第5話 こいつは俺と帰るから見逃せ。いいな?

颯爽と登場し、手始めに相手方の視覚を奪ったまではいい。

だけど別に入念な策を考えていた訳ではない。流れるように思考が巡るほど頭は良くないしこの後の行動も未定だ。


そうだな、ハッキリと言おうか。正直このあとは無策だよ。

勇者をさらう動機は高尚なものではなく、ただの暇つぶしと女の容姿や立ち居振る舞いに感銘を受けたから。


俺個人としてこのまま王城に留まることに少しの忌避感を抱いていたし、都合が良かった訳。

別に一人でも城を離れることは簡単に出来たんだがね。特にアテも無かったし、起きてからしばらくは倦怠感もあって休養に充てていたんだ。


まっ、噂の勇者が今代の魔王を討ち果たして帰還しようってんだ。その面を拝んでおいて損はないだろ?

その待っている間にこの王は保身の為にあらゆる手段を以って根回しをしてやがった。

抱き込む選択肢もあったはずだが・・・国家戦力を投じても太刀打ちできないほど強大な力を抱えることに畏れをなしたんだろうな。

本当に、いつだって変わらん国だ。


俺としては特にそこまで興味はなかったんだが、ただ単に嫌がらせをしたいが故にこの国最強の勇者をいっそのことさらっちまおうって思った訳だ。

いやはや、想像以上にいい女で実によろしい。


鍛え上げた身体、女にしては長身で暴力的なサイズの胸は、軍人が謁見の為に纏う正装の上からでもわかる。灰を被ったような色の髪は後ろに一纏めにしてある。そして意志の強そうな少し切長な目。相手にクールな印象を与えるだろう。

可愛いよりも綺麗系。

実によろしい。


さて、改めて謁見の間を見渡す。未だこいつらの視界は晴れず、場は更に混沌に陥っている。

この強烈な閃光を浴びた奴らは、目の前の人の姿も認知できないほどに目をやられる。何とかしようとお互いに怒鳴り合っている。

唯一まともな宮廷魔法師達が必死に魔法の解除に模索しているがまだまだ時間がかかりそうだ。

こんな魔法は見たことも聞いたこともねえだろ?

少し溜飲が下がるね。


「ざまあねえな、お偉いさん達がよ」

つぶやいた言葉に返答はない。


部屋の温度を急激に上げてみたり下げてみたり強風を吹き付けてみたり、視覚を奪われた奴らにただの嫌がらせをする。

いちいち慌てふためく奴らのリアクションが笑える。

そんな子供じみた煽りを続けていると、あまりの騒々しさに勘付かれたか、扉の奥の方から鎧の擦れる音が多数聞こえてきた。集結しているのか、しばらくすると衛兵達がこっちに来そうだな 。


さて、こいつらのリアクションにも飽きた。


「おい、王とやら」


「何奴だ!誰か早くこいつをひっ捕らえよ!即刻極刑にしてやるわ!」


幾人かが俺の姿をようやく目に捉えることができたのか、そのまま向かってくる。残念ながら俺とは比べ物にならないほど弱いとは思うが、中々に優秀なやつも少しはいるらしいな。


「ちっ。面倒だから  」


瞬間、全ての人間の動作が文字通り止まった。流石に生命維持は出来る範囲だがな。


「おい、てめえらの思惑はぜーんぶ知ってるんだぜ。無能な王と愉快な仲間達。」


反応は無い。

まっ、この王の動きだけは全てを解除してやるか。



「貴様、我らに何をした!早く元に戻すがいい!」

捲し立てるように叫ぶ。


「まあ落ち着けよジジイ。てめえらの立場を弁えろ?武力で制圧することも簡単なんだぜ。俺は全てを、てめえらがこの女を排除しようとしたことも全部んだ。」


「なっ・・・貴様!」

怒り一色の表情に驚きと焦りの色が差す。国家の長たる姿に到底見えねえな。


「その座り心地のいい椅子を奪われるのはそんなに嫌か?下げたくもないやつに頭を下げる未来は嫌か?ああ、別に答えなくてもいいさ。」


王に向かって歩きながら話す。


「ようやく外に出てきたんだ。身体の怠さも消えたし、今俺の機嫌はすこぶるいいんだ。」


俺が歩くたびに目の前のジジイの顔が強ばり一歩また一歩と下がって距離を取ろうとする。

構わずに更に歩いていく。


「いい女も手に入ったことだしなぁ」


ニヤリと笑ってしまう。

機嫌がいいのは間違いない。

では、おさばらしようか。


「おいジジイ。こいつは俺と帰るから見逃せ。いいな?」

眠りについている女勇者に指をさしながら告げる。


「貴様・・・」

曲がりなりにも一国の主だ。ここまでずっと平坦な道のりだったわけじゃないだろう。少しばかり落ち着いたのか、それなりに迫力のある顔つきで俺を睨んでくる。


だが、こんな奴らとは比べ物ないくらいに死線を潜ってきたんだ。

この女勇者と同じように。


だから、俺は止まらない。


じゃあな。そう言ってその場から姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る