霊譚 宮森写真館

志村 文

読み切り

登場人物

 宮森育巳(30) 宮森写真館の館長をしている。

 錦木唯(20) 20歳の祝いで写真を撮りに来た。

 錦木父(57) 唯の父。

 錦木母(43) 唯の母。

錦木道則(8) 事故で亡くなった、唯の弟。



本編

◯写真館(昼)

   写真館の外観、扉の上に看板がかけてある。

   室内にかけられたアナログ時計がカチカチ音を立てながら二時を指そうとしている。

   宮森育巳(30)は時計を見ながらそろそろ来るであろうお客をカウンターに座りながら待っていた。

   扉が開いて上についていた、鈴がカランカランと鳴る。

   錦木父(57)、錦木母(43)、錦木唯(20)が入ってくる。

錦木父「今日予約していた錦木です」

錦木母「母です」

   娘の唯がお辞儀をする。

   宮森はカウンターからお辞儀を返す。

宮森「あちらの席にどうぞ」

   三脚と一脚が向かい合わせになった席を指す。

   一番奥に父、真ん中に母、そして最後に娘の唯が座る。

   三人分のお茶と資料を持って錦木の座っている席の向かい側に座る宮森。

宮森「本日は三人の家族写真と聞いたのですが……」

錦木母「はい、合っています。あ、それと娘が二十歳になるので一人の写真も撮ってほしくて……」

唯「ちょっとお母さん…!」

   唯が母の言葉を制止する。

宮森「かまいませんよ。それも一緒に撮りましょう」

   宮森はにこやかに笑う。

   それから時間は一時間半ほど経ち、時計は3時半を指していた。

   打ち合わせが終わったのか宮森が席を立つ。

宮森「それでは二階に上がって写真を撮っていきましょうか」

◯写真館二階・スタジオ

   奥の階段を登っていく。上にあがり、突き当たりのドアの鍵を開ける。

   ドアを開けると写真スタジオだった。錦木一家は周りを見渡しながら宮森の指示された所へ歩みを進める。

宮森「それでは写真を撮っていきます」

写真を撮り始めていく。

家族写真を撮りすすめる宮森。

宮森(……いる)

   宮森は撮った写真をパソコンで確認していると、唯の足元に見慣れない少年がいることに気づいた。

   それは一枚だけではなく何枚にもわたってこちらを見ている。

   少年の影が徐々に濃くなっていく。最終的には宮森が肉眼で目視できるまでになった。

錦木父「宮森さんどんな感じでしょうか」

宮森「確認なされますか?」

   宮森は少し不安になりながらも写真を錦木一家に見せていく。

錦木母「まぁ綺麗」

錦木父「うまく写っているな」

唯「……すごい」

   錦木一家は唯の足元に映る少年には目もくれず宮森の写真の腕を誉めている。

宮森(やっぱり見えていない)

  (この少年は俺しか見えていない)

   宮森が少し考え込んでいると錦木母が話しかけてくる。

錦木母「宮森さんもう一回この写真を撮ってもらっていいですか?」

宮森「え? あぁかまいません、撮りましょう」

   そして家族写真を撮り終えると、そのまま唯の写真撮影に取り掛かった。

写真には変わらず少年が映り込んでいる。父と母はそれに気づかずパソコンに映った写真を眺めながら和やかに話している。

全てを撮り終えたのは、夕方の5時頃だった。

◯写真館・玄関前・夕方

錦木父「本日はありがとうございました」

宮森「こちらこそありがどうございました。写真は現像して後日郵送させて頂きます」

錦木母「ありがとうございました」

   錦木一家は感謝と共に頭を下げた。

   宮森は錦木一家を扉前で見送る。

宮森「ありがとうございました」

   宮森はお辞儀をする。錦木一家の背中が小さくなっていく。

   ある程度見送ると扉を開け、中に入る。

   今日使ったスタジオを片付けようと二階に上がる。

   突き当たりのドアを開け、中に入りカメラを片していく。

   ふと視線を感じ前を向くと、今日撮影に使った椅子に写真に写った少年が、足をプラプラと遊ばせながらこっちをじっと見ている。

宮森「君は帰らないのか?」

   宮森が少年に話しかけると少年は驚いた表情を見せる。

道則「おじさん僕が見えるの?」

宮森「おじさんじゃない、宮森育巳。少年の名前は?」

道則「……錦木道則。10歳。ねぇおじさんはなんで見えるの? みんな気付いてくれないのに……」

   宮森は片付けの手を止めずに話続ける。

宮森「宮森家の特性みたいな感じかな? 俺は撮った写真に写った霊が見えるようになるんだ。だから写真に写った君の姿も見える」

道則「僕写真に写ってるの?」

   道則が興味津々に聞く。

宮森「見る? 俺が撮った写真」

   宮森が片付けの手を止めて道則を見ながら聞く。

道則「見たい……僕、写真みたい!」

宮森「写真はここには無い、下にある。ついてきて」

  「自由に歩けるんだろ?」

   宮森がそう聞くと道則は椅子から降りた。

   道則はテクテクと歩き宮森の側まで駆け寄った。

   宮森の元に道則が来ると、二人はスタジオを出て一階に降りていった。

   一階に降りると、カウンターに置いているパソコンを開け、起動させると今日撮った写真のフォルダを開ける。

   写真をパソコンに表示させ道則が見えるようにパソコンを下げた。

宮森「見えるか?」

道則「うん!」

   道則は目を輝かせながら写真を見ている。

道則「ねぇこれってパパもママもお姉ちゃんも見たの?」

宮森「あぁ見たよ」

道則「じゃあ……」

宮森「でも君には気付かなかった」

道則「え?」

宮森「俺が撮った写真に霊が映っても他の人には見えないんだよ。言っただろ? 宮森家の特性だって話。普通の人には君は見えないんだよ」

道則「そっか……僕には気付かなかったんだ」

   みるみる元気が無くなる道則。写真から目を離す。

道則「何で家族と一緒に帰らないんだ?」

道則「もう僕のことなんて忘れてる」

  「あそこに帰ったって居場所はないもん……」

宮森「……じゃあ何で死んだんだ?」

   パソコンを持ち上げ元の場所に戻す。

   今日撮った写真を現像させながら道則に話を聞く。

   プリンターが起動している音が聞こえる。

   道則は顔を俯かせながら、ボソボソ喋り始めた。

宮森「ん?」

道則「……言いたくない」

宮森「ん?」

道則「言いたくない!」

   道則が叫ぶと宮森の元から逃げてソファの裏に隠れた。                                

宮森「はぁ」

  (今回はうまくいくかな…)


◯後日・写真館一階・昼

あれからソファの裏から出てこない道則。時計は12時過ぎを指していた。

カウンターの前に座り、作業をしていると扉が開き鈴がカランカランと鳴った。

   宮森が視線をパソコンから扉の方に移すと扉の前に唯が立っていた。

宮森は席を立つ。

宮森「どうしました?」

唯「あの、現像してほしい写真があって……」

唯はカバンの中から少し古びたフィルムカメラを取り出す。

宮森は唯からカメラを受け取る。

宮森「このカメラは?」

唯「私一人暮らしするんです。それで部屋を掃除していたらこのカメラが出てきて、中にフィルムが入っていたから現像して欲しくて……できますか」

宮森「古いフィルムカメラですね。時間がかかりますが一応可能です」

  「席に座って待っていてください」

   宮森がバックヤードに入っていく。

   唯は一人がけのソファに腰掛けると、壁にかけてある写真や棚に置かれているカメラを眺めている。

   唯のその様子を道則は不安そうな顔で見つめている。

N「一時間後――」

   バックヤードからカメラと写真を持って宮森が出てくる。

   宮森に気付いた唯が立ち上がりカウンターに向かう。

宮森「どの写真もうまく写っていましたよ」

   現像した写真が入った封筒を唯に手渡す。

   封筒から写真を取り出し、眺める唯。

唯「わぁ、懐かしい」

   唯は写真をめくりながら愛おしそうに眺める。

宮森「写真に写っている少年は弟さんですか?」

唯「……はいそうです。5歳下の弟です。5年前に亡くなりました」

道則「……僕のこと忘れてないの?」

   道則はソファの裏から顔を覗かせている。

   道則の視線に気付く宮森。

宮森「弟さんについて聞いてもいいですか?」

唯「……この写真は家族でピクニックにいったときの写真です」

   唯が宮森に見せた写真には父と母間には弁当を持って満面の笑みを見せる道則の写真。

唯「弟は家族のみんなから愛されてました。このピクニックの数日後のことです」


*  *  *(回想)

唯N「今になってみれば何で喧嘩したのかも思い出せないくらい小さな事での喧嘩でした」

道則「お姉ちゃんなんかもう知らない! ばかぁ」

泣きながら家を出る道則。

唯「ふん!」

唯N「私も意地を張っていたせいで弟の後を追いかけず自室に戻りました。その日の夕方母から電話がありました」

錦木母「唯! 道則が! 道則が……車にはねられて……」

唯N「母の言葉を聞いて私は頭の中が真っ白になりました。そのあと私を襲ったのは後悔でした。私が変な意地を張っていたせいで弟は――」

*  *  *(回想終わり)


唯「意地を張らずに追いかけていたら道則は死ななかった」

   唯は涙を流した。

   宮森はカウンターから出て唯の隣に行く

宮森「弟さんに会いたい?」

唯「え?」

宮森「俺、少し特殊な力を持っててそれを使えば弟に会える」

「この前家族写真を撮った時、弟くんがね、君の右手じゃなくて右腕の裾を掴んでた。信じるか信じな……」

唯「道則の手を繋ぐときの癖です。道則はいつも手じゃなくて裾を掴んでました……」

   唯は驚きで目を見開く。

唯「どうしてそれを……」

宮森「……写真に写ってたんです。緊張した面持ちで貴方の裾をがっちり掴んで離さない。……皆さんと一緒に写真撮っていたんです」

  「もう一度聞きます。弟さんに会いたいですか?」

唯「……会いたいです。会って道則に謝りたい」

   宮森は1人掛けのソファの前の椅子まで唯をエスコートする。

宮森「俺は一回しか使いません。時間は二分間です。それでも大丈夫ですか?」

   唯は深呼吸をする。

唯「大丈夫です」

宮森「悔いのないようにしてくださいね」

唯「はい」

   宮森は目を瞑り、胸の前で合掌する。

宮森「目を瞑ってください」

   唯は目を瞑る。

   宮森が目を開けると、瞳が赤く光っていた。

   宮森は深呼吸をすると唯の目を隠す。

宮森「目を開けてください」

   唯が目を開ける。

   1人掛けのソファの後ろに隠れている道則。

唯「……道則?」

   唯に声をかけられビクッとする道則。

   恐る恐る唯と目を合わせる。

道則「……僕が見えるの?」

唯「うん、見える……見えるよ」

   道則が1人掛けのソファの裏から出てくる。

   手を伸ばす唯。

   道則が唯の手に触れようとするも通り抜けてしまう。

道則・唯「あっ」

   唯は行き場を失った自分の手を見る。

唯「ごめん。道則、変な意地張ってごめん。」

道則「僕こそごめんなさい。意地悪言ってごめんなさい。僕すごく怖かった。パパもママもお姉ちゃんも僕のこと忘れちゃったのかと思った。ずっとひとりぼっちになっちゃうって」

   唯も道則も泣きながらお互い話す。

唯「忘れるわけないじゃん。大切な家族だもん、私の弟だよ。ずっと会いたかった。ずっと謝りたかった」

道則「僕も会いたかった、ごめんねしたかった」

  「お姉ちゃん、僕の分まで幸せになってね」

   少しづつ消え始める道則。

唯「道則……」

道則「お姉ちゃん大好きだよ」

唯「……私も大好き」

   道則は最後に満面の笑みを見せて消えていった。

   唯の目から手を離す。

   唯は顔を手で覆いながら泣いている。

◯写真館・玄関前

宮森「落ち着きましたか?」

   少し目元が腫れた唯。

唯「はい、あの、宮森さん」

宮森「はい」

唯「最後に道則に会わせていただいてありがとうございました。おかげ少し心が軽くなった気がします」

宮森「それはよかったです」

   宮森は安堵の表情を浮かべる。

宮森「これどうぞ」

   宮森は古いフィルムカメラを唯に渡した。

   宮森に渡した時よりも綺麗になっている。

宮森「古くなった部品を新しくしときました。フィルムも新しく入れたのでまたこのカメラで写真が撮れます」

唯「ありがとう、ございます」

 「大切にします」

   唯はカメラを大事そうに抱え宮森に微笑む。

唯「私、幸せになります。道則との約束だから」

宮森「うん、それが一番いい」

唯「本当にありがどうございました」

   唯はお辞儀をする。

   唯は写真館をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霊譚 宮森写真館 志村 文 @Shimura_mumei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る