第15話『魔槍(蹂躙)』

 僕は無力だ。

 複数の森狼ヴァルトウルフが現れてから真っ先に視線が言ったのはクロツミだった。

 僕の持たない絶対的力を持つクロツミに期待したのかもしれない。

 同時に、クロツミのような力を持たない自分にも腹が立った。

 そう、僕は口だけで弱いだけの偽善者だ。

 今だって、クロツミが解決してくれるかもと期待してしまっている。

 だが、クロツミは苦しそうに胸を押さえている。

 予想外だったが、考えるよりも先に無造作にクロツミに近づいてしまう。

 敵である森狼ヴァルトウルフから視線を逸らし、他人を心配する姿を奴らを見逃す訳も無く、気付いた森狼ヴァルトウルフが急接近してくる。

 オリヴィエやジョンソンが注意を促すも、時すでに遅く回避すらままならい。

 そんな折、クロツミから呟くような声が聞こえてくる。


『其は百槍の女王、されど統治せず蹂躙する一番槍…。』

「Growl…!?」


 クロツミの持っていた剣が、森狼ヴァルトウルフが飛びかかるタイミングで、下顎から勢いよく浮き上がり貫く。

 死んでこそいないものの、全身をビクビクと痙攣させている。

 クロツミの呟きは止まらない。

 

『私は思うままに貫き、命を空洞にする。「…魔槍ロゼ!」』

(ようやく出番のようだな。)


 森狼ヴァルトウルフを貫く剣を伝い登るように、液体の金属と化した胸元の正方形ペンダントが、剣を質量を無視して長く禍々しい長槍へと変貌させる。

 武器の変形の勢いで、森狼ヴァルトウルフの頭蓋骨が割れて、地面へと脳漿が飛び散る。仲間がやられたと気づいた他の群れが、全員クロツミの方向へと向かって来る。

 虚ろな目をしたクロツミが、僕を見る。

 一瞬だけ口角が上がったが、直ぐに無表情へと戻り、血濡れた禍々しい槍を手に取る。

 柄の部分には蛇のような紋様が彫り込まれており、穂は直片刃で根本は八重歯を思わせるノコギリのようだ。総じて、獣の歯のような刃と、不気味な柄を持つ”魔槍”と呼ぶに差し支えない見た目だった。

 クロツミは魔槍ロゼの刺さった森狼ヴァルトウルフを抜き払い、死体を投げ捨てる。

 恐ろしい切れ味のようで、荒い毛皮ごと切り払われた森狼ヴァルトウルフは口先から喉元にかけて、頭蓋骨ごと裂けた悍ましい姿で捨てられる。

 手慣れた様子で、両手で槍を構える。

 左脚を軸にして、向かって来る森狼ヴァルトウルフ達に対して逆に突撃する。


特質強化レヒト。」


 そう唱えると、助走など無視した速度で弾丸のように森狼ヴァルトウルフ達向かっていく。その速さは狼達の速度をも凌駕する。

 先頭の2頭が噛みつく直前に、クロツミは直角に避けて横から2頭の頭蓋骨を串刺しにする。

 その槍は正確に狼の命を奪い去る。

 続く森狼ヴァルトウルフ達も、流石に足が鈍る。

 だがそれを見逃すクロツミじゃなかった。


「怯えたな。」


 串刺しの2頭を旗のようにして、狼の集団に投げ捨てる。

 反射的に避けようとする狼達を、弧を描くように撫で斬りし、貫いていく。

 投げ捨てられた2頭が、木当たり地面に落ちるまでに、回避運動を行った数頭は喉元を深く切られ、心臓をえぐり取られ、頭蓋を割られる。

 一瞬で過半数の森狼ヴァルトウルフは地に伏し、物言わぬ肉塊だ。

 残ったのは、後方から続こうとした森狼ヴァルトウルフ達と、全身が返り血まみれのクロツミだ。

 

「Yelp!!Yelp!!」


 森狼ヴァルトウルフ達は脱兎の如く逃げ出す。

 僕はクロツミが心配になり注視する。

 その顔は口角が上がり、槍を握りしめていた。

 僕の中の何かが悲鳴をあげるように叫ぶ。

 ーーークロツミをこのままにしてはいけない!


「逃げ惑え。物質増複エンチャント。」


 クロツミが魔槍を山なりに投擲すると、頂点辺りで槍が複製される。

 それは槍の雨となって、逃げ惑う狼達を貫いていく。

 それに乗じて追いかけようとするが、クロツミを止める柔らかい感触がある。

 胴にしがみつくレンの姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る