第8話『朝市(調達)』
翌日。
クロツミとレンは中央通りを歩いていた。
レンがオススメした宿は、割高だったが騎士寮に近い比較的安全な宿だった。
どうしてオススメかと聞いた時に。
「故郷で、王都に卸しに来るお爺さんが勧めてくれたんだ!」
と聞いた時には、彼女の剣が奪われなかった理由がなんとなく察せられた。
そして翌日、道具を揃えたり”ミレパクト工房”に顔を出そうとした矢先、宿の出入り口でレンに捕まった。
現在は道具をそろえる為に朝市を回っている最中だ。
「王都すごいね!人もだけど、こんなに食材が揃っているなんて!」
「……なんか、レンのテンションが高くないか?」
(私もそう思うな。)
朝市というだけあって、新鮮な食材や道具の売り物が所狭しに並んでいる。
レンに至っては、昨日の列を抜け出す以上の速度で市場内を転々としている。
「ドンゴロの実が銅貨3枚!?それに、旬のグリーンティサーモンが銅貨55枚なんて……っ!どうしよう!クロツミ!全部買いたい!」
「自分の財布と相談しろ。…黒パンは銅貨30枚か。まあ、安い方か………。」
「待ってください!……クロツミ、その黒パンは朝食で使うのですか?」
「そうだけど……別に詐欺のような値段じゃないぞ?」
「甘いです。黒パンにバターを乗せるぐらい甘いですよクロツミ。僕を信じて銅貨30枚を託してもらえませんか?」
「……まあ30枚ぐらい、いいけどさ。」
レンに30枚の銅貨を託す。
予想に反して、レンは希望に満ちた表情で銅貨を握りしめる。
まるで聖剣を託された勇者のような決意に満ちた顔で返してくる。
「任せてください!必ず、黒パン如きに負けない朝食を約束しましょう!!」
「あー、うん。楽しみにしておくわ。できるだけ早めに頼むよ?」
「もちろんです!!」
レンは朝市という戦場に身を投じて行った。
当のクロツミは呆然としながらも、道具のエリアに足を向ける。
道具を売るエリアは、食材エリア程では無いが混んでいた。
農具・家具・小道具・衣類・金物と一通りそろっている。
質の良いものを見繕い、背負い袋、水袋、毛布、松明数本、火口箱、ロープ、小型ナイフなど、旅で基本必要になる物を自分の分含めて買い集める。
というのも、昨日レンに宿を見つけた方法を聞いた過程で知ったのだが、レンは金銭と武器と食料だけ持たされて王都までたどり着いたようだ。
当たり前だが旅の知識なんて皆無な彼女は、凍えながら馬車を過ごしたに違いない。
それに、たどり着いて直ぐに公募の列に並んだのならば、道具など買っていないだろう。
(それにしても、彼女はなぜ俺にあんなに親身になるんだ?)
(なんだと?1日経っても気づかない鈍感とでも言うのか貴様は?)
ヤバイ。ロゼの罵倒スイッチが入った気がする。
クロツミは買い物を進めながら、諦めて聞き入れる事にした。
(そもそも彼女は村娘なのだろう?ならば、村の貴重な金銭と食料を握らせてまで王都に送らせるには理由があるはずだ。)
(騎士になれば、確かに安定した給料をもらえるっぽしな。俺もそれが目的だし。)
(貴様は本当に、少しの腕自慢の少女が騎士になれると思って、村人が送り出すと思ってるのか?)
(え?違うの?)
(……村で労働力を増やし続けるのにも限界はある。だから、外部からも労働力を増やす事には貪欲だ。)
(レンが親身になる理由には結びつく気がしないんだけど。)
(貴様がその労働力と言いたいのだ馬鹿者!何らかの理由で女性が多い村なら「王都に行って男を攫ってこい」ぐらいありえるという話だ!)
クロツミの脳内にロゼの甲高い声が響き、思わず身を固めてしまう。
そして、ロゼの言い分にも一理あることを理解して言葉にも詰まってしまう。
それが正しいならば、彼女が騎士になれなった場合は……
(良心が痛むかもしれないが、あまり深入りするな。断りづらくなるだろう。)
(他人の為に飛び出したレンが、そこまで考えてるとは信じたくないけどね。)
クロツミは最後の松明を探すために、更に奥の市へと入る。
すると、ロゼとは別質の甲高い声が轟いてくる。
「ママ!本当に捨てたって言うの!!?」
「騎士になるなんて馬鹿な事に時間使ってないで、さっさと荷を下ろしなさい。もう稼ぎ時は始まってるのよ。」
目的の松明を売ってると思われる露店では、家族喧嘩が聞こえてくる。市場の喧騒に比べれば些細だが、最も近くにいたクロツミには印象的に聞こえるだろう。女店主の娘だと思われる人物は、そのまま市場から離れていく。女店主は大きくため息を付きながら、クロツミに挨拶かける。
「ごめんなさいね、うるさくて。何か買い物かしら?ウチは共和国製の道具も扱ってるから質もいいわよ?」
「あ、松明を6本下さい。」
「ええ。……確認してちょうだい。」
束の松明を確認する。丁度邪魔にならず、数時間は燃え続けるであろう携帯向けの松明だという事を確認する。これで問題はなさそうだ。肝心の値段は。
「銀貨1枚に銅貨20枚よ。」
松明にしては高いが、性能を考慮するなら割と打倒な値段だと思う。……レンに値段を伝えたら軽々しく使えなくなりそうだから、秘密にしておこう。
「買います。……どうぞ。」
財布から硬貨を取り出し代金を支払う。松明を受け取る時に、思わず聞いてしまう。
「さっきの子は良かったんですか?市場から出てしまいましたけど。」
「お客さんは気にしなくてもいいよ。ゴミはスラムに行くから、どうせ危険と感じて諦めるに違いないから。はぁ、あの子ったら全く…。」
(お前らしくないな?面倒事を聞くなんて。)
(レンのお節介が感染ったかもな。)
松明を受け取って、そのまま家出娘の方へと向かっていく。人混みは段々少なくなり、同時に建物も汚れや傷が目立ってくる。
(何度も言うが、わざわざ危険を冒す理由が感じられないな。)
(それじゃあ、買った道具の性能テストでも思っておいてくれロゼ。)
(お人好しめ。スラムは、路地裏を抜けた先だ。)
ロゼの説明通りに路地裏を抜けると、悪臭がクロツミを襲う。そこら中で生ごみが発酵した匂いを感じる。しばらく歩くと、昨日見た光景が見られた。だが、今回は5人程の浮浪者に囲まれている。……流石に騎士ではなさそうだ。クロツミは建物の影に隠れて様子を伺う。
「嬢ちゃん。親から軽々しくスラムに入っちゃいけないって習わなかったか?」
「ええ。あなた達みたいな奴が囲んでくるから注意しろってママも言ってたわ。」
「ヒヒッ。その割には余裕そうだな?攫われて売られても、誰も助けに来ないぜ?」
「それはどうかしら?」
同時に正面の男の足元が弾ける。男は驚いた様子で腰を抜かす。少女は余裕そうな表情で男を見下す。
「護衛も連れずにスラムなんて来る訳無いでしょ?遠くから銃持ちが、あなた達を狙ってるわよ。囲ってるのは私たち。おわかり?」
(あの弾け方は……爆薬じゃないのか?かなり小さいけど。)
(だが効果は絶大だな。スラムの貧民では銃など聞いた事があったとしても、見た事などないだろう。)
(つまり、なんらかの方法で小さな爆薬を彼の足元に発破させて、盛大なハッタリをかましたと?)
銃に狙われていると勘違いした男たちは怯えはじめる。得意げな少女は男たちに指示を出す。
「死にたくなかったら、今日のゴミを漁って羊皮紙を探しなさい!全部よ!」
「ひっ!わ、わかったよ!」
男たちは慌てて漁り始める。この様子なら、無事にスラムを抜けられるのではと思った矢先、クロツミと同じく隠れる影が2つある。……まさか、ここでも会うとは思わなかったが。クロツミは、傭兵式のハンドサインを一つの影に送る。気付いた影は消えていく。自身も、
「なっ!なんだお前!ちっ!」
フードの男は脱兎の如く逃げるが、逃げた先には赤髪の男が待ち構えていた。走る勢いを利用して、フードの男は投げ飛ばされて気絶する。
「また会いましたね。トロゴンさん。」
「奇遇だな雨宮。懐かしいハンドサインだったぞ。あの少女は、お前の知り合いか?」
「いえ、成り行きで…。」
(お前の好奇心だろう。)
ロゼのツッコミが入るがスルー。トロゴンも深くは聞かなかった。
「こいつは?」
「最近は人身売買の裏組織が多くてな。末端だろう。」
「なら、あの囲んでた浮浪者達は…。」
「試験のために金で雇った協力者だ。悪霊騎士の名前で雇ってるから、よっぽど安心していい。」
(その様子なら、爆薬のタネも割れてそうだな。)
(そうだね。)
フードの男をロープで拘束した後、トロゴンは抱えて場を後にしようとする。言い忘れたように一言も挟まれる。
「一応夜のスラムには寄るなよ。流石に危険だからな。多勢に無勢という言葉は、俺やお前が一番理解してるだろう?」
どうやら、夜はフードの男のような男だ多いようだ。そう考える、あの少女はよくスラムに行く気になったなと感心する。いや、それだけ騎士に思い入れがあるのかもしれない。スラムも路地に視線を移すと、バッジの付いた羊皮紙を謙譲する浮浪者達の姿が見える。
(それでクロツミ。道具の性能テストはいつやるんだ?)
(……今日は、危険なスラムの下見だ。)
ロゼの鼻笑いされ、宿に着くまでに十二分な罵声が流暢に流れてきた。
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