第9話『ミレパクト工房(借金)』
やや遅れて宿に戻ると、厨房手間のテーブルにはリゾット、野菜のスープにエール、小皿には塩漬けされた魚の切り身が入っている。もはや朝食というよりも夕食だろう。
「あ、クロツミ。丁度、朝食を作り終えたところだよ。」
「朝食の量じゃない気がする。」
「朝にいっぱい食べないと、1日持たないよ?」
「暖かい飯にありつけるのは、ありがたいけどね。……本当に銅貨30枚で、このラインナップを?」
「為せば成るよ!!」
クロツミの疑惑の表情に、レンは自慢げな表情で返す。
小皿の魚の塩漬けとか、安く買っても銅貨50枚ぐらいかかるだろうけど……どういう仕組みなんだ?
レンに感謝しつつも、テーブルの席に座って2人は朝食を始める。
「もぐもぐ……クロツミは、今日はどうするの?」
「‥…ミレパクト工房に行って、装備の点検と新調をしようと思ってる。明日の試験がどのようなモノ分からないけど、準備できる事はしておいた方がいいだろうしな。」
(ついでに借金の件もな。)
「なら、僕も剣を見てもらおうかな。」
「?俺は、一度武器を使う機会があったから点検が必要だと感じただけで、レンの装備は俺が見た限りでは異常は無かったと思うが。」
「じ、じゃあ、新調!道具も全然無いからね!」
「それに関しては……」
早々に食事を食べ終えたクロツミは、一式の道具を詰め込んだ背負い袋をレンの椅子の横に置く。
食事の手を止めて、レンは袋の中を見て驚く。
「クロツミ、これどうしたの!?」
「昨日の件と、朝食の礼だ。必要そうなモノだけ買い集めたから、足りない物は自分で確保してくれよな。」
「ありがとう!!今夜の食事は、もっと豪華にしなきゃね!そうなると、工房に行く理由……理由……。」
レンは必死に頭を悩ましている。
どうやら何が何でもクロツミに付いていくつもりらしい。
「…付いて行きたいなら、そういえばいい。別にレンから逃げたい訳でも無いからな。」
互いの食べ終わった食器を集めて、洗い場に持って行く。
レンは嬉しさ半分と、歯切れの悪さ半分の表情で固まっている。
全ての食器を軽く洗い流した後、固まってるレンの頭をポンと1回置いてから宿を出る。
ハッとしたレンは、背負い袋を持ってクロツミに付いていく。
しばらく間を空けてから、移動している最中にレンから話しかけてくる。
「……理由、聞かないの?」
「工房に行く理由か?」
「違う。僕が、クロツミに付いて行こうとする理由。」
レンはクロツミから視線を逸らしながら移動する。
確かにレンが付いてくる理由は気になるし、ロゼの推理の事もあるが。
「必要ない。レンにも言えない事情があるし、俺のも話してない事情もある。…それに、レンと一緒にいて悪い気分にはならないからな。気にするな。」
「!…ありがとう。試験が終わったらちゃんと話すよ。」
話している間に鉄を叩く大きな音が店の奥から響いてくる。
ひときわ大きい建物には、看板に『ミレパクト工房』と書かれており。
…むしろ話してない事情は、ここで明らかになってしまう気はするが。
チリンチリーン。
扉を入るとドア鈴が自分たちの来店を知らせる。
店内は中々の人込みだった。農具を見に来た農夫。装備を見に来た衛兵。装飾品を見に来た商人。貴金属を見に来た貴族の執事。
買い物だけでなく、クロツミ達のように既存の装具の修理の為に金属器を抱える人間も半数以上いる。
幸い昨日のように長蛇の列では無く、少し並ぶだけで済みそうだ。
「すごい人だね。」
「名高き世界三大工房の一つだからな。噂に違わぬ生産速度だ。」
列の速度は非常に早く、常に歩くぐらいの速度で流れて行く。
チラリと店の奥の鍛冶場に目を向けると、数多の弟子と思われる鍛冶師が鉄を叩いてる姿が見られる。
そしていつの間にか自分たちの番が来る。よく見ると受付窓口を複数ある、早いわけだ。
俺たちを対応してくれたのは、温厚そうな金髪の少年だった。年齢もクロツミと同じぐらいだろう、
「ミレパクト工房へいらっしゃい。工房にはどんな要件かな?」
「剣の研ぎ直しと……はい。」
苦虫を噛み潰したような顔でクロツミは羊皮紙を手渡す。
少年は受け取ると、奥の方に歩いていく。
しばらくしてから、白い髭を蓄えた老人と少年が戻って来る。
「お前さんがウチに特注武器を注文したクロツミじゃな?」
「買ったのは師匠なんですけどね…。」
「少なくとも名義はお前さんじゃ。製作代金について聞こうか?」
「あー……。それなんですけど、今は手持ちが無くて……。」
「なんじゃ?研ぎ代を踏み倒しに来たかえ?」
爺さんの目付きが鋭くなる。
それこそ、関係ないレンが隣で小動物みたいにブルブル震えてる程だ。
生唾を飲み込み答えを出す。……提案に乗ってくれなかったらどうしようかな。
「この国の騎士になって、ちゃんと返すつもりです。」
「なるほどのぉ?だが、なれなかった場合はどうするのじゃ?返せませんじゃ済まぬぞ?」
「…その時は、ヘクセライト鉱夫にでもなります。」
顔を青くして苦笑いしながら、何とか答えを絞り出す。
肝心の爺さんはコメカミを押さえながらため息を吐く。
「ウィリアム、今の騎士の給金はいくらほどじゃったか?お前も興味あったろう?」
「え~と……確か月に金貨1枚と銀貨20枚だったはずです。」
「全額を返済に充てても1年と半掛かるわけじゃな。…冒険者連合の承認書がなければ、即牢獄行きなのじゃなの。」
冒険者連合の承認書?恐らく師匠関連なんだろうが、大量の借金の裏が見えたような気がする。
ちなみにレンは騎士の給金から、指折りして借金額を計算している。
あ、途中で指折りが止まりレンが悲鳴にならない悲鳴をあげている。
まるで恐ろしい真実を見つけてしまったかのように、目を白黒させている。
……少し面白いかもしれない。
(面白がっている場合か。)
(だよね。1年半かぁ。)
「…訓練期間を抜いて1年は待ってやろう。騎士団は特別な成果を出せば、応じた褒賞が出ると聞く。よいな?」
有無を言わせぬ圧で、同意を求めてくる。
乾き笑いをしつつも、同意する。いや、同意以外にどうしろと。
同意したクロツミを見て、爺さんは羊皮紙にいくつかサインをして奥へと戻る。
張り詰めた空気が途切れると、場の三人は大きく息を吐く。
「ひぇええ、いったいいくら借金したんだよクロツミ!」
「ミレパクト工房だけで1年かぁ……長いなぁ。いや、成果を出せば早まるか?」
「爺ちゃん、キレて手が出なくてよかった。……え?だけ?まだあるの?借金が?」
「…。」
目を丸くするウィリアムと呼ばれた少年から視線を外す。黙秘権を行使する。
しばらくの沈黙を破ったのはウィリアムだった。
「と、とりあえず剣も預かりますね。…これは、クレアヘレス製かな?それじゃ、アレックスさんかな。え~と……銀貨1枚です。」
「どうぞ。」
「すぐ終わるので、あちらで待っていてください。」
銀貨を手渡して剣を修理に入れる。
待合い場でクロツミとレンの二人は待機する。
「これが……話していない事情?」
「そんなところだ。」
「僕だけ知ったらフェアじゃないよね。」
「試験が終わったら話すんじゃなかったのか?」
「今話したくなったから。」
レンは壁に背をかけて後ろに両手を組む。
二人は遠目に人込みと工房を眺める。
「僕ね、お父さんとお母さんを見たこと無いんだ。」
「捨て子……って事か?」
「それもわからない。親戚のお婆ちゃんに育てられたのだけど、お婆ちゃんは『託された』以外に何も答えてくれなかったの。」
「託された。それだけじゃ、分からないな。」
「お婆ちゃんも村の皆も、すごく優しかった。料理や裁縫も教えてもらったし、勇者の伝説は胸が躍った。だけどね……心の片隅では、誰かが足りないって思ってたんだ。」
「……。」
「今年は運悪く大雨だったんだ。河川が氾濫して、収穫も大分減っちゃったんだ。税も増えてたから、口減らしが必要だったの。」
「レンが選ばれたって事?」
「違うよ。僕が自分から立候補したんだ。村の人たちは……優しいからね。それに、僕がいなくなれば育ててくれたお婆ちゃんも、本当の姪たちとも時間が作れるんだ。」
レンは後ろに組んでいた手を組み替える。
右手を自分の胴体に回し、左手は大事そうに剣を握りしめる。
クロツミは身動ぎ一つせず正面を見続ける。
「僕は騎士になるって、村長に提案したんだ。馬車や食料を融通してくれたし、お婆ちゃんが『いい人見つけるんだよ』ってお金をいっぱいくれた時は……嬉しかったな。」
「そこからは昨日聞いた通りか。」
「うん。馬車に揺られて王都まで来た。だけどね、村を出て1日経ってから気づいたんだ。一人は、すっごく寂しいんだなって。」
「……。」
「道中に出会った人にも話そうとした事もあったけど、みんな疲れた顔をしていた。だから、まずは騎士になる事に集中したんだ。」
「それで、あの華麗なダッシュ割り込みをした訳だ。」
「ハハハ……今思えば焦ってたんだと思う。騎士になれなかったら、間に合わなかったらどうしよう?って。」
苦笑いをしつつも、壁にもたれていたレンはクロツミ側に、身体を僅かに寄せる。
気づいたクロツミはレンの方に顔を向ける。
レンの表情は安心と恥ずかしさが混ざった、何とも言えない表情だった。
「最初は怖かったんだよ?すっごく睨んで来たし、剣の柄も握ってたから。」
「め、珍しかったからな。」
「だけど話してからは、凄く楽しかったんだ。おかしな話かもしれないけど、クロツミとはもっと話したいっていう気持ちになったんだ。」
「面白がるような話題を出した覚えが無いんだけど?」
「話し方?雰囲気?理由なんてわかんないや。僕も気分が上がっちゃって、気付いたらお婆さんを助けてたんだ。今思い返せば、すごく無茶な事してたんだね。僕。」
「まさか剣を預けたまま行くなんて、喧嘩に自信でもあるのかと思ったけどな。」
「ご、ごめんって。」
「結果的に、こっちも助かったんだ。気にしないでいい。つまり、レンが俺に付いて来ているのはタダ話したかっただけっていう事か?」
「…また一人ぼっちになるのが怖かったんだ。子供っぽいかもしれないけど、あの時は離れたくない気持ちが先走ってたんだと思う。」
レンの顔は、恥ずかしさのあまり顔から火が噴きそうな程赤い。
無理もないだろう。本人からすれば不自然な態度の理由が、幼稚な精神性を暴露しているような物だからだ。
それでも正直に話したのは、彼女なりの誠意と、正直すぎる性格ゆえだろう。
クロツミは無言でレンの倒れた身体を正させる。
そして、修理した剣の受け取り窓口を向く。
レンは僅かに視線を地面に落す。
「そろそろ研ぎ終わる頃だろう。」
「……うん。」
「レン。満足するまで付いて来ればいい。言っただろう。俺だって、レンと一緒にいて悪い気分じゃないってな。」
「!うん!!」
クロツミとレンは剣の受け取り窓口の前まで来る。
予想通り、丁度いいタイミングでウィリアムが剣を抱えてくる。
「お待たせしました。受け取ってください。」
布に包まれた剣が光沢して姿を現す。
クロツミは剣を手に取り状態を確かめる。…問題ないな。
剣を見つめてレンの話を反芻する。
結局の所、彼女に悪意はなく、疑っていたのは自分だけだった訳だ。
ロゼの推論があったとしても、最終的に邪推したのは自分に違いないんだ。
ならば、自分の気持ちもしっかりと伝えるのが筋だろう。
「レン。俺は、お前にも騎士になって欲しいと思ってる。互いにがんばろう。」
「クロツミ……!」
剣を鞘に戻して、ウィリアムに礼を言う。
二人は工房を後にする。
レンの予告通り、夕食は非常に豪勢だった。
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