第12話『襲撃(大狼)』
レンとオリヴィエが野営の準備を終えた頃に、森の中からクロツミとウィリアムが飛び出してくる。
かなり慌てた様子だ。
クロツミが周囲を見渡すと、馬車の荷台付近で全員野営をしているようだ。
そのため、森の中の街道で複数の焚火が展開されている状態だ。
「クロツミ?どうしたの?騎士見つからなかった?」
「私たちは既に準備を終えていますわ。」
なぜかオリヴィエの機嫌が良い。
なぜだろう?
いや、いまはそんな事を考えている場合ではない。
パニックを避ける為に、まずは慎重にオリヴィエとレン、そして付いてきたウィリアムに話す。
「落ち着いて聞いてくれ。殺された騎士の死体があった。そして周囲には魔物と思われる痕跡も見つかった。近くに居る可能性が高い。」
「なっ!?」
「本当!?」
「やっぱり…。」
ウィリアムを除いて、全員が驚きの表情になる。
オリヴィエはクロツミと似た結論を出していたのか、驚きの幅が多く信じられない様子だ。
レンは別種の驚きだ。強いて言うならば、未知との遭遇を果たしたときの表情だ。
ウィリアムは予想通りといった様子で、顔を青くしている。
一番最初に質問してきたのはレンだった。
「痕跡ってどんな感じだった?教えて!何か分かるかもしれない!」
「どういう事だ?レン?」
「クロツミには話したと思うけど、お母さんが冒険者だったからなのか、家には図鑑とかがいっぱいあってね。お婆ちゃんが幼い僕に読み聞かせしてくれたんだ。」
「それは有難いな。まずはーーー。」
見つけた痕跡を詳しくレンに話す。
少し考えた後に、レンは答えを出す。
「多分
「人を一撃で殺せる大きさだと?」
「最大サイズだと思う。特に嗅覚が敏感で、逃げようとする時に追い込まれる事が多いって書いてあった。」
「となると、脱出は難しいか。」
「クロツミくん。正直に聞くわよ。その
驚きから帰って来たオリヴィエが慎重な様子で尋ねる。
彼女も、一旦思考を切り替えて現状の把握と改善に意識を向け始める。
「正直難しいと……っ!伏せろ!」
唐突に草むらが揺れる。
オリヴィエの足元を刈り取るように蹴り入れる。
虚を突かれたオリヴィエは態勢を崩して地面に倒れる。
オリヴィエが抗議するよりも先に、オリヴィエの首があった場所を噛みつくように巨大な狼が姿を現す。
関係の無い小動物という徒労に終わる結果なら良かったのだが、最悪の結果だったようだ。
剣を抜く余裕が無いと判断したクロツミは、最小限の動作で鞘ごと盾にする。
狼の大きな口は、クロツミへ届く前に剣という障害につっかえる。
「クロツミ!?」
「で、出たっ!!」
予想通り3メートル近くの巨体の突進にクロツミは軽々と吹き飛ばされ、木に打ち付けられる。
ーー咄嗟の奇襲に
皆が居る焚火群から次々と、色々な悲鳴が聞こえてくる。
「魔物!魔物だ!」
「ひぃ、に、逃げろ!」
「出たな。ぶっ殺してやる!」
「来るな……来るなぁ!!」
反応は三者三様だ。
半数以上は逃げたり、その場に固まり恐怖で動けなくなっている。
ほんの一部のみ、3メートルの化け物狼を見ても挫けずに剣を抜く者も居る。
「BOW!!」
狙うのは動けなくなった奴らだ。
素早く焚火の間を駆ける
鋭い八重歯の端から血が地面に零れ落ち、咀嚼する度に臓物が飛び跳ねる。
光景を目にした人たちは、伝染するように恐怖していく。
中には、手に取った武器を落としている人物も見られる。
「この野郎…この野郎!よくも、メッツを!!」
「死に晒せクソ狼!!」
二人の男性は、怒りに身を任せながら剣を振るう。
力任せに振るった軌跡は空を切る。
一拍子で間合いを取り、剣の間合いから脱する。
それ程までに生身の人間と、魔物の狼との身体能力の差は大きいようだ。
「クロツミさん!?生きてますか!!」
「…何とかね。はぁ……はぁ……
剣を抜いてから杖代わりにして立ち上がる。
回復はしていないが、休める状況でもない。
このまま何もせず嵐が去るのを待つのは、泥船で湖を渡るに等しいぐらい無謀な事だ。
統率や連携も無い状態だが、
「あっ!レ、レンさん!」
「僕が……僕が相手だ!」
お婆さんが苛められた時に立ち上がったレンが、今の状況を看過できる訳もない。
レンは剣を抜き放ち
振り下ろされた爪を剣で受け止めるが、強化魔法の無い細腕では軌道をずらすのが限界のようで、レンの腕部には爪の裂傷が痛々しく刻まれる。
「っ!!に、逃げて!……ぁ。」
レンの目の前は大きな口の闇に覆われる。
死が目前まで迫り、彼女の命を奪わんとしている。
しかし
なんと、オリヴィエが
当のオリヴィエは、肩で息をする程消耗しているが。
恐らく
遠距離でアウトプットできる辺り、空間に魔力を伝播させる技術の
体勢を崩した
「クロツミさん。出番ですわよ。」
「そのようだ。ーー
タイミング良く剣を振るったつもりだったが、狙いの頸部ではなく胴回りを切りつける事になる。
鮮血が舞い、
「BOW!BOW!」
(逃げる者を追わずに無抵抗の人間を襲い、傷つけた相手に激昂して威嚇する……これが魔物なのか。)
(少なくとも野生の狼と同じだと侮ってると、お前が痛い目に合うぞ。)
(分かってる。)
一通り威嚇すると、クロツミに飛びかかって来る。
カウンターを叩き込むように最小限の動作で剣を振るうが。
「Yelp!?」
「なっ!?…ちっ!」
カウンターは完璧に入っていた。
だが獣の反射速度が、剣を届くよりもキルゾーンから脱する。
そして別角度から再び飛び込んでくる。
切り返しを想定していない斬撃は、二撃目を撃つこと敵わずそのまま回避運動に移る。
何とか回避ができたが、何度もできる自信はない。
「そんな。絶対当たったと思ったのに。」
その光景は、最も近くで見ていたウィリアムが代弁してくれる。
ちなみにオリヴィエは、
チラリと見ると、先ほどまで戦っていた別の人間もジョンソンの周囲に集まり、介入のタイミングを見ている。
四合、五合と何度も打ち合い、隙を見てカウンターを打ち込むが同じく避けられる。
(クロツミ。分かってるとは思うが、魔法使いに長期戦は死と同意儀だ。魔力が有限な限り拮抗状態はマズイぞ。)
(分かってる……けど、あのタイミングまで避けられるとなると。)
オリヴィエが使った例の魔法や、他に
徐々に魔力を消耗しつつある中、視界の端に松明で合図を送っているジョンソンを見つける。
その隣にはロープを投げ縄のように作って構えている.
戦っていた奴らだ。
意図を理解したクロツミは構えを変えて、剣を盾のように構える。
そんな事いざ知らず、
「はぁあ!!」
「Y、Yelp!?」
「今です!全員投げ込んで下さい!」
「おらぁ!」
「大人しくしやがれ!」
クロツミは構えた剣に
薄くはあるが鋼鉄の即席盾だ。
予め踏ん張る態勢をしていたクロツミも十分に耐えられた。
そして止まった
「ーーWoof。」
「たぁ!」
半分ほどは、上手く行かずに弾かれてしまうが残りは後脚や胴に巻き付く。
それと同時にオリヴィエに介抱されていたレンが
だが拘束された上に回避で態勢を崩した
魔力の制御を元に戻し、盾にしていた巨剣を元のサイズに戻し
「growl……。」
「……ふぅ、なんとか、倒せたか。」
歓喜の声は…無い。
誰もが疲労した様子でその場に崩れる。
緊張の糸が切れ、クロツミもその場で剣を杖にして魔法の発動を止める。
一番近くのレンに様子を尋ねる。
「レン。腕は大丈夫か?」
「うん。浅かったし、オリヴィエさんが強めに包帯を巻いてくれたから大丈夫。クロツミは大丈夫?最初に吹き飛ばされたけど。」
「伊達に傭兵の仕事をやってないからな。とはいえ、吹き飛ばされたのは初めてだけどな。」
息を整えて剣を血振りしてから鞘に戻す。
他の奴らも似た様子で近寄って来る。
特に魔法を使ったクロツミとオリヴィエに集まって来る。
「あんたらすげぇな。俺はチャールズだ。メッツの敵、ありがとよ。」
「それ魔法か?剣が大きくなった奴!」
「クロツミだ。確かに魔法だが、正直助かった。あの俊敏さにはお手上げだったからな。」
「おう、こいつの提案だ。な、坊主?」
「上手く行って良かったよ。」
チャールズ達に背中を叩かれるように出てきたのはウィリアムだった。
作戦が成功したおかげか、照れくさそうだ。
一方オリヴィエの方は。
「あなた魔法使い?」
「すごく辛そうだったけど、大丈夫?」
「今は大丈夫よ。本来届か無い場所まで無理矢理魔法使っただけだから…、魔力は殆ど使ってしまったけどね。」
オリヴィエは結構危険な橋を渡っていたようだ。
一般的な環境魔法は、自身の技量に応じた範囲内で薄く広く魔力を撒く。
そして触媒を用いて、特性に応じた物体を複製・出現させて自由に扱う。
結果として、触媒である杖を握り、自身の周囲に土の槍や火の玉を出して、対象に投げ飛ばす典型的な魔法使いの完成だ。
だがオリヴィエは自身の技量に、不相応な遠い距離に魔法を発現させた為、必要以上に魔力を消費してしまった。
魔力は血のようなモノだ。
少なすぎるとふら付き、頭痛もして、意識を失う。
最悪死ぬこともある。
クロツミがオリヴィエを見ていると、気付いた様子でこちらに来る。
「クロツミさん。改めて助かったわ。ありがとう。」
「礼には及ばないよ。それにしても、オリヴィエさんも魔法が使えたんだな。」
「一時期、魔道国で商売をしていた時にね。といっても、真似事程度だから期待しないでちょうだい。」
全員で雑談をしていると、遠くの一人が大声を上げる。
「おい!松明の光だ、誰か来たぞ!」
「きっと助けに来た騎士だ!予想外の魔物で助けに来たに違いない!」
「だよな!あんな強い魔物を俺達に戦わせるなんて、どうかしてる!」
「お~い!こっちだ!」
何人かが松明を振り居場所を示す。
それに呼応するように松明の光は近づいてくる。
だが……。
「ぁ……お前……ら。」
「これは悪い夢か?冗談きついぞ。」
「こんな事って…。」
松明の光は、
その目に既に生気は無く、瞳孔も開いている。
文字通り死ぬまで松明を握りしめていた辺り、如何に恐怖を抱いて死んだかが分かる。
そしてクロツミ達の前に現れたのは、大小さまざまな
少なくとも10匹以上いる。
一人が壊れた人形のように叫び始める。
「もう騎士なんてどうでもいいから!騎士様見てるんでしょ!助けてよ!」
「BOW!BOW!!」
返ってきたのは、狼の遠吠えと襲撃だけだ。
先頭の
真っ先に助けを求めていた者達は、抵抗する間も無く蹂躙されていく。
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