第3話 こんな場所で死ぬわけにはいかない
「勇者よ、貴殿の功績は大きく、人間世界の恒久的な平和に尽力したものとして実に素晴らしいものだった」
「はっ、恐縮にございます」
地面に膝をつき、決して王を直視することはしない。最低限の応答のみ許された中で、清々しいまでに凛とした武人がそこにはあった。
「しかし、だ。
国王たる私の耳に勇者であるお前の悪評が聞こえて来たのだが、如何なることだ?奸臣排除すべしと、この場にいる忠臣たちが口を揃えて言うのだ。」
「・・・っ!?」
目を見開く勇者。それもそのはず。清廉潔白を地で生きてきた為に、他人の悪意に対する抗体がない。
全く身に覚えの無い、悪意が籠った王からの言葉に対してすぐに否定の言葉を述べようとしたが、何故か言葉が出てこない。
お前の弁解など聞きたくないと言ったところか、続けて王は話し続ける。
「聞けば我が助力に送った忠実なる剣であった元王国騎士団長リンドルフは、勇者であるお前が殺したと。
魔王討伐における恩賞を独り占めにするべく、魔物の襲撃を受け不運な形で失ったとする為にお前は策を弄したようだな。
ああ、もちろん裏は取れているぞ。そこに控えるボルドー侯爵の申告があったのが。
侯爵とリンドルフは学生時代からの旧知の仲。その侯爵の悲しみは計り知れないだろう。もちろん私も同じ思いである。
・・・よもや希望の光とも言える勇者がそのような暴挙に出るとはな。
さて勇者よ、何か弁解はあるか?」
違う!そう叫びたかったが話すことが出来ない。何らかの作用が働いているのか、もがく勇者を嘲笑うように喉から声が出てこない。
§
リンドルフ様・・・
あれは本当に不運な出来事だった。
元騎士団長であったリンドルフ様は元々は平民の出身で人気があり人格者でもあった。当然剣の腕も立ち恐ろしく強かったのだ。私はというと、彼を師と呼び日夜共に剣の修行に明け暮れていた。
もちろん尊敬していたし、魔王討伐と言う人類の悲願には欠かすことが出来ない程頼りにしていた。
ところが、別れは唐突に訪れた。
ある街で魔王軍の噂を聞きつけた我々が駐留していた際、突如魔王軍に襲われた。街に住む民間人などお構いなしに大量の魔物が押し寄せて蹂躙していったのだ。
リンドルフ様は民間人の誘導と、絶え間なく襲いかかってくる魔物の殲滅に休む間もなく取り掛かっていた。その時、避難にもたついた民間人を庇い、致命傷を背に負われたのだった。
私には治すことが出来ない程大量の血を失い、助かる見込みが薄い状況となった。私は愚かにも足が止まり、目の前の現実を受け入れることが出来ずにただ立ちすくしたまま。
その後、彼の最後の大立ち回りが始まる。
「止まるな!前だけを見ろ!」そう言ったのは致命傷を負った誇り高い戦士であり私の師匠。
流れ続ける大量の血に簡易的な止血を施した後、魔王軍相手に勇猛果敢に攻め入った。それはもう凄まじい勢いで敵が崩れ・溶けていく。最後の敵を突き殺した後、崩れるようにして最後を迎えた。
リンドルフ様を失った事実を受け入れることは難しかった。深く深く悲しみ、自分の無力さを呪った。
身を投じるような想いで戦いに明け暮れる毎日が、その後も続いていった。
私は、彼の強さのどこまで辿り着いたのだろうか…。
魔王軍との戦いには彼の死が最も応えたし、その死がなければ私がここまで強くなることはなかったかも知れない。
そう言えば確か、ボルドー侯爵はリンドルフ様を妬み・疎んでいたはず。
同級生だが犬猿の仲と言っていたはずだ。平民の出身でありながら、異例の立身出世を果たしたことを、貴族第一主義者である彼は何かと口に出してきたのだった。
ああ、これもコイツらの陰謀か。
世界中を恐怖で支配しようとしていた魔族の王を討ち果たした私は、今は世界でも敵なしの強さなのだろう。
もはや人外と言っても過言ではないこの強さは、安寧を脅かす異分子なのか?
悔しい。
反論しようにも何かの作用で相変わらず声が出ない。
恩賞や爵位、名声の為に戦っていた訳ではない。
私が求めるのはずっと民衆の笑顔だけだった。
この人外レベルの強さを得た私は、ただ穏やかな余生を過ごしたいのだけなのだ。
やりたいことはたくさんある。
一つ、さまざまな土地を巡りたい。
戦いの為ではなく観光をしたいのだ。平和になった街々を見て歩きたい。
一つ、友達が欲しい。
学校にも行けず、ただ一心に剣を振るっていた私は学もなく、友もいない。
着飾るような服もなければ、化粧道具もない。オシャレをして街に出かけて一緒に甘味などを食べてみたい。
一つ、恋をしてみたい。
守るものがあるという幸せは、戦いの日々においても感じてきた。家庭を持った仲間の話は道中では魅力的で、大いに皆の活力となっていた。まだ20にも満たない私にとってはすごく興味があって、密かに憧れていた。
まあ私のような武辺者には烏滸がましい願いではあると思うが。
私にも些細な夢があるのだ。
だから、こんな場所で死ぬわけにはいかない。
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