第6話『取り戻す記憶(残念)』

 クロツミと拘束された盗賊を乗せた馬車が、無人の村を後にする。それを見守るように、丘から見下ろす人影が2人。


「隊長。指示通り、カザノ、トロゴン、カカトゥ、スワロウの四人を護衛にしました。……確かに彼らなら問題ないと思いますが。」

「ご苦労。雨宮くんが寝ている間に協議はしただろう?派閥の刻印も無く、荷物に所属を示す持物は見つからなかった。彼はフリーの傭兵だと。」

「ですが、戦闘力・耐久力共に無視できるものではありません。」

「落ち着けフィリップ。騎士団の方針で人材は手広く募集し、選別を行って戦力増強を目指すと決まっている。最近は”魔界の入り口”の活性化もある。国外の事まで考えると戦力が足りないのは目に見えてる。……不愉快だが、悪霊騎士の奴も居る。首輪が機能してる間は斥候だろうが、間者だろうが自由には動けないだろうし、最前線行きだろうさ。」

「なら……雨宮くんには申し訳ないですね。」

「力ある人物を自由にさせる程、私たちは余裕が無いだよ。さて、私たちも早々に”魔王”の調査を進めるぞ。」


 整列した騎士隊は、カルドとフィリップの指示を聞いて行動を開始する。

 

 ーー2日後。

 

 馬車の後方で乗馬しながらロゼと脳内会議しているクロツミの姿があった。

 彼は、改めて自分の記憶をロゼと示し合わせるのだが……元々、かなり記憶が抜け落ちてる事に気づかされた。そして思い出す度に、段々気持ちが憂鬱になっていくのを感じ取っていた。

 

(…段々思い出してきた。俺は、大遠征で倒れていたのを師匠に拾われて、武器代を稼ぐ為にこき使われていたんだ………。)

(ああ。ちなみに、現時点で『カリマールの巨釜』に金貨34枚。『DFTアトリエ』に金貨51枚と銀貨23枚。『スタジオ・アルムダウン』に金貨114枚。『ミレパクト工房』に金貨21枚と銅貨10枚。計、金貨221枚、銀貨23枚、銅貨10枚の借金を抱えている。ふむ”ディフォーティ共和国”の二等地が軽く買える値段だな。)

(しかも”ルーチェ師匠”の書置きが『ミレパクト騎士団が稼ぎ時だ!入団してミレパクト工房の借金だけでも返してくれ!』だって?)

(素直に従うお前もお前だが、連帯保証人になってるから仕方ないと言えば仕方ないのだがな。)


 思わずため息が出てしまう。

 傭兵としての経験は、かなり少ない。村の警護や商隊の護衛など守ったりする仕事がメインだった。

 ちなみに大遠征前の記憶は本当に無い。

 人を無力化する戦闘技術も師匠から学んだ気もするが……それ以前から使っているような気もする。

 なので、分かった事は非常に少ない。

 いや、騎士になる理由が思い出せただけでも上々か?

 ……それはないな。

 気を落としていると、近づいてくる騎士がいる。

 騎士のヘルムは脱いである為、顔も分かる。

 赤髪黒眼のセミロングウェーブで、年齢も二十代後半だろうか。

 

「よう。お前さんが噂の期待の新人騎士か?俺はトロゴンだ。」

「まだ試験に応募すらしてませんけどね。雨宮です。どうかしましたか?」

「ああ、かなり落ち込んだ表情をしていたから気になってな。そのまま落馬されても困るから、話しだけでも聞きにきたんだ。」

「すいません。ですが大丈夫です。」

「ならいい。あと個人的に聞きたいんだが……」


 トロゴンは少し迷ってから、雨宮に尋ねる。


「お前さん。傭兵やってたんだろう?連邦の東部とか行った事あるか?」

「いえ。私は国境の南部と南東部で仕事してたので。」

「そうか。ならいい。」

「差し支えなければ話を聞いても構いませんか?」

「……そうだな。王都まで少しあるからな。雑談してもカザノには聞こえんだろう。」


 馬上で水筒を取り出して、水を一服飲む。

 口元を拭ってから、再びクロツミに向き直る。


「俺も、元々はファルダラ連邦の傭兵だ。まあ大遠征の前に引退して旅人をしてる最中に、騎士団の団長に目を付けられた訳だがな。」

「えっ?」

「故郷が共和国と連邦の境界にあるからな…もしかしたらと思ったが、流石にあんな辺境には行かないよな。」

「トロゴンさんは……どこで傭兵の仕事をしていたんですか?」

「中央部だ。カーマイン傭兵団に所属していた。っても、最前線じゃないがな。」


 カーマイン傭兵団。

 ファルダラ連邦の傭兵団としては最大規模の傭兵団だ。

 質にもムラがあるが、傭兵団の中では人気の団体の一つだ。


「…ぷはぁ。傭兵辞めたのは、派閥争いが深刻化してからだ。特に西の方は酷かったな。命が燃料のように燃え落ちていく。南部では無縁の話だろうがな。」

「そう……ですね。まさか西部がそんな事になっているなんて。」

「特に『殺戮者サジェスター』が再び現れたのが決定的だな。」

「『殺戮者サジェスター』?」

「知らんのか?9年前ぐらいに連邦西部で大暴れしてた正体・所属・目的すら不明な傭兵の事だ。そいつが現れる戦場じゃ、凄惨な戦場痕しか残ってないからな。畏怖を込めて『殺戮者サジェスター』って呼んでたんだ。」

 

 師匠と傭兵の仕事をしていた時の事を思い出すが、そのような人物は聞いた事も無かった。おそらく連邦西部にか現れない人物なのだろうか?


「再び現れたのは5年前だ。当時は大遠征か殺戮者サジェスターの出る西部で働くかの2択しかなかったからな。流石に纏まった金もあったから引退した訳だ。」

「けど、団長さんにスカウトされて戦場に戻ってきてるのですよね?」

「因果な事にな。傭兵と違って安定した給料も入るし、陰謀や裏切りで死ぬ心配が無いからな。傭兵崩れとしては妥当だと思ってるよ。」


 トロゴンは苦笑いしつつも、再び水筒を一服する。

 同時に、前方から声が飛んでくる。

 馬車の檻で拘束されている農民崩れの盗賊の男性だ。

 

「けっ。異邦人が騎士団に入っていい思いしているのに、俺たち農民は重税に苦しんで略奪しないといけないなんて……もうこの国は終わりだよ。」

「結局は、才能がある奴しか楽な生活は出来ないんだよ。くそっ。」

「俺たち全員、断頭台行きっていうのは本当なのか!?なあ!」

「どうせ空腹で死ぬんだ。たいして変わらねぇよ。」


 拘束された盗賊達が一通り愚痴を吐き終えた後、トロゴンも口を開く。


「確かにミレパクト王国は貧富の格差が酷く感じてはいる。まあ、連邦の西部と東部みたいなもんだが。……あと、断頭台っていうのはタダの噂だ。お前たちは王国東部のヘクセライトの採掘に従事させれるはずだ。」

「………。」

「飯も簡素だが出ると聞いてる。刑期が終わるまで従事するんだな。」


 トロゴンが盗賊達の顛末を話すと、全員が黙り始める。

 どちらにせよ絶望している表情には変わり無いが。

 重い沈黙の中、馬車の先頭から声が聞こえてくる。


「王都が見えて来たぞ!全員隊列を元に戻せ!!」

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