第3話『魔法(戦闘)』

 しばらく質疑応答をしていると、外が騒がしくなる。

 規律の整った様子で、騎士の一人が入って来る。


「ご歓談中失礼します!ここより3時の方向に、複数の馬影を確認!遠見係によると武装からして農民崩れの火事場盗賊との推察です!」

「現場を荒らされるのは困るね。……話も良い感じだし、仕事に戻ろうか。雨宮くんも来るかい?騎士希望なんだろう?」

「隊長!……もういいです。」

「いいんですか?」


 捕まってる側だったが、思わず聞き返してしまった。

 肝心のフィリップも……うん、諦めている。

 フィリップは雑嚢からダガーを取り出してロープの端を切って回収する。

 自由になったクロツミは手足の感覚を確認して。


「いいんだよ。私、結構強いから。」

「ほら、君の武器だ。」


 見慣れたショートソードを鞘ごと渡される。

 それと同時に女性の声がする。


(ようやく起きたか。あれほど水を準備しておけと言ったのに気絶するとは情けない……おい、聞いてるのか?)

「???」


 胸元の金属の小さな箱のペンダントから、開口一番に罵声が飛んでくる。

 だが、声色、話し方、それぞれに安心みを感じる。

 とりあえずショートソードを帯剣するが声は相変わらず聞こえる。

 目の前の二人は、既に天幕を出ている。


(おい、まさか記憶喪失とか言わないだろうな?電撃で記憶が飛んだなんて言った日には、お前を殺すかもしれないぞ…。)

 「いや、ちょっと待って……もう少しで出てくる。」


 ペンダント、じゃない

 そう、相棒、俺は彼女と共に様々な戦場を歩いたはずだ。

 彼女の名前は……


(ロゼ……っ!)

(ようやく思い出したか馬鹿者。状況は概ね察している。怪しまれない内にさっさと出ろ。)

(ああ。だけど、やっぱり思い出せない所も多々あるんだけど…)

(やはり殺すか?)


 苦笑いしながら天幕を出る。

 そこには整列した騎士隊と、檀上で指示を飛ばしているカルドがいた。

 細かい指示はフィリップの管轄のようだ。

 一通り指示を出したカルドは、檀上を降りてこちらへ向かって来る。


「思ったよりも遅かったな?準備はいいか?」

「はい。あと、このペンダントのこ……」

 

(大阿呆!私の声は、貴様にしか聞こえない!精神異常者として見られるのが落ちだ!)

 

「ペンダントがどうしたか?」

「……拾ってくれてありがとうございます。大切な形見だったので無くしたら大変だったので。」

「ん?フィリップの話では、最初から掛けられたままだったらしいぞ?まあ、形見なら大切にするのだぞ。さあ、付いてこい。」


 カルドの後を付けるようにして、見晴らしの良い丘に出る。

 目を細めれば、遠くに土煙も確認できる。

 そして左には簡易的にバリケードを築いている班、右には静かに回り込むように小林に向かう班があった。

  

「えっと…騎士の隊長さんなんですよね?なんとお呼びすれば…」

「流石傭兵だな。戦い中の呼び方の大切さを理解してるな。戦場では”雷鳥騎士”か”ケラヴィノス”だ。敬称かは私個人は気にしないが、あった方がいいだろうな。」

「了解しました。雷鳴騎士殿。」

「うむ。さて雨宮は『強化魔法』は使えるか?『環境魔法』でも構わないが、その場合は後陣のバリケードに行って貰うが。」


『強化魔法』と『環境魔法』

 肉体を強化する魔法と、体外に影響を与える魔法の事だろう。


「両方とも使えます。」

「…傭兵だったから、片方だけでも使える可能性が高いと踏んだが、まさか両方使えるとはね。思ったより有望株だったようだ。」

 

 上機嫌のままカルドは、帯剣しているロングソードの鞘に手をかける。

 すると1m近くある曲がった釘を仕込み鞘から取り出したのだ。

 稲妻のように曲がった長くて太い釘は僅かに魔力を感じさせる。


(妙に鞘が太いなって思ってたけど、まさか魔剣か?…どこの工房製だろう?)

(そうだな。魔剣で間違いないだろう。使い方は知らんが、大層な魔力量だ。巻き込まれないように注意しろ。記憶が全部消えたら適わん。)


 魔剣。

 それは魔鉱”ヘクセライト”を加工して作られた武器の総称。

 本来人間にしかない魔力の特性を発露させる希少鉱石。

 もちろん死ぬ程高い上に希少な為、そうそう目にできるモノでもない。

 思った以上に凝視していたようで、カルドが答えてくれる。


「ん?ああ、これか?私の相棒”雷杭ペネストレート”だよ。まあ、今回は最初しか使わないけどね。っと、そろそろ予定ポイントだ。雨宮くん。スタートダッシュの準備だ。」


 カルドは無造作に雷杭を上空に放り投げる。

 垂直に回転しながら、重力に従って落ちてくる。


身体強化エルピス 特質強化レヒト!ーーだァッ!!」


 強化魔法を掛けたカルドの拳が釘の頭部に打ち込まれる。

 強烈な一撃を受けた釘は一直線に盗賊集団へと向かっていく。

 そして先頭の人物の胸部に深々と刺さると……


 バリバリバリバリーーーーッ!!!


 雷が伝染するように集団全域を飲み込む。

 盗賊達はもちろんだが、乗ってる馬へのダメージが特に大きい。

 全員がその場で痺れたようにコケて、一瞬で盗賊達は機動力を失った。


「さあ。ネンネしている間に片付けるよ。雨宮くん!」 


 そのままロングソードを鞘ごと抜刀して弾丸のように突っ込んでいった。

 一瞬あっけにとられつつも、クロツミも動き始める。


「ーーーぁ、身体強化エルピス!」

(まさか特質強化のレヒトまで使える人だったなんて…)

(下手に勘ぐって敵に回さなくてよかったな。あの動きを見るに戦闘慣れも十分のようだ。)


 魔法にも段階がある。

 最初に覚える初級魔法の、身体強化エルピス

 一部の将や天才が使う中級魔法、 特質強化レヒト

 伝説の英雄や屈指の強者しか使えない上級魔法、 融合強化ユニオン

 存在はすると言われている特級魔法、 根源強化オリジン

 ”強化魔法”はこの4段階あり、”環境魔法”にも同じく4段階ある。

 俺は強化魔法も環境魔法も一段階、初級魔法も身体強化エルピス物質増複エンチャントしか使えない。

 だが……


(そもそも、魔法を使いこなせるだけでも並みならぬ努力や才能が必要だ。)

「だけど……力の差は改めて感じさせられるよね。」

(お前にはお前なりの強みがある。見せ付けてやればいい。)


 先に到着したカルドは、真っ先にリーダーだと思われる人物に接近する。

 そして鞘の付いたままのロングソードをフルスイングして頭部を打撃する。

 刃が無くても、鈍い音がここまで聞こえる。


 「あ、雨宮くん。可能なら無力化させてね。無理なら殺してもいいけど。」


 最後の部分だけトーンが暗めだったが、ここまでお膳立てされていれば無力化は容易い。

 

 「ーーー物質増複エンチャント!っ!」


 身体強化エルピスに並行して、環境魔法の物質増複エンチャントを起動する。

 単純に肉体を強化する身体強化エルピスと異なり、環境魔法は多種多様だ。

 名前の通り、物体に自身の魔力を通して増やしたりする効果だ。

 出力量を押さえて、細心の注意を図って武器に付与すればーーー減らない刃の完成だ。

 

 (右に起きそうなの2。正面に1。左は問題なし。)

 (正面が先だ。回復が早そうだ。)


 そのまま正面を駆けて、落馬した男を脚を動けない程度に切りつける。

 料理人がキャベツを千切りにするが如く、手慣れた様子で正確無比に脛を切りつける。

 強化魔法で強化された力を、刃に乗せて切れば、相手の骨は砕け、刃も擦り減り最悪折れる。だが物質増複エンチャントで強化されたショートソードは骨の衝撃では砕けないだけの密度で強化している。


 (だが、魔力にも性能にも限界がある。最大効率で割っていけ。)


 ロゼの忠告通りに道中のうつ伏せの人間には、全力で足を踏み抜いて足にヒビを入れさせる。時折、肩口にも刃を刺し腕を使えなくする。

 

「ぎゃああ!!足が!俺の足が!!」

「踏まっ!痛でぇ!!」

「腕がっ!クソがよ!!」

「なるほど、四肢を破壊してるかな?それにしても手慣れてるね。」

「……傭兵ですけど、無力化が得意なんですよ。っと。」

(すまんクロツミ。見逃した。背後に1。)

「おい。クソガキ。舐めた真似してくれてるな……。」


 左の方から復帰した盗賊の一人が立ちふさがる。

 立ち上がる影は居なかったはずだけど……仲間の下敷きの影で機を見ていたのか?

 既に棍棒を振りかぶっている盗賊には、流石のクロツミも間に合わないが。

 ショートソードを盗賊の右肩に刃先を向ける。

 そして、制御していた物質増複エンチャントを止めて、指向性を与えて出力を瞬間的に上げる。

 

「ーーーあ?……あ”?」


 次の瞬間にはショートソードがツーハンドソード以上に伸び、正確に盗賊の肩を刺していた。

 棍棒を支えられずに地面に落ちる。

 だが、盗賊は止まらない。

 武器を手放クロツミに襲いかかるが。


「凄いね。武器に対して物質増複エンチャントできるなんて!見た感じ素質かな?」


 ジャンプした膝蹴りが横から入って来る。

 側頭部をクリーンヒットした。

 たまらず気絶して倒れる。

 引き抜かれた刃の刃先を、面白そうにカルドは観察している。

 そう、物質増複エンチャントを覚えても何でもかんでも複製したり巨大化させる事はできないのだ。

 これに関しては生まれや素質が重要と言われているが、使い方次第で化けるのが怖い所だ。努力次第では全てにも干渉できるらしいが、限界はあるらしい。


「という事は、その剣は触媒でもあった訳か。私の”雷杭”みたいに。」


 更に物質増複エンチャントを何にでもできる訳でもない。

 正確には”触媒”で無ければ、本来の出力で物質増複エンチャントできない。

 かなり効率が悪くなるらしく、魔力の消費も早いため命の危険すらあるから重要だ。

 クロツミとカルドが雑談していると、ゾロゾロと他が置き始めて俺たちを囲み始める。


「よくも親父をやってくれたな!」

「くそ!一体何が…」

「ーーあの波打つ釘!間違いない!”雷鳥騎士”だ!」

「なんでこんな辺境にいんだよ!!」

「親父がいねぇ!どうしたら……」


 強そうな人物を先んじて倒した為、完全に烏合の衆と化している。

 そしてドドドと馬の足音が聞こえ始める。

 つまるところ、時間切れだ。


「雨宮くん。私たちの仕事は終わりだ。撤退するぞ。」

「はい!」


 ショートソードに供給していた魔力を止める。

 内部の魔力は直ぐに霧散して、元のサイズのショートソードに戻る。

 北から現れる馬群に気を取られてる間に、隙間を抜けて戦線を離脱する。

 元の丘まで走っている間にカルドが質問をしてくる。


「雨宮くんって、もしかして物質変継コンバートまで使えたりするの?」


 物凄い期待の眼差しで見られている。

 今分かった。

 この人、戦闘が好きだけど殺しが苦手なタイプの人だと。


「残念ながら物質増複エンチャントまでですよ。あんなの、3分以上魔力流し続けたら。干からびて死んでしまいますよ。」

「ふ~ん、残念。」


 少ししょんぼりした顔で、丘へとたどり着く。

 見下ろすと大半は北からの奇襲で無力化され、散り散りに逃げた奴らも後ろ陣の罠や遠距離攻撃で無力化されていく。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る