さるかっぱ合戦
『猿が河童を殺害。
○月○日、赤信号で待っていた河童を猿が突き飛ばすという事件が起きた。被害者は病院に運ばれた後に死亡。多数の目撃証言はあれど容疑者は未だ逃走中である。
この件について被害者の息子に話を聞く事ができた。
彼によると、以前から両者の間でトラブルがあったようだ。
被害者が落とした万年筆を猿が拾い届け、被害者は感謝してお礼に河童の軟膏を渡す。それで解決したはずだった。
しかし後に万年筆が貴重かつ高価な物だと知ると、猿はお礼が足りないと更なる謝礼を要求した。その後も要求はエスカレート。自分の物だと主張しだし、自宅を突き止め押しかける事までするようになった。
その果てがこの事件だ。
被害者の息子は語る。
「あの万年筆は両親の思い出の品でした。結婚前、お互いに恋の詩や短歌を送りあった、その時に使っていた万年筆なんです。なのに母を強欲だのなんだの好き放題言って、最後にはあの始末。到底許せる訳もありません」
被害者遺族の為にも、一刻も早い解決が待たれる』
ニュース記事はそう締め括られていた。
改めて読んでも、怒りがふつふつと湧いてくる。
やっぱりオレは奴を許せなかった。
直接手を下したいと、憎しみの炎が内側で燃える。
だから、こんなメッセージを発信した。
「この記事を読んで怒りを共有してくれた方々へ。どうか罰を与えるのに協力してくれませんか」
それに、幾つもの声が応えてくれた。
事前に話し合って計画を立て、準備を整え、そして決行当日。
「皆ありがとう」
「河童さん、辛かったでしょう」
「猿の奴を懲らしめてやろうぜ」
「任せろ」
「もう大丈夫です。河童さん」
「必ず成功させるぞ」
集った面々は多種多様だ。
土鍋、超能力者、忍者、北極星人、モアイ像。
河童さん河童さん、と声をかけてくる彼らは純粋そもので、信頼や心遣いが強く伝わってくる。
オレは込みあがる感情を抑えるのに苦労した。
集ったメンバーを、まずはある場所へ招く。
「さあ食べてくれ」
作戦の最終確認を兼ねて、決起集会。
寿司をご馳走するのだ。
旨い食事は士気を高める。決行直前の今だからこそ食事は重要だ。こんなお礼目当てじゃないと言われても、気持ちを受け取ってくれと押し通した。
玉子は出汁が効いた甘さが優しい。
鯛は淡泊ながらも風味豊かで味わい深い。
貝類の歯応えある食感は噛む度に楽しい。
深海魚の握りもある。珍しいだけではなく、本格的な味に驚きと感嘆が広がった。
そして鮪。やはり脂の乗ったトロは絶品で、遠慮なく舌鼓を打つ。
食後には紅茶。意外に思われたが種類次第では和食にも合う。特に今日は爽やかな香りが脂をスッキリさせてくれた。
メンバーは大いに喜んでくれた。
勝利の美酒も用意してある。日本酒にワイン、どれも最高級品を取り揃えたと言えば増々盛り上がる。
作戦成功を誓って、オレたちは決戦の地へ向かった。
「……来た」
奴の家を見張れる位置で待つこと、一時間。オレは興奮を抑えきれずに笑う。
憎々しい赤い顔。毛むくじゃらな体。
間違いようもなく奴だ。
オレの敵。
メンバーは既に配置に着いている。
オレは一人、様子を見るべくこっそり奴の家、窓の傍へと近付いた。
「……なんだこれ」
奴は早速テーブルの上の仕掛けに気付く。
最初の刺客、土鍋だ。
蓋がされた中身は熱々の、煮えたぎる鍋焼きうどん。
そうとも知らずに奴は不用意に近付く。
「今だ」
蓋に手を伸ばしたところを狙い、作戦開始。
土鍋が、自ら飛び上がって中身を奴にぶちまける。
「食らえ、吃驚返し!」
「ぎゃああっ! 熱っっ!」
苦痛に満ちた悲鳴があがる。肌は火傷していた。
奴は慌てて水場に走る。
そこには、忍者から借りた苦無が隠してある。それを、超能力者が念力で動かした。
「いくぜ、
「ぐうっ!」
咄嗟に顔をかばった腕に、苦無が深々と刺さる。
念力で抜き、重ねて襲いかかる。
奴は血を流しながら、今度は外へ向かった。
「何なんだ一体!?」
玄関のすぐ前には川。ひとまず身を隠そうとしての選択だろう。
だがそこには、水遁の術を使って忍者が隠れていた。
素早く飛び出し、第三撃。
「……縛走鎖牢」
「ぐぅ!」
鎖鎌の分銅を投げ、奴の体に絡みつかせる。
動きを封じた。どれだけ藻掻いても逃れられない。
最後は、頭上。
その丸いシルエットは未確認飛行物体。
北極星人が操縦する、
その上から、モアイ像が飛び降りた。
数百メートル上からの天罰。
「
唸る風。圧倒的な猛威。
正に必殺の一撃が空より来たる。
奴は悔しげに呟く。
「この……クソ、ここまでやるのか、猿め……っ!」
大地を揺るがす衝撃が走る。
もうもうと砂煙が舞った。
しかし、それが晴れると、失敗だと判明した。
奴は逃れていた。鎖が巻き付いたままで離れた場所に移動していた。
奴自身の動きではない。
念力だ。
忍者が超能力者に詰め寄る。
「何故助けた」
「や、だって今、猿って……」
しどろもどろになりながら超能力者は答える。
それを聞いた残りのメンバーは不審な目で奴を見た。
奴は、毛むくじゃらの体を見下ろして、言う。
「……俺は河童だ。河童といえば緑で有名だが、これでも河童の仲間なんだ。正確には
その言葉に、大きな驚きと動揺が走る。
仇討ちの仲間が、一斉にオレの方を戸惑いと疑いの目で見た。
「そんな苦し紛れの言い訳を信じるのか!? 嘘に決まってるだろ!」
「それは……」
「どうやって確かめれば……」
「……『あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな』この意味が分かるはずだな? 両親は短歌を送り合っていた、そう記事にも書いてあったはずだ」
「……はあ? そんなの、哀れな人が……」
「分からないんだな。これは、自分を哀れむ人が思い付かない、このまま虚しく死んでいくんだな、と嘆く歌。奪い騙し、他者を利用するしかない、お前のような歌だよ」
言葉に詰まったオレに、煽る台詞が投げられた。
しんと嫌な沈黙が辺りを包む。
集まったメンバーの視線は鋭く、立場は完全に逆転していた。
……限界か。
オレは誤魔化すのを止めた。
「……そうだよ、オレが河童のババアを殺した猿だよ! でも、ま、間違えても仕方ねえさ。河童なんて初めて見るんだもんなあ? だからってこんなモンで信用するオマエらには、笑いを堪えるのが大変だったぜ!」
頭の皿と、背中の甲羅を脱ぎ捨てた。塗料で緑に塗った体は簡単に戻せないのが残念。
方々から怒りの声が飛んでくる。
「騙していたのか!?」
「人聞きの悪い。オレは嘘なんて言ってねえ。お前らが勝手に勘違いしたんだろ? オレはただ、好き放題オレだけを悪く言う奴が許せなかったんだ。大人しくアレを渡してれば誰も死なずに済んだってのによ!」
溜まっていた鬱憤を晴らすように高らかに気分よく笑う。
しかし、そこで奴が。
「臆病者がよく吠える」
「あ?」
カチンとくる。が、上位は揺るがない。
冷笑で返す。
「負け犬の遠吠えだな」
「俺を恐れて、隠れて逃げ続けて、その果てに他者を騙して巻き込んだ臆病者だろう。俺こそ、この時を待っていたんだ」
「済まない。今度こそ手伝わせてくれ」
「騙されたとはいえ悪かった。次こそ」
他の奴らが駆け寄る。が、奴は手で制した。
「一人でいい。これは、俺のすべき事だ」
意地なのだろうが、好都合とほくそ笑む。
満身創痍の奴一人なら楽に仕留められる。
もっとも、保険にと決起集会の食事に薬を混ぜてあった。他の奴らはじきに効いて動けなくなるはずだ。
オレはダミーの甲羅からナイフを取り出す。
鋭い凶器を突きつける。
が、奴はピクリともしない。口だけのカッコつけか。
猛然とオレは走り、勢いを乗せて心臓へ。命を獲る。
その直前、静から動へ。
奴が目にも留まらぬ早業で手を打つ。
「河童流相撲術──暗黒猫騙し!」
衝撃と音が弾けた。
感覚が消える。硬直。動きが縛られた。
ただ、それもたった一瞬。
すぐに五感を取り戻す。しかしその時既に、オレの体は浮遊感に包まれていた。
「河童流相撲術──駒引投げ!」
「がっ……は!」
頭から地面に直撃。
激痛が駆け抜けた。
指一本も動かせないし、力が抜けていく。
正義の勝利だと、奴らの祝福が聞こえてきた。薬の効果があるだろうに無理して、歓声と拍手を送り、歌い踊っているようだ。
クソ!
こんな
そう思うが、意識は薄れていく。終わりに向かっていくのを感じる。
最後に、冷たい声が聞こえた。
「永遠に地獄で反省していろ」
(お題: 永遠 鍋焼きうどん ニンジャ 河童 黒猫 うた 日本酒 未確認飛行物体 モアイ像 叙述トリックの使用 ひしゃく 飯テロ要素の使用 念力 万年筆 ピアス カーテンコール 紅茶 深海 赤信号 和歌or俳句の使用)
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