霊騎士の足元に転がり込む。

 計3匹の森狼ヴァルトウルフは、その場で悪霊騎士によってトドメを刺される。


森狼ヴァルトウルフだと?はぐれの数じゃねぇな。それに、何かから逃げてきた様子だ。どうなってやがる。)


 魔力の消費は痛いが、悪霊騎士は物質増複エンチャントを維持したまま進む。

 少し進むと、火の明かりが見える。

 付近には、槍で貫かれて死んでいる魔物が多数見られた。

 そして、先ほどと同じく狼に喰われた死体と‥‥数名の生存者が、槍を抱えた少年に近づいている。

 狼共の死体を素早く確認する。

 逃げた幼体と異なり、過半数が成体だ。

 しかも1匹だけ大狼クラスの大きさの奴も居る。

 そして、ほぼ全ての森狼ヴァルトウルフは同じ槍傷に見える。

 つまり…。


(あそこの新人が森狼ヴァルトウルフの群れを一人で殺し切ったとでも言うのか?大物新人にも程があるだろう。)


 警戒をさせない為に、物質増複エンチャントを解除して近づく。

 漆黒の鎧が、松明と焚火の火に照らされて写る。

 その様子に新人共は気づき警戒する。

 悪霊騎士は疲れた様子で尋ねる。


「お前ら。これはどういう状況だ?」


 悪霊騎士を最初に迎えたのは説明では無く、罵倒の声だったのは言うまでもないだろう。

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