筋トレマンの恋路

唐変木

読み切り

「よっしゃ、行くか」

「ああ、行こう」

 俺は友人と一緒に駅近くにできた新しいジムの扉をくぐる。

「ゴールデントレーニングジムへようこそ」

 受付に立っていた人に出迎えられた俺と友人は、若干緊張しながらその受付の人に声をかけた。

「あの〜初めてきたんですけど……」

「初めての方ですね、かしこまりました。それではまずこちらのアンケート用紙にご記入をお願いいたします」

 ペンと一緒にアンケート用紙を渡される。

 紙には名前や年齢を書く欄の他に、これまでの運動経験やジムにきた目的、どれくらいの頻度でジムを利用するかの目安などを書き込む欄があった。

「ちなみにお二人はこのジムの利用が初めてなんですか?」

 黙々とアンケート用紙を記入していた俺たちに受付の人が声をかけてきた。

「えっと、このジムがっていうか、いわゆるトレーニングジムに来たのは今日が初めてって感じですね」

「他のジムに通われていたとかっていう経験もないんですね?」

「ええ、お恥ずかしい話ですが」

「いえいえ、今日ここにきた時点で昨日までのお二人よりも一歩先に進んでらっしゃるんですよ」

「ですかね。……よし。書き終わりました」

 友人と一緒にアンケート用紙を提出する。

「はい、確認させていただきます。えーと。益田様と鈴木様ですね。益田様は高校生の頃の体に戻したいと」

「大学生になって運動しなくなったら途端に体が鈍っちゃって。家の近くにこのジムができたんで、ちょうどいいかなって」

「なるほど。ちなみに高校生の頃は何かスポーツをやってらしたんですか?」

「ええ、バスケットボールを」

「それなら、基礎的なトレーニングにはすぐに慣れそうですね。体もまだ運動をしていた面影があるので、そこまで時間は掛からなそうですね。そして、鈴木様はダイエットがしたいと」

「お酒が飲めるようになってから、一層お腹周りに肉がついちゃいまして。若いうちに痩せておかなきゃと決意したんです」

 友人がお腹をポンポンと叩きながら恥ずかしそうに答える。

「なるほど。お酒飲むようになるとおつまみも食べちゃうからお肉つきやすいですよね」

「そうなんですよ! ついつい食べすぎちゃうんですよ」

「わかります〜。さてと……。益田様はすぐにがっつり体を動かしても平気そうですが、鈴木様は徐々に運動量を上げていった方がいいですよね?」

「そうしてもらえると助かります」

 友人が強く頷きながら答える。

「そうすると、お二人はコースを分かれていただいた方がいいかもしれないのですが、どうなさいますか?」

 俺たちは目を合わせた後に軽く頷いた。

「最初の一歩を踏み出す勇気が中々出なくて二人で来ただけなので、別のコースでお願いします」

「かしこまりました。それではお二人についてもらうトレーナーそれぞれに、話を通してきますので、お二人は更衣室で着替えてきてください」

 受付の人に案内されて着替えた俺たちがフロントに戻るとそこにはトレーナーと思しき人が立っていた。

 俺はその人を見た瞬間、足が止まり、ハッと息を飲んだ。

 下ろしたら腰まで届きそうなサラサラの黒髪をポニーテールでしっかりまとめ、暗めの色で統一されたトレーニングウェアによって彼女の肉体美が伝わってきた。長くスラッと伸びた脚とキュッと引き締まったヒップライン、くびれたウエスト、控えめなバストライン、一切たるみのない二の腕など、どこを見ても色気を感じる彼女に一瞬で心を掴まれた。

 髪をまとめたことで若干吊り上がった目元から流れる視線が彼女の妖艶さをさらに引き立て、スッと通った鼻筋は白人にも引けを取らず、すぼめられた唇からはどこか可愛らしさすら感じるが、それすらも彼女の美しさを引き立てるアクセントのようだった。

「………………」

「……さま。……田さま。益田さま〜」

「は、はい! すみません、ぼーっとしてしまって」

 彼女に見惚れているうちにいつの間にか彼女の所までフラフラと歩いてしまっていた。

「本日から益田さまのサポートをさせて頂きます、芹沢琴と申します。よろしくお願いします」

「はい! よろしくお願いします!」

 芹沢さんの挨拶に釣られて俺も大きく頭を下げて挨拶する。

「ふふ、お元気ですね。トレーニングに入る前に確認したいことがあるのですが」

「はい、なんでしょう? なんでも聞いてください」

「高校生の頃のお写真とかってありますか?」

「え? ……あ、ああ! はい! ありますよ。部活の大会の時の写真でよければ」

 変わった距離の詰め方をされたのかと一瞬舞い上がったが、即座に目標に書いたことを思い出し、スマホで写真を探し、芹沢さんに見せる。

「ちょっと確認させていただいてよろしいですか?」

 俺は頷いて芹沢さんにスマホを渡す。

「……大腿筋が大きいな。腓腹筋すっご。超硬そー。やっぱバスケすごいな」

 写真を見ながら芹沢さんがボソボソと喋り始めた。

「あの〜? 芹沢さん?」

「あ、失礼しました。あの、ちなみになんですけど背中辺りがよく写ってる写真とかないですか?」

「あ〜、どうだろう。探してみますね。高校の頃みたいになりたいって書いたから確認しないとですよね」

「そ、そうですね」

 少し気まずそうにしている芹沢さんに今一度スマホを渡す。

「これでわかりますかね?」

「……首は細めだけど僧帽筋は悪くないか。上腕筋も大きくはないけど引き締まってる。大胸筋と広背筋はユニフォームのせいであんまりわからないか……」

 またも芹沢さんは俺の高校生時代の写真を見てひとしきり独り言を言って満足したように俺にスマホを返してくれた。

 写真をじっと見つめる姿も凛々しくて目を惹きつけられた。

「……運動をしなくなってどのくらいですか?」

「えーと、たまにランニングくらいはしますけど、本格的な運動をしなくなってからは一年半くらい経ってますかね」

「それにしては体の基礎がそこまで鈍ってないようですね」

 俺の体を分析するようにペタペタ触りながら、芹沢さんが聞いてくる。

「……えっと、自重? って言うんでしたっけ。家でできる筋トレをちょこちょこやったりはしてましたね」

「そうですか。益田さまがどのくらいジムでトレーニングできるかにもよると思いますが、高校生の頃の筋肉に戻るのはそこまで難しくないと思いますよ」

「が、頑張ります!」

 自分の体を鍛えながら、芹沢さんに会う機会を増やせると思った俺は食い気味に答えてしまった。

「それでは、今日は今の益田さまの体力を確認するくらいにしてみましょう」

 その後、ランニングマシーンやバーベル等の簡単な器具を用いて軽いトレーニングをして、今日の俺のジム体験は終わった。

「今日はお疲れ様でした。今後はご自身でこのジムをご利用していただいても構いませんし、私がいる日でしたらサポートさせて頂きます」

「はい! ありがとうございました! またよろしくお願いします」

 その後も何度もジムに通い、体を鍛えながら、少しずつ芹沢さんと仲を深めようと努力を重ねた。

「芹沢さんってタイプの男性の方とかっていますか?」

 トレーニングの休憩中に芹沢さんに聞いてみた。

「うーん、そうですね。実はここで働いてるのも関係してるのかもしれないんですけど、益田さんって洋画を見たりしますか?」

「たまに見たりしますね。中々シリーズものとかは手をつけられないですけどね」

「洋画の俳優さんって筋肉すごいじゃないですか。私、そういう人に憧れを持つようになったんですよね」

「じゃあ……。もし僕がもっと筋肉をつけられたら、芹沢さんともっと仲を深められたりしますかね」

 勇気を出して芹沢さんに聞いてみた。最近は『益田さん』と呼んでくれるようになってきたのでもう少し距離を詰められるのではないかと思い頑張ってみた。

「確かに益田さんが頑張って、実直にトレーニングを頑張ってる姿は魅力的ですが、筋肉はまだまだかもですね。どこかのボディービル大会とかで良い成績を収められたら、もっと魅力的かもですね」

 案外良い手応えが返ってきたように感じた俺は今まで以上にトレーニングに力を入れるようになった。

 そこから更に数ヶ月が経ち、俺は高校生の頃とは比べものにならないほどムキムキになり、ボディービルの大会に参加するほどになった。

「それでは結果を発表します。三位は浜田さん、二位は太田さん、一位は……益田さんです! おめでとうございます!」

 入賞者全員の苗字が田で終わる謎の大会だったが、それでも優勝できた俺は駆け足で芹沢さんの元へ向かった。

「芹沢さん! やりましたよ!」

「おめでとうございます。努力が結ばれましたね」

「はい! それで、その……。芹沢さん、俺と付き合ってください!」

「……っと」

「え?」

「もっと」

「もっと?」

「益田さんはここまで頑張ってきたんですから、もっと頑張って、もっと大きな大会で結果を残してください。それでもまだ私に魅力を感じたら、その時はお願いします。それに……」

「……な、なんですか?」

「大会の規模もそうですけど、益田さんの筋肉はまだまだ小さすぎです! アメリカの俳優さんたちみたいに大きくなってください! 今後はこれまで以上にスパルタでいきますからね!」

「は、はい! よろしくお願いします!」

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筋トレマンの恋路 唐変木 @zinseigame

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