書けない


 真っ白な画面を開いては閉じ、開いては閉じ。一文打ち込んで上書き保存して、もう一度開いた時に唯一白い画面に浮かんでいた一文を消す。

 

 やっぱり電子機器とにらめっこしても、素敵なアイデアなんて浮かばないわ。そう誰もいない部屋で、誰に言い聞かせているのかわからない独り言。

 

 お気に入りだったキャラクターが表紙のノートを広げて、先程削除した一文とさほど変わらない文章を一つ。それが気に入らず消そうとして、消しゴムがこの家にはないことを思い出した。

 

 ぐしゃぐしゃと鉛筆で塗り潰したその文章は、昔の私なら喜んだ言い回し。今の私には響かない表現。

 黒く塗って見えなくしたそれが、白いノートを汚しているのが堪らなく嫌で、結局そのページを破り捨てた。

 

 書けない。

 

 何か書きたいのに、何も浮かばない。本当は「書きたい」ものがあるから書く、というのが健全な、あるべき姿だと思う。でも、私は「書きたい」のだ。「書きたい」思想はなくとも、「書く」という行動を起こしたいのだった。

 

 

 昔、音楽をやってた男と付き合っていた時に、彼は自分が若い頃に作った曲をリメイクばかりしていた。新曲を完成させることは、私と付き合っている間には一度もなかった。


「アイデアが枯れたのね」

 

 そんな、意地悪で、ど直球ストレートで、そして、核心をついた台詞は、喧嘩別れしたあの時だって発さず、思い浮かべるだけに留めたが、今自分にブーメランのごとく戻り刺さっている。

 

「何を書いても陳腐な何番煎じ。煎じ過ぎてもはや白湯」

 

 思いついた瞬間は良いものに感じるのに、視覚化したその文章は、消費期限を過ぎていて、なんなら腐っている。


「それでも、どうして書きたくなるのかしら」

 

 書きかけの文章、設定、キャラクター。自分が思い付いたものだから忘れやしないと、アイデアをメモしないから結局忘れるし、メモしていても断片的で、結局意味はわからない。


「でもきっと、書いたりするんだわ」

 

 何々したり、は単独で使えない、という国語の授業を思い出す。こんなことは覚えているくせに。

 

「頑張って思い出すから、待っていてね」

 

 設定を忘れてしまった、彼ら彼女ら。

 これから、枯れた自分が生み出せるかもしれない、彼ら彼女ら。

 

 

 書けない私の、なかったことにはできない可惜物あたらものたち。

 

 ちなみに、宝物たち、というのは寒いから、「宝物」「類語」で検索して初めて知った「可惜物」。今度はきっと、物語に登場させるからね。

 

 そんなことを思いながら、「可惜物」と覚えたての言葉だけを書いて、お気に入りだったノートを閉じた。

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