試されるゲーム

 多くの人間が無機質な空間に集まっている。

 緊張している者、目をギラギラさせる者、周りを挑発する者、ただじっと佇んでいる者、様々だ。それぞれ異なる特徴はこの先の波乱を予感させた。


 その光景をモニター越しに見ていた私は、機械で加工した声を投げかける。


『諸君。よくぞ集まってくれた。持てる全てを懸けて試練に挑み、栄光を掴める事を期待している』


 途端に参加者の空気が引き締まった。ざわめきは止み、視線はモニターに釘付けだ。

 デスゲーム。私はこの主催者だった。



 かつて私は莫大な借金を背負い、一縷の望みをかけてゲームに参加した。

 そして最後まで生き残り、無事に賞金を手にした。

 その後はしばらく平穏に過ごしていたのだが、新たな主催者に指名されたのだ。優秀な参加者が現れると代替わりするのが常らしい。

 私に選択の余地はなかった。希望ある残酷が、普通からはみ出した人間達に酷く求められていたから。

 以来、世俗から離れてこのゲームを運営している。


 かつては罪悪感に苛まれたものだが、既に薄れた。かといって楽しめる訳でもない。今では無感情に進めるだけだった。



 しかし今日は違った。

 参加者の反応を眺めているその途中に、気になる姿を見つけたせいで。


「まさか……」


 ピリピリした雰囲気、鋭い目付きの青年。

 そこに混ざる、懐かしい面影。

 もう何年も会っていない息子だと確信した。


 説明も残さず失踪した私を探し、何処かで聞きつけ、こうして会いに来たのだろう。捨ててきた過去が、今更追いついてくるとは。


 このままでは親子での殺し合いになってしまう。


 体が冷たくなる。

 手が、止まる。

 今更躊躇する心があったのか、と意外に思った。既に感情なんてないものだと思っていたのに。


 そんな感傷を振り払って、宣言。


『それでは開始しよう』


 動き出した参加者を眺める。ルール違反がないか監視するのは重要な役割だ。

 だが、つい他の参加者よりも優先して息子を追ってしまう。


 まず待ち構えるは複数の扉。それぞれ異なる記号が表示されている。

 示した謎を解き、正解を選べばいい。

 息子はなかなか動かない。時間制限があり、その時は運任せすらない強制終了だ。私の方が焦る。


 それもあって、堂々と正解の扉へ進んだ時には、つい興奮した。

 そして不正解の扉を選んだ参加者は毒ガスの餌食に。彼らを淡々と処理する動作と先程の反応の違いに、我ながら身勝手さを覚えた。


 二番目は参加者が協力するタイプのゲーム。

 息子は上手く仲間の話し合いを取りまとめ、クリアした。

 失敗した他のグループは感電しているはずだ。


 三番目は二人の対戦型ゲーム。

 勝者は一人だけ。どちらかが確実に命を落とすシステム。


 そこで息子は失敗した。

 しばらく呆然とし、相手が先に進んだ事で、ようやく自らの終わりを知る。

 情けない姿は晒さなかった。

 絶望よりも悔しさが強い顔。気丈な立ち姿。天井のカメラを睨んでいる。


 そして私は、力が抜けていた。

 肉親を失う悲しみか、失態への失望か。区別がつかない。

 ただ、とにかく虚無感が支配されている。


 そんな感情の動きに、改めて動揺した。

 手が震える。喉が渇く。視界が暗くなる。


 ──ならば、もういいのではないか?


 今が、機会だった。

 ゲームを終わらせる理由がある。全て台無しにして理不尽を壊す、正しい人としての理由があるのだ。

 代わりに私がどうなろうとも、それが正解なのだろう。

 今更私の生に未練はない。




 だが。

 今回も、死体が積み上がった。私が積み上げた。

 痛み、苦しみ、嘆きながら潰えた命があった。

 以前までも無数に重ねてきた。

 参加者だった頃にも多くの終わりを見てきた。胸に刻んできた。

 私はあまりにも多くの死を背負っている。


 たかが息子という理由だけで特別扱いするのは、これまで背負ってきた命の価値を貶めやしないだろうか。






 ──もう、引き返せない。

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