ミニ匿名コン・主催者の苦悩編

送りたい言葉

 窓から頼りない光が差す、夕方の美術室。

 美術部の僕は、部活が終わった後も残って、一人悩んでいた。


 夏の展覧会が終わって、三年生の先輩は引退する。

 新しく部長になった僕は先輩達の送別会を計画していた、のに。


「なんで参加者が集まらないんだよ!?」


 部員に呼びかけても断られてばかりだった。

 三年生は受験で忙しいから仕方ないのかもしれないけど、一、二年まで反応が悪いのは流石におかしい。皆そこまで薄情じゃないはずだ。

 先輩達に人望がない訳がない。


 それなら問題は。


「僕か……」


 新部長になったばかり。威厳もない。

 絵も一番上手い訳じゃないし、真面目が取り柄だから選ばれたようなもの。正直舐められている気もする。僕のせいなら申し訳ない。

 もしかしたら皆は僕抜きで計画しているのかもしれない。それならそれで先輩達に失礼はないけど。


 それとも部室でお菓子やジュースを持ち寄るだけなのが悪いのか。寄せ書きやプレゼントなんかの予定が堅苦しいのが原因だろうか。


「カラオケとか……もっとお金をかけた方が先輩達も皆も喜んでくれるか……」

「そこまでしなくてもいいと思うよ」


 独り言だったはずが、涼やかな声が割り込んできた。

 バッと振り返れば、そこには。


「斉木部長!」

「今は九重君が部長でしょ」

「あ、はい……斉木先輩。なんでここに?」

「まだ帰ってないのが気になって。何か困ってるみたいだね」

「……はい」


 三年生、元部長。

 何度も世話になった、淡くて優しい風景画を描く、憧れの人。


 そんな先輩だからこそ相談し辛い。

 けど、このままじゃ送別会は台無し。別にサプライズでもないし、力を借りた方がいいか。

 躊躇いを捨てて素直に相談する。


「すみません。先輩達の送別会に部員が集まらなくて……」

「三年の方は聞いてるけど、下の子達も?」

「はい、すみません」

「じゃあ、このままじゃ二人だけ?」


 意図して明るくしようとするような問いかけに、気遣いを感じて僕は目を伏せる。


「そうですね。残念ですが……」

「私と二人きりじゃ残念なんだ?」

「違います! 違いますから!」


 更に続いた言葉には慌てて首と手を横に振った。冗談だと分かっていても否定したかったから。

 それから身を乗り出して真剣に伝える。


「先輩達全員にお世話になりました。ただ集まってはしゃぐだけとかじゃなくて、本気で感謝を伝えたいんです。皆さんに本当にどれだけ助けられて、どれだけ力になったか。少しでもお返ししたいんです!」

「……そこまで考えてくれてたんだ」

「当たり前じゃないですか!」


 熱弁し過ぎたと気付いて、遅れて恥ずかしくなる。

 ただ何故か先輩も、なんだか気落ちした様子になっていた。


「……ごめん。やっぱり九重君が部長に相応しいよ」

「そんな、先輩こそ優しいじゃないですか。何も分からなかった頃にも丁寧に教えてくれましたし」

「ううん。私がハッキリしないとダメだったんだよ。優しいんじゃなくて周りに流されてただけ。九重君が困ってるのは私のせい」


 俯く先輩は弱々しいのに、そう断言した。

 それから顔を上げた先輩はわざとらしい微笑みで、今までのように助けてくれる。


「私からも言っておくから。そうしたら皆ちゃんと来てくれると思う」

「え、ありがとうございます! 助かります!」

「うん、それじゃあね」


 そそくさと去ろうとする先輩。

 その背中は、なんだか寂しそう。いや、己を恥じて逃げ出そうとするような。


 そこでようやく、送別会に部員が集まらない理由をなんとなく察した。ただの願望かもしれないけど。


「待ってください」


 意を決して呼び止める。

 こっちのサプライズは隠しておきたかったけど、こうなっては仕方ない。


「……送別会が終わった後、時間はありますか」

「え?」


 振り返ってくれた先輩に、勇気を出して向き合う。


「公私混同したくないので、送別会は先輩全員に感謝を伝える為にちゃんとやります。でも先輩と二人きりは、正直嬉しいです。凄く」


 顔が熱くなるのを感じつつ、一気に言い切る。


「二人きりで先輩だけに話したい事があるんです」


 ほとんど内容が丸わかり。どうしたって顔が火照る。

 先輩も察したようだ。


「…………それ、今じゃダメかな……?」


 顔を少し横にして、手で口元を隠して、頬を赤くして、先輩は答えを求めてくる。なんて破壊力。

 ぐらつきそうになるところを、グッと堪える。


「すみません。送別会をちゃんとやり遂げるには集中しないといけないので!」

「……ふふ。やっぱり部長だね。その真面目さなら安心だ」


 先輩は自然な温かさで笑ってくれた。

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