第10話『試験(不穏)』
試験日当日。
念のため道具一式を持って雷鳥騎士寮へと二人は向かう。
人気は全然無く、むしろ王城前の広場の方が大量に人が見て取れる。
おそらく、あっちがバッジを渡されなかった場合の試験会場なのだろう。
クロツミとレンは、手元にあるバッジを確認して頷くと雷鳥騎士寮へと入っていく。
中はミレパクト工房と同様に、客人を対応する窓口や、簡単な椅子や机が並ぶ大部屋だった。
そして窓口に大男がいた。
「お嬢さん方。雷鳥騎士隊に何か用事か?」
「お、おっきい~。」
「騎士に成りに来ました。」
受付のテーブルにそれぞれ受け取ったバッジを置く。
摘まみ上げた大男は、バッジの細部を確認すると左奥の扉を指さす。
「そこの扉を抜けると城壁内を通じて移動できる。道なりに移動して王城裏で待機していろ。バッジは左胸に付けていけ。決して外すなよ。」
クロツミとレンは、バッジを付けて指さした扉に歩いていく。
扉を開けるとU字のトンネルだった。恐らく地面の下に作られた裏道なのだろう。
トンネルを抜けると、城壁内だと思われる空間に出る。ご丁寧に順路以外には木箱が山積みにされている。
明かりは少ないが、城壁内外を見るための覗き窓が点々とあるため、全くの暗闇という訳ではない。
しばらく進むとレンが何かに気づく。
「あれ、王城前の試験じゃないの?」
「どれどれ?」
除き窓を見ると、そこには10人ぐらいの騎士に対して挑戦者たちが挑み敗れる光景が見られた。
タイマンで挑んでいるが誰も30秒も持っていない。
特に一番列が少ない黒塗りの鎧の騎士がヤバい印象をクロツミは受けた。
「あの黒色の騎士すごいね。あそこの列だけ減りがすっごく早い。」
「ああ。しかも、ほとんどその場動いてない辺り、実力の差が出てるな。」
(どうだクロツミ。お前なら勝てそうか?)
(構えすらしてないから何とも……、ただ雰囲気が師匠に近い気がする。)
(つまり勝てないと?)
(苦戦は必須だろうね。)
しばらく鑑賞してから、再び歩を進める。
少し歩くと行き止まりの木箱と扉がある。
扉を開けると、庭園が見える広場だった。
広場には馬車が三台と、数十人の試験参加者と思われる人々が待機していた。
自分たちが最後だったみたいで、クロツミ達を確認した騎士たちは号令をかける。
「30、31、32……。全員居るな。よし!10人ずつ、それぞれの馬車に乗ってくれ!」
「2人余らない?」
「きっとダッシュだろう。」
「ええ!?」
「冗談だ。まあ誤差だろうし、最後の馬車に足でもはみ出しながら乗ればいい。」
もちろん最後尾のクロツミとレンが余り組だ。
馬車の荷台の端に座り、外を眺めるように乗り込む。
盗み見するように馬車内の人物たちを観察する。
全体的に若い人物が多い印象を受ける。と言っても、レンよりも若そうな人物は流石に見当たらない。
全員がそれぞれ雑嚢を持っているが、本格的な背負い袋まで持ってるのは自分たちだけだ。
最後に奥に視線を送ると、昨日の買い物の時に見た金髪の少女も居る。大きい荷物こそないものの、雑嚢が3つもあるのが気になる。
「どう?クロツミ?強そうな人いる?」
「それが分かったら苦労はしないよ。」
「なら何を見てたの?」
「俺たちを試した騎士は『数ある試験の一つ』って言ってたけど、どういう基準で選ばれたのか気になってたんだ。」
「う~ん、騎士だから正義感とか?」
「どうだろう?もっと打算的な物だと思うけど……分からないな。」
少なくとも、昨日の金髪の少女の恐喝は、正義とは言い難い。
他の馬車の事もあるから断定できないが、共通点は若いぐらいだろうか。
ーーー夕方辺りになり馬車が止まる。
レンに至ってはウトウトしている程だし、他の旅慣れしていない大半も意識を手放しつつある。
しかし急停止の衝動で全員が起きる。
騎士たちに出るように催促されて、全員が馬車の外へと出る。
そこは鬱蒼とした森の中だ。
「うう~ん。おはようクロツミ。」
「試験中なのに、よく寝れるな。」
「そんなつもりは無かったんだよ?けど、あの心地よい揺れが……うへへ。」
「騎士になるんだろ?気持ちを引き締め直せよ。」
レンは意識をしっかりと覚醒させる為に伸びをする。
他の馬車から現れた奴ら含めて、ほとんどが似た様子だ。
そんな様子を無視して、騎士の一人が試験の内容を話し始める。
「初めまして諸君。私は栄光ある獅子騎士隊に所属するレオン・ド・ヴァンスールだ。早速だが、あそこを見給え。」
(ふん。仰々しい話し方だな。)
(貴族出身とかなのかな?)
指さす先を見ると、ガラスのような半透明な壁が見える。
クロツミも初めて見たが、何となく予想できた。
貴族のような騎士は、説明するように話を続ける。
「ここは我々騎士団の最前線『魔戒の入り口』の付近だ。そして今回の試験を発表する。それは、一夜をこの森で野営する事だ。」
レオンと名乗った騎士の言った言葉は、波のように受験者たちを揺さぶる。
個人差はあれど予想外の様子で困惑してる。
混乱の最中、一人が手を挙げる。
例の商人の娘だ。
「そこの美しい君。どうしたのかな?」
「私たちは道具も用意も無しに、魔物が居るかもしれない森で野営しろという訳ですか?」
「そう急かないで欲しい。道具などは先頭の馬車に積んである。自由に使いたまえ。あと、この試験には失格条件が存在する。」
「何でしょうか?」
「一つ、森の出口付近の川を越えない事。二つ、バッジを無くさない事。以上だ。他に質問はあるかね?無いようなら私たちは失礼するよ。」
誰もが質問をすることが無いと判断した騎士は、馬車を操り来た道を戻り始めた。
残されたのは、試験が開始された自分たちだけだ。
森が静まり返ったと同時に、受験者達は我先へと先頭の馬車へと集まり道具の漁り合いが始まる。
「わっ!?み、みんなどうしたの?」
「道具は有限だろうからな。皆、自分の分は多めに持っておきたいんだろう。」
「なら!僕たちも急がないと!」
「まあ待てレン。」
「うわっと!」
ダッシュするレンを引き留めるように服を掴む。
勢いよくダッシュしたせいか、バランスを崩してしまう。
その間にも、道具の乗った馬車は戦場のように混んでいく。
「早く行かないと、道具なくなっちゃうよ!?」
「そもそも、俺は道具を重要だとは思っていない。」
「へ?」
「むしろ重要なのは協調性。警戒を絶やさないようにする仲間探しだ。あ、でも仲間集めと意味なら道具が多いのは有利なのかな。」
「やっぱり重要じゃないか!」
「その通りよ。」
クロツミとレンの間に割って入って来たのは、商人の娘だった。
しかも、巨大な宝箱のような箱を目の前に置いた。
ダッシュしかけていたレンも、思わず足を止めてしまう。
「初めまして。私はオリヴィエ『オリヴィエ・ジョンソン』よ。」
「クロツミ。『雨宮クロツミ』だ。」
「僕はレン!『レン・ブレイブリー』!何この宝箱!?」
興味深そうにレンが触れようとするが、オリヴィエに呼び止められる。
「彼が言ってたでしょ?商売道具よ。軽々しく触れないでちょうだい?」
「ご、ごめんなさい!」
「あの馬車に入っていたと?」
「ええ。クロツミさん。私も同意よ。私も、野営を共にするに値する仲間を探していた所だったの。それで?根拠はそれだけかしら?」
商売相手を見定めるような鋭い眼差しがクロツミを貫く。
まいったな。交渉はそんなに得意ではない。
仕方なく、考えを全て答える事にする。持論だが、最初は信用を掴むのが大切だ。
「理由2つある。まずは、魔物の噂を加味しても試験官の騎士の数が少なすぎる点だな。もしかしたら隠れてるかもしれないけど、説明していた彼の油断してる雰囲気からして違うと思う。」
「油断してる雰囲気なんて分かるものなのかしら?」
「…俺の前職業は傭兵だ。」
「あら、信ぴょう性が深まりましたわね。」
「もう一つの理由は何?クロツミ。」
名探偵の推理を聞くかのように、レンは目を輝かさせてクロツミの推理を聞く。
逆に、オリヴィエは慎重に見定める姿勢をしている。
「失格条件にバッジが含まれてる所だ。野営中に魔物に襲われて、自然にバッジが外れるなんて考えにくい。多分、油断している受験者を騎士たちが襲いにかかって来るんじゃないかな?」
「あともう一つあるわ。馬車の中を最初に確認したのだけど、道具の数が明らかに不足していたわ。こんなの、意図的に争わせるか協力させるように仕組んでるようにしか考えられないわ。」
「騎士さん達の用意不足とか?」
「その時は、私が書面で不備を指摘して賠償額を請求しますわよ。」
オリヴィエはむくれ顔で怒りを露わにする。
軽口を叩いたレンは、あたふたしている。
クロツミは仕方なく助け船を出す。
「それで?オリヴィエさんは、商売道具を携えて俺たちに何しに来たんだ?」
「話の流れで分からないかしら?道具を提供するから、私に協力しなさい。」
「いいよ!」
「ちょ、レン!?」
即答だった。
駆け引きなんてあったもんじゃない。
流石のオリヴィエも驚いている。
「?仲間が増えるんでしょ?何か迷う事あった?」
「……彼女、疑うって知ってるのかしら?」
「話の流れで察してくれ。」
「仲間になったなら、箱見てもいいよね!」
オリヴィエの答えも聞かずに箱を開ける。
すると、中には少年が眠って入っていた。
道具なんて一つも入っていない。
「……オリヴィエさん?商売道具が見当たらないのですが?」
「な、なんで人が入ってるのよ!?重さと大きさから、大型の野営キットだと思ってたのに!」
予想外の事態にオリヴィエは頭を抱える。
確かに人間の少年が入ってるなんて予想出来る訳が無いから、彼女には少し同情する。
予定プランが崩壊したオリヴィエが四苦八苦してる最中、レンが何かに気づいた様子でクロツミに質問してくる。
「クロツミ。この子、見覚えない?」
「ん?……あ、ミレパクト工房のウィリアムだったけ?」
「そうそう。何で箱なんかに入ってるんだろう?」
レンがウィリアムを突っつくと目を覚ます。
寝ぼけた様子で周囲を見渡してから、ハッとした様子で覚醒する。
「え!?ここどこ。痛っ…。」
「オリヴィエさん。とりあえずレンも同意していましたし、協力しますよ。それよりもイレギュラーっぽい彼をどうにかしましょう。」
「そうね。ま、まずはそれが先決ね。」
レンに介抱されてウィリアムは箱から出てくる。
ウィリアムも、どうやらクロツミとレンの姿に気づいたようで話しかけてくる。
「ああ!借金の人!」
「その名前は止めてくれ。クロツミだ。『雨宮クロツミ』」
「僕は、その名前で呼ばれても仕方ないと思うよクロツミ…。僕は『レン・ブレイブリー』」
「『オリヴィエ・ジョンソン』よ。どういう事なのよ…。」
「『ウィリアム・スミス』です。あの…、ここどこですか?」
状況を説明するために、クロツミは現状を全て説明する。
そして魔界付近の森だと聞いて、ウィリアムは顔を青くする。
ウィリアムからも、前日の深夜に荷運びしてる最中に不注意で転んで、箱に入ったまま気絶していたと説明された。
ちなみにレンは現在、借金の人についてオリヴィエに説明している。
余計な事を…。
「不注意で気絶って……しかも夕方まで寝ていたのか?」
「3徹目だったので、そのせいかもしれません。…あの、僕はどうすればいいのでしょうか?」
「……俺たちの予測通りなら、森のどこかに隠れてるか痕跡があるはずだ。もしくは、川の近くまで行けば確実だな。」
「川まで往復している時間はありませんわよ。もう一刻もしない内に日は落ちますわ。」
「なら二手に分かれる?」
オリヴィエがゴミを見るような目で戻って来る。
何を説明したんだレン。
だが時間が無いのも事実だ。誤解はいつでも解けるだろうし、レンの言う通り野営の準備と試験官の捜索に分けよう。
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