第7話『出会い(運命)』

 王都に入ると、都の中は活気にあふれていた。

 石畳のメインストリートには商人・職人・住人が忙しなく行き来している。

 クロツミは、王都の検問前で馬を降りてトロゴンさん達に礼を言ってから別れる事になった。


「改めて、馬も貸して頂きありがとうございました。」

「隊長の指示だしな。気にすんな。お前さんも、事情は知らんが頑張れよ。」

「あんまり心配はしてないけどな!」

「カカトゥ、検問に報告は終わったのか?」

「っス、トロゴン先輩。相変わらず、この時期は入団希望者で溢れかえりますからね。商人たちも稼ぎ時だからピリピリしてますよ。」


 カカトゥと呼ばれた青年騎士は、自身の馬の雑蓑から更に小さい麻袋を取り出してクロツミに投げ渡す。受け取ると中には何枚かの羊皮紙と、僅かに路銀が入っていた。


「俺たちからの餞別だぜ。仕事も手伝ってくれたからな。」

「公募してる水精騎士隊寮は中央通り右側の王城側から3番目の建物だ。まあ、例年通り長蛇の列だから、直ぐに分かると思うぞ。」


 クロツミに助言を送ると、4人の騎士は馬車を進めていく。

 王都の門の内側でポツンと取り残されたクロツミは、活気ある大通りを見上げる。


(それにしても凄いな……こんな活気ある街、初めてみた。)

(確かに、お前が今まで来た街は交易の中間路程度だったからな。国の首都に来るのは初めてか。)

(少なくとも俺の中に、ここまで大きい街の記憶は無いよ。)

(観光するのも悪くはないが、さっさと目的を済ませてはどうだ?長蛇の列なんだろう?)


 そういえばそうだった。

 まだ太陽が真上を通過してない時間帯だ。

 長蛇といえど、それぐらいの時間があれば間に合うだろう……。

 ーーー

 ーー

 ー

 そう思っていた時期が俺にもあった。

 目の前には、中央通りに長蛇という名では甚だしいレベルの列ができていた。

 肝心の最後尾は……見つけたが、見るだけでも並ぶ気の失せる列だ。


(だが並ぶ以外に選択肢は無いだろう。幸い、進行ペース的にギリギリ間に合う……とは思うがな。)

「補給路断たれた時の、食糧配給を思い出すな。」

(他の奴らも、金の為に必死なんだろう。無駄口叩いてないで、さっさと並べ。)


 ロゼ様の叱咤が飛んできた為、トボトボと最後尾を目指す。

 やっとの思いで最後尾に並ぼうとしたが、タイミング悪く女の子が飛び込んで来た。

 どうやらダッシュで最後尾まで来ていたようで、両肩で息をしながら満足気な顔で最後尾に立っている。

 仕方ないので、その後ろに並ぶ。


(………!?)

(ロゼ?どうした?まさか、俺が最後尾にゆっくり並んだから怒ってるなんて無いよな?)

(あ……いや……なんでもない。あの急いで走って来た少女が……若いなと思っただけだ。)


 ジト目で疲れている少女に視線を移す。

 どこかの村から来た村娘だろうか?

 栗毛でチュニックとひざ丈スカートを着ているどこにでも居る少女だ。

 年齢も自分よりも少し若い程度だろう。

 持物は非常に少ないが、小さな雑嚢と……剣を持っている。

 ミレパクト王国の治安がどうかは分からないが、盗まれたり強奪されてないのに驚きだ。

 総じて、騎士を夢見て王都に上京した村娘だろうか?


(見た目で判断するのはよろしくないな。師匠や雷鳥騎士だって女性だっただろう?)

(剣持ってるけど、仕草や服装から見て、どう見ても村娘だよ。)

「あの……僕に何かあった?」

 

 ロゼとの見た目口論をしている間に視線を外すのを忘れていたらしく。

 列の進行中も彼女を凝視していたようだ。

 そりゃあ、心配と不気味の入り混じった表情で聞き返してきますよね。


「あー、いえ、自分よりも若い人が珍しかったので、思わず気になってただけです。」

「なんだ良かったぁ。てっきり、さっきの滑り込みが気に障ったかなって思ってて。」


 栗毛の少女は大きく嘆息する。

 疲れも取れはじめ、ひざ丈スカートを手で払い背筋を正す。


「良かったら、話し相手になってくれないかな?この列、長い上に一昨日から馬車の上で誰とも話していなくて寂…暇だったんだ。」


 誤解も解けたお蔭か、少女は人懐っこく話を繋げてくる。

 年齢が近い事もあるせいか、距離感も妙に近い気がする。


「構わないけど。暇を潰せるような話題あるかな?」

「あるある!僕は、レン!『レン・ブレイブリー』って言うの。僕の村、結構東の方にあるから王都の事とか詳しく知りたいから、色々教えてくれると嬉しいな!」

「俺はクロツミだ。『雨宮クロツミ』。残念ながら、俺も王都なんて初めて来たから全然知らないぞ。」

「という事は、クロツミも辺境の村から来たの?」

「……隣の連邦国から来た。」

「………連邦国?工房国なら知ってるけど、連邦国は初めて聞いた。」


 レンは聞き覚えの無い言葉のように返す。

 恐らく本当に知らないのだろう。

 ファルダラ連邦は不毛の地で有名だ。

 それこそ、稼げる手段の一つに傭兵が真っ先に上がる程だ。

 逆に言えば、戦いに無縁なミレパクト王国の農民。特に東部の農民なんて知らないのが自然だ。

 彼女が言ってる工房国は、恐らくミレパクト王国北東部にある『クレアヘレス工房国』だろう。

 俺も名前しか聞いた事が無いが、モノづくりが盛んな国と想像できる。

 ちなみに、国の名前を知ってるのはクレアヘレス工房国の『スタジオ・アルムダウン』という有名工房にクロツミ名義で武器代の借金が残ってるからだ。金貨114枚……。

 

(よく覚えているな。ちなみに、貴様の武器も工房国製の武器だ。)

(つまり、金貨114枚の内のいくらかと?)

(金貨一枚以下だぞ。)

(……少なくとも名剣と類でなくて助かったのかな。)


「?そんなに剣に手をかけてどうしたんだ?」

「ああ、工房国と聞いて元々の職業柄な。レンの剣はどうしたんだ?……見たところ衛兵とかには見えないけど。」

「ふふん!僕は確かに村娘だけど、お母さんが冒険者だったから、剣の腕には自信があるんだ!!」

「おお、冒険者!」


 冒険者。

 この言葉が使われているのはミレパクト王国北部にある『ディフォーティ共和国』特有の職業だ。

 詳しくは不明だが、あちらにも『ダンジョン』と呼ばれる魔界を行き来する場所があるらしく、魔界由来の資源を持ち帰る職業で傭兵や騎士にも劣らない実力を持っているらしい。

 ちなみに、国の名前を知ってるのはディフォーティ共和国の『DFTアトリエ』という有名工房にクロツミ名義で武器代の借金が残ってるからだ。金貨51枚と銀貨23枚……。


「?クロツミ、顔が青いけど大丈夫?」

「ああ、自分の背負う試練の重さに少し潰れそうなだけだ。大丈夫だと信じている。」

「それはつまり大丈夫じゃないのでは?」

「……冗談だよ。大丈夫。ちなみに、剣を見てもいい?」

「いいよ!」


 レンは鞘ごとクロツミに手渡す。

 ……本当に剣が無事だったのが不思議だ。

 鞘から剣を抜いて状態を見る。癖で魔力まで通してしまったが、お蔭でどのような武器か理解できた。


(若干のヘクセライトが含まれているな。魔剣という程では無いが、魔力が込めやすい加工が施されている。少なくとも既製品では無いな。)

(レンのお母さんが、それなり以上の腕の冒険者だったて事かな?)

(知らん、本人に聞け。)


「あれ?僕以外に女の子の声が聞こえるような……」


(えっ!?)

(なんだと!?)


 雷鳥騎士隊のキャンプで似た状況もあったが、ロゼの声が聞こえるという事は無かった。

 ロゼはロゼで、かなり驚いている。

 だが、それとは別で前方から悲鳴が聞こえてくる。


「なんでババアなんかが、並んでるんだよ?おら、未来ある俺たちに列譲ってくれよなぁ?」

「ひぃ!?お、お止めください……。」


 クロツミよりも若干年上の青年の3人組が、中年の女性に威圧や軽い暴力で列に割り込みしようとしている。

 だが、それの様子を見て動き出す者は誰もいない。

 それもその筈だ。全員長時間並んだ列を飛び出してまで助けに行きたい者はいない。

 それに相手は年若い青年3人組で、角材のような武器も持っている。

 一般人が出ていった所で囲まれて被害を被るだけだ。

 だが、迷いなく列から出ていく影がある。


「ちょっとお前たち!お婆さんが痛がってるでしょ!」


 気付いたらレンが隣から消えていた。

 しかも彼女の剣は、まだ自分が持ったままだ。

 

「ぁん?……へへ、イイもん持ってる嬢ちゃんじゃねぇか?」

「ババアをどついたら、小娘が釣れるなんてラッキーっすね兄貴。」

「武器も持たずに威張るった、威勢がいいなあ?」


 3人組のリーダーと思われる男は、チュニック越しに見える大きな胸にニヤケ顔を作る。

 村娘の格好も相まって、完全にナメられている。

 肝心のレンはと言うと……若干だが、足が震えてるのが分かる。


「おら、裏路地で遊んでやるから来いよ。それとも、ババアが痛がる姿が見たいか?」

「くそっ!卑怯者め……。いいよ、僕が相手してやるよ!」


 口車に乗せられたレンは大人しく裏路地に向かっていく。

 一瞬だけクロツミに視線を移す。

 レンの剣とクロツミの顔を見てから優しく微笑む。

 相変わらず足は震えたままだ。


(よかったなクロツミ。面倒事も去って、偶然だが触媒になりえる剣も手に入れたぞ。)

(ロゼ。それ、本気で言ってるのか?)

(本気かどうかは、この際はどうでもいいが。本当に列から離れるつもりか?まだ時間があるから大丈夫なんて甘い事考えてるなら、見通しが甘いぞ。)


 レンと3人組は裏路地の闇に消えていく。

 だがロゼの話は続く。


(雷鳥騎士殿は「5日後に公募試験」と言っていた。移動で2日潰した今、募集期間が残り3日なんて保障はどこにもない。それにこの長蛇の列。今日が募集最終日なんて事も十分にありえる。今列を離れれば、次の募集は1年後の可能性は十二分にある。借金背負って1年放浪するか?それとも王国だから農夫もいいだろうな。1年もあるんだからな。私が言いたいのは、このチャンスを逃してまで、さっき知り合った女に肩入れする価値があるのかという話だ。)

(農夫生活か……それも面白そうだな!)


 ロゼが長々と説教してきたが、迷わずに路地裏に向かう。

 もちろん、自分が居た列の間は直ぐに埋まる。

 路地裏に入ると拳を構えてるレンと、角材を振り上げてる3人組がいた。


「忘れ物だよ!」


 一番振り下ろすのが早いと思われる右側の男に鞘ごと剣を投擲する。

 勢い良く投げたレンの剣は頬のクリーンヒットし男は角材を落として倒れる。


「んだよ!楽しい所を邪魔すんじゃねぇよ!!」


 リーダーの男は無造作に振り上げた角材は、クロツミの頭部目掛けて振り下ろされる。

 だが、鞘を斜めにして受け流し角材を持つ手に衝撃を与え、角材を持てないようにする。

 そして剣を切り返すようにしてリーダーの胸元目掛けて横薙ぎにする。


「ーーーーっ!」


 咄嗟にリーダーの男が何かを呟く。

 だが、そのまま吹き飛ばされて路地裏の更に奥に飛んでいく。


(なるほど!そういう事だったのか…。)

 

「ホ、ホーディ!!がはっ!?」

「……ごめん、クロツミ。助かったよ。」


 剣を手にしたレンが、最後の一人の男の頸椎を鞘ごと殴り、その場に倒れる。

 そして申し訳なさそうにクロツミの元へと歩いてくる。


「別に謝る必要なんて無いよ。むしろ、こっちが助かったかも。」

「?どういう事?」

「ぃってえ……綺麗に吹き飛ばしやがって……。」


 無事な様子のリーダーの男『ホーディ』は、頭を掻きながら立ち上がる。

 その様子を見たレンは、剣を構えるがクロツミは制する。


「しかも説明する前に気づきやがったし……エビアン、ダサニ起きていいぞ。」

「ってえ……。」

「剣投げるのは雷鳥騎士の特権しょ……い”で。」


 ホーディの声で2人の男も起き出す。

 レンは雰囲気の変わった3人組にポカンとしている。


「つまり、並ぶ所から試験は始まっていたという事ですか?」

「一部だがな。数ある”本当の試験”の一つだ。で、お前らは合格だ。だが嬢ちゃんは度胸と実力を学びな、兄ちゃんは判断力な。」


 そう言い残すと、それぞれの手元にはバッジが握られていた。

 裏路地の出入り口からは声が聞こえてくる。

 

「明後日の朝に雷鳥騎士寮にいる大男に、そのバッジを渡しな。」


 そう言って3人組は去って行った。

 それに合わせてペタリとレンはへタレこむ。


「こ、恐かったぁ~。クロツミは、どうしてあの人達が騎士…なのかな。気付いたの?」

「俺が2撃目を入れる時に、魔法の詠唱が聞こえたからだよ。」

「そういう事か……ありがとうね。」

「…気にするな。それに、まだ試験を受ける資格を得ただけだからな。」

「そうだね。……ふふ、僕はクロツミには一緒に騎士になって欲しいな。」


 レンは剣を杖代わりにして起き上がる。

 最初に会ったように、ひざ丈スカートを手で払い身なりを正す。

 そして、クロツミの手を取り路地裏を出る。

 急な行動にクロツミはそのまま引っ張られて裏路地を出る。

 

「おすすめの宿があるんだ!紹介してあげる!!」


 クロツミの手を引く彼女の顔は、一層輝いていた。

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