第14話『夢の中の師匠(言伝)』
クロツミが居るのは真っ暗な闇の中だ。
上下左右を見渡しても、何も無く音すら聞こえない深淵だ。
自身の感覚を確かめて、とりあえず歩く。
ロゼに話かけても返答は無く、彷徨う事しかできない。
しばらく歩くと光が見えた。
火だ。
誰かが焚火をしている。
近づくと、その人物に見覚えがあった。
前跳ねのロングウェーブに赤みがかった髪。
灰色の厚手ロングコートを着こなし、隣には身の丈程の巨大な剣が置かれている。
師匠だ。
「よう。元気してたか?」
「師匠…なのですか?ここはいったい…。」
「雨宮の奴は夢みたいなモンだと言ってな。気にすんな。現実世界じゃないって事だけ分かればいい。私は、お前にメッセージを送るためにここに居る。まあ、座れ。クロツミ。」
師匠に言われるがままに、対面の丸太に腰掛ける。
静寂の中にパチパチという焚火の音だけが響く。
師匠は懐から煙草を取り出し、口に咥える。
煙草の先端は勝手に燃え出し煙を吐きだし始める。
恐らく魔法だろうか?
「お前がこの場に居るという事は、ロゼの忠告を無視してでも切り抜けたい緊急事態なんだろう?」
「…はい。多数の魔物に囲まれて、連携も取れない混乱状態です。俺は捨て身で奴らを傷つけてから、囮になる算段でした。貸して頂ける力次第では、これの成功率も上がります。」
先の戦いで、
「私は力を貸さん。戦うのはお前だけだ。」
「え?」
「半年前にお前を大遠征で拾ったと言ったな。あれは嘘だ。お前を捕まえたのは極東と呼ばれるファウダラ連邦の東側の島集落だ。」
「少し待ってください。何を…。」
「待たん。メッセージだと言っただろう。これは警告と告罪だ。」
師匠の話が進む度に、脳裏が痛み始める。
奥を刺されるような痛みを受けながらも、師匠は話し続ける。
「私がお前を捕まえる時、
「
それが本当なら、かなり強力だろう。
そんな事できる人物は、あの血濡れの戦場でも稀だ。
…今、俺は何と言った?
「思い出してきたみたいだな。お前が本来どういう場所で生きてきたか。」
「代償というのは…記憶を思い出す事ですか?」
「相変わらず聡いな。ああ。お前には、1年前までの記憶を思い出してもらう。要は私に拾われた時と、拾われた直後の記憶だ。」
ゴクリと生唾を飲み込み、聞き入る。
師匠が煙草の燃灰を落とすと、周囲の闇が晴れて明るくなる。
そこは小規模の村だったのだろう。
しかし人は居ない。
それもそうだろう、クロツミの周囲に死体の山が積まれ、クロツミすら死体に腰掛けているのだから。
だが、クロツミはこの状況に既視感を感じる。
紛れもなくこの光景は、クロツミの過去なのだ。
「私がお前を拾ったのは、お前の故郷だった場所だ。お前の事は雨宮シズクから聞いた。私の親友だった奴だ。」
雨宮シズク。
その名前を聞いた瞬間、脳裏に深蒼髪の女性の柔らかな笑顔。
そして甲斐しく世話してくれる日常を思い出す。
隣には同世代の子供達が、自分と一緒に楽しく食事し、鍛錬に励んでいる。
自分自身も笑顔で答えて、深い絆で結ばれていたのだろう。
視線が死体の山に目を向ける。
記憶の子供達と同じ顔をしている。
「勘違いするなよ。お前が殺したんじゃない。お前は守れなかったんだ。」
「守れ…なかった?」
「ああ。そして守れなかった結果、お前は狂ったんだよ。故郷に縋りつく子供のように、訪れる者全てに襲い掛かる災害にな。」
記憶の子供たちは、死体の山の最下層だ。
そして上に積まれた死体は、見覚えはないが多種多様な人種だと分かる。
どれもこれもに、貫かれた刺し傷がみられ同じ人物に殺されたのだろ。
俺に…殺されたのだろう。
「まあ、どちらにせよ雨宮を殺る奴らだ。お前が居ても、守れた可能性は五分だがな。話が逸れた。お前を拾った私は、親友の遺言通り、お前に平穏を与えた。全て忘れて自由に暮らせるようにな。だが、お前は偶然や必然にしろ再び力を手に取った訳だ。」
「ならロゼは…。」
「それは私が話すべき内容では無い。自分から聞け。…記憶を取り戻した今、お前は
短くなった煙草を指で弾き焚火に落す。
顔の青いクロツミを正面から見据えて、更なる警告を促す。
「
「俺の
「ああ。だがお前の魔力は…なんといえばいいか。かなり歪だ。武器を変形される魔法の個性は、その一端に過ぎないのだろう。お前が
「そうなったら…師匠が俺を殺しに来るのでしょう?」
「私をよく理解してるじゃないか。ああ。お前が暴走したら、息の根ごと止めてやるよ。」
手を自身の胸に当てて目を瞑る。
自身の中にあった枷が一部外れた気分だ。
だが、枷と一緒に猛獣まで解き放たれたようだが。
「次に
「どういう事です?」
「私がお前を捕まえる時、無尽蔵に槍を使って来るぐらいしか印象が残ってないんだ。本来の
「私の場合は、武器を任意の形に変形し続けるになるのでしょうか?」
「そうだな。
「なるほど。ちなみに、俺の武器が剣だったのは、記憶を思い出させない為ですか?」
「そうだ。安心しろ。本来の武器はロゼが持っている。」
総合すると、時間制限付きの
だが、クロツミの表情は暗い。
力を使う度に、周囲に迷惑をかける可能性がある。
迷惑で済めばいい。
最悪の場合は。
脳裏に、自身の持つ槍がレンを貫く光景をフラッシュバックする。
そんなはずは無いと言い聞かせつつも、クロツミの両腕が震える。
まるで自分の中に、知らない自分が入り込んだ気分だ。
そんなクロツミに、優しい声色に変わった師匠が話しかけてくる。
「クロツミ。お前の過去は変わらないが、今は守れる瞬間なのだろう?なら躊躇っている時間は無いはずだ。」
「ええ、そうですね。今やらなきゃ、繰り返しです。」
「ああ。だから怯えて後悔するよりも、胸を張って後悔しろ。嘆くのはその後だ。」
師匠や死体の山が、ぼやけるように溶けていく。
どうやら時間のようだ。
「ーーー私の言葉を、そのまま復唱しろ。目覚めたら、そこがお前の正念場だ。」
ぼやける師匠の口を鳴真似るようにして呟く。
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