第1話-②

 お昼が終わり、六限目までしっかり授業を受けた私は放課後、所属している部活の文芸部の部室まで来ていた。

 部室に入ると、普段部活以外で使わない教室のせいか、埃っぽい空気が私を迎え入れる。

 部室は六畳くらいの狭い教室で、他の教室で使わなくなったであろう机が4つ向かい合うような形で置いてあり、本棚が片側の壁一面を埋めているような、いかにも文芸部!というようなところだ。

 その机の一番窓際の席に腰を掛け、換気をするために窓を開けて、ボーッと窓の外を見る。

 うちの高校の文芸部は今じゃほとんど活動してなくて、入学したら絶対に部活に入らないといけないという、学校のルールを実質的に破る、所謂いわゆる法の抜け穴的な部活として利用されている状況だ。

 だから所属している部員は全員幽霊部員だし、私も例に漏れずそういう目的で文芸部に所属している。

 ただたまに、今日みたいにバイトが休みの日や、1人で考え事をしたい時とかにこういう風に部室に来てボーッと窓の外を眺めに来るのだ。

 どれくらい時間が経っただろうか、私は睡眠不足なこともあって何度かうつらうつらとしていたら、突然部室のドアがガラッと開いた。

 ビクッとしてドアの方を振り向くと、身長170センチくらいの女子にしては長身で、綺麗なロングの髪を金髪に染めた、スクールメイクバッチリのギャルが人懐っこい笑顔を浮かべて立っていた。

 彼女の名前は山田玲やまだれい、私と同じ学年で同じく幽霊部員として文芸部に所属している生徒だ。

 山田はこんな見た目だが誰とでも仲良くなれる性格なのか、違うクラスの私とも仲がいい。

 そういう性格だからか、ど派手な金髪にしていても学校側から何も言われないのかもしれない。そうだとしたら理不尽だ。

 そんな山田はきれいな顔に人懐っこい笑顔を浮かべ、こちらに近づいてくる。


「おはよ、如月きさらぎ。帰ろうとしたら部室の窓から可愛い顔した子が寝てるのが見えて、起こしに来たよ」


「んーっ」とそこそこ長い時間同じ姿勢でいたからか、凝り固まった体を伸ばす。「起こしに来たって言われても、寝てはいなかったよ・・・」


 時計を見ながらそんなことを言うと、気づく。時計の短針は6を指していた。

 私が部室に来たのが4時とかだったから、2時間くらい経っていた。

 どうやら山田が言う通り、本当に眠ってしまっていたようだ。しかもそれなりの時間。

 私がその事実に「まじか・・・」と頭を押さえる。


「せっかく起こしに来てあげた玲さんに、如月はお礼をするべきだと思うんだ」


 山田が私のやらかしが面白いのか、にやりと笑いながらそんなことを言った。



 私は山田にお礼をするため、学校の入口付近にある自販機まで来ていた。

 ガコンッと音がして山田にあげる用のカフェオレが出てくる。

 隣に立つ山田に「はい」と出てきたカフェオレを渡し、ついでに頭をすっきりさせるために横に並んでいるブラックコーヒーを買う。

 「ありがとう」と言い山田はカフェオレを一口飲む。それにならって私も一口ブラックコーヒーを飲む。

 すっきりとした苦みのおかげで、私の寝起きの頭も少しばかりシャキッとしていく感じがする。

 下駄箱で靴を履き替えて、校門から出たタイミングで山田が「そういえば」と切り出した。


「こんな時間まで部室で寝てるって、寝不足?」


 どうやら今日は珍しく一緒に帰ることに決めたみたいで、私の隣を歩いている山田がそんなことを言った。


「昨日色々考えこんじゃってあんまり寝れてないの・・・」


「考え事ねぇ、それなら人生の先輩である私が相談に乗ってあげよう」


「人生の先輩って山田、私より1カ月早く生まれただけでしょ・・・」


 呆れ半分で山田を見ながらふと、澪には同じバイト先だから多少の言いづらさもあって相談できなかったけど、山田になら相談してみてもいいかもしれないという考えが浮かぶ。

 

「いやでもなぁ、山田か・・・」と悩んでいると


「何か言いづらそうにしてるし、もしかして・・・」と一度区切り「恋の悩みか!?」と山田は大袈裟おおげさに言うのだった。


「違うわ!」とツッコミ、「ただちょっと、バイト先の先輩に遊びに誘われたんだけど、誘い方がデートっていう言い方だったからどういう意味で言ったんだろう?とか考えこんじゃったのよ・・・」


 こうやって言葉にすると、「私って今恥ずかしいこと言ってない?」と冷静な自分が言っている気がしてくる。

 山田を見るとニヤニヤしながら「なるほどねぇ、やっぱり恋か」とかなんとか言ってる、言わなきゃよかったと若干後悔しはじめる。


「だからそんなんじゃないってば、それに先輩は女の人だし。ただ普通になんでそんな言い回ししたんだろう?って気になってるだけ」


「わかったわかった、からかったのは悪かったから、機嫌直して」


 手を顔の前に合わせ、得意の人懐っこい笑顔を浮かべながらこっちを見てきた。

 正直顔がいいからずるい。そんなことを言うとまたからかわれるから絶対に言わないが。

 

「でもそんなに深く考えなくていいと思うけどなぁ」

 

 と私が黙っていることを許すと解釈したらしい山田が言う。


「というと?」


「いや普通に、だって女子同士で遊ぶとき冗談で『デート』とかっていうじゃん?」


 山田も私と同じことを思ったのかそんなことを言う。


「それは私も思ったし、そうなんだろうけど―――」と山田に私が悶々としていた理由を説明する。


「なるほどなぁ」


 私の説明を一通り聞いた山田は、あごに指をやって何やら考えてくれているようだった。


「でもやっぱりそんなに深い意味はないと思うなぁ。ただ単純に、遊びに行こうって誘うのが恥ずかしかったから『デート』って冗談ぽく言ったんじゃないかなぁ?」


「たしかに・・・そうなのかな?」


 山田が出した結論に私は「ふむ・・・」と考えてみる。

 たしかに山田が言うように、プライベートで遊ぶのは初めてであるわけだし、恥ずかしくて『デート』なんて言い回しをしたのかもしれない。

 それに、普段バイトではきれいでかっこいい海那うみなさんが恥ずかしがってるというのはギャップがあって可愛いな、なんて思ってしまう。


「まぁ実際はその先輩にしか分からないことだけどね。そういう答えが一生出ないようなことを深く考えすぎて、楽しみなことを楽しめなくなる、なんてことにはならないように気をつけな?」


「え」


「だって如月、その先輩と遊ぶのすっごい楽しみにしてるでしょ?」


 見透かしたような口ぶりでそんなことを言ってくる山田の言葉でハッとする。

 たしかに私は海那さんに遊びに誘われたことを楽しみにしているのだ。

 昨日の夜も『デート』という言葉に悶々としている他に、「どういうところ行ったら楽しいだろう」とか「海那さんの私服楽しみだなぁ」とか別のことも考えていた。

 でも山田にはそこまで説明した記憶はない。

 

「私ってそんなに分かりやすい・・・?」


「分かりやすいっていうか、如月がそういうことで悩んでるの珍しいから」なんでもないことのように言う山田は「これでも如月とは1年以上一緒にいるわけだし、それに人生の先輩でもあるわけだから、わかっちゃうんだよなぁ」とかなんとか、いまだにバカな先輩マウントをとっていた。


「じゃ、私こっちだから帰るね」


 ひとしきり先輩マウントをとって満足したのか山田は来た道を戻ろうとする。


「え、山田って帰り道こっちじゃないの?」


「違うよ?全然逆方向。相談にのったのはカフェオレ代だから気にしないで」


 驚きである、たしかに山田とはいままで一緒に帰った記憶が無いけど、一緒にについてきていたから帰る道は一緒なんだと勝手に思っていた。

 というか山田、私が何か悩み事があると思ってついてきてくれたのか…。

 山田、デキる女である。


「ありがとね山田、相談乗ってくれて」


「ん、ぜーんぜん。先輩は悩んでる後輩を放ってはおけないのだ」 


 お礼を言うと山田は得意の人懐っこい笑顔を浮かべ指でVサインをして私に言ってきた。

 1カ月早く生まれた先輩っていうのもばかにできないな、なんて思いながら私は飲みかけのブラックコーヒーを一口飲み、帰路につくのだった。




 家の近くまで来て、スマホに一件の通知がきていることに気づいた。

 LINEからの通知で、送り主は海那さんだ。


『デートの日、今週の土曜日でどう?葉月バイト休みだったよね?』


 LINEのメッセージを確認するとそんなことが書いてあった。

 バイトのシフトは従業員全員が共有しているので、海那さんが確認してくれたのだろう。

 土曜日は特に予定もなかったので、大丈夫というむねを返信して私はスマホをポケットに入れなおす。

 私は「土曜日楽しみだなぁ」とか「海那さんまた『デート』って言って恥ずかしがってるのかなぁ」とか考えながら家のドアに手を掛けた。

 

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