嫌な現実からは逃避したくなる
「ごめんなさい。翼先輩の事、そんな風に見てなくて……」
二人きり。学校の帰り道に寄った公園。
勇気を出した告白に、光ちゃんは困り顔で微笑んだ。明らかな気遣いが、逆にノーの返事を際立たせる。
可愛い顔が台無しだ。
そんな顔にしたのは、間違った選択をしたのは、自分のせいなのに。
なのに、ショックを受けて落ち込むなんて、図々しくて情けなくて、増々後悔の気持ちが……
「おい! おい、動いたぞ!」
「え? あ、はい!」
仲間に呼びかけられて我に返った。
眼の前は廃墟のビル群。
自分の服装は丈夫な軍服に、更にプロテクターやヘルメット。
手には無骨なアサルトライフル。
戦闘の為の格好。
さっきまで思い出していた光景とは全然違う世界。
正確に自分の現状を認識する。
現実は現実。ゲームはゲーム。
リアルな没入型VRゲームだからこそ、キッチリ二つの世界を分けて集中しないといけない。いくら忘れられない出来事だとしても、今考えるべきでない事に没頭し過ぎていた。
「すみません」
自分が悪いので素直に謝る。
でも流石に待ち時間が長過ぎた。
大規模な作戦でそれぞれ勝手な動きをしたら総崩れするのは分かるけど、それにしたってやりようはあったと思う。
暇なんだから関係ない事考えててもしょうがないよね。
なんて心で言い訳しつつ、前を見た。
クリーチャーの群れが迫ってきている。
二足歩行で、粘液を纏っていて、背中に装甲があって、頭だけがツルリとした金属質。
正式名称はあったはずだけど、皆適当にキモカッパとかグロカッパとか呼んでる奴だ。
他の部隊が囮となって引き付けてきて、自分達待ち伏せ部隊と挟み撃ちする手筈。それが、今だ。
グロカッパの群れの横っ腹に狙いを定めて、連射。
甲高い射撃音が続く。仲間達と弾幕を張り、囮部隊との十字砲火で次々に倒していく。
こうやって一心不乱にぶちかますのは、鬱屈した気分も忘れられるし爽快な気分になっていい。
ひとしきり皆で撃ちまくると、グロカッパの攻勢が途切れた。一方的な無傷の勝利。
となればまた待機だ。
次の敵が現れるまで、弾薬を補給して緊張感を維持しないといけない。
だけど。
──もしかして、鍋焼きうどんキーホルダーがよくなかったかも。
ふと、考えがよぎる。
光ちゃんはああいうのが絶対好きだと思った。
カバンにラーメンとナポリタンの食品サンプルキーホルダーをつけてるから。
でも、むしろイジられてるとかネタにされてるって、嫌われ判定されたかも。
小柄の割によく食べて、それがまた可愛いけど、小さいのがコンプレックスで大きくなる為にたくさん食べてるって話なんだし。
無難な物の方が良かったか。
プレゼント選びは難しい。
いや、そう言えば猫耳パーカーなのを黙って着せた事もあった。
普通のパーカーのつもりで着たのに、フードを被ったら猫耳付き。それに気付いたらメチャクチャ恥ずかしがってた。
黒猫光ちゃんはとてもとても可愛かった。好感度を犠牲にしても悔いはない。
と思ってたけど、もしそれが理由でフラれたんだとしたら……
「おいコラ! またかよお前! もう来てるって!」
再び仲間から叱られ、この暴力の世界に戻ってきた。
白々しく謝って集中し直す。
今度は前じゃなくて上。
空に飛行物体が見えていた。正体分かってるから未確認じゃないけど、今でも皆はUFOって呼んでる。
これは大物の登場だ。唾を飲み込み覚悟を決める。
UFOの底部から、光に包まれて大きな何かが降りてきた。
その正体に、思わず呻く。
「げ」
巨大な顔に手足のない胴体がくっついた存在が浮遊している。見た目から、あだ名はモアイ。
皆に嫌われる特性を持つ敵だ。
モアイは大口を開けると、広範囲の音波攻撃を放った。
体力も精神面も削る破壊の歌が全方位へと響き渡る。
「撤退!」
指示を受けて部隊皆で後退していく。
ヘルメットに防音機能はあるけど、それも貫通してくる厄介な攻撃。
距離をとるのが数少ない解決策だった。
退きながら射撃はするけど、効き目は薄い。
でも、仲間は自分達の前線部隊だけじゃない。むしろ囮になって、後方部隊の働きに任せる局面だ。
耐えられるギリギリの持ち場で踏み留まる。
ただ、相手は喚くだけが取り柄じゃない。
突然モアイが急降下。
地面への衝撃が強烈な震動を生む。バランスを崩して転んでしまった。
「ひゃ!」
……変な声が出た。
他にも何人か転んだし、音波もあるから他人には聞かれなかったはず。
恥ずかしさは我慢。
慌てて立ち上がろうとして、そこで悪寒が走る。
すぐ近くにグロカッパ。
上ばかり見ていて、接近に気付かなかった。部隊が囲まれかけている。
至近距離で射撃。音波に集中を乱されながらも倒す。倒す。撃ち倒す。
だけど、今度はこちらに意識を向け過ぎた。
モアイが、ほぼ真上に移動していた。
落下されたら押し潰される位置。そして大質量が迫る。
「あ……」
スローになった世界で、場違いな思い出が心を占めた。
リアルに浮かぶのは光ちゃん。
これが走馬灯か。ゲームなのに鮮明な体験が脳裏を駆け抜けていく。
やっぱり好きだ。
改めて確信。
失敗を取り返して、また告白しよう。今度はちゃんと光ちゃんの事を考えて。
その機会がまたある、だなんて都合が良い妄想にも程があるけど……
「おい、おいって! 助かったぞ!」
三度目の呼びかけで走馬灯から帰還した。
確かにモアイの動きが止まっている。
戸惑いつつも、今の内に慌てて退避。
落ち着いて見上げれば、空のUFOから煙が上がっていた。
どうやら
とはいえ自動制御と内蔵エネルギーに切り替わればまた動き出すはず。
その前にアサルトライフルを構える。
やられた仕返しや八つ当たり、その他色んな思いを込めて激しく撃ちまくった。
仲間と共に戦場から宿舎に帰ってきた。
緊張感から開放されて一息ついていると、陽気に声をかけられる。
「ほら、打ち上げだ! 今日はな、なんと隊長が秘蔵の酒をご馳走してくれるらしいぞ!」
「すみません。今日はちょっと都合が悪くて……」
適当に濁して打ち上げから逃げる。
しつこく食い下がって誘ってきたけど、日本酒の凄い高級な銘柄とか言われても知らないし。下戸って言ってるんだから誘わないでほしい。
そもそも仲間だからって、別に戦場以外でも一緒にいたくはない。
死にかけた経験とか思い出して嫌だ。
それより光ちゃんだ。
早く会いにいきたい。
理想の世界に飛び込む為、自室へ急ぐ。
現実は嫌いだ。
宇宙人だかなんだか知らないが、未確認飛行物体が侵略してきてSFパニック物みたいな世界になってしまったこんな現実なんかより、平和なVRゲームの方がずっといい。なんなら永遠に過ごしていたいくらい。
「光ちゃん、今会いにいくからね!」
逸る気持ちもそのままに、恋愛シミュレーションVRゲーム「虹色プレシャスルート」を起動するのだった。
(お題: 永遠 河童 ニンジャ 鍋焼きうどん 黒猫 未確認飛行物体 日本酒 うた モアイ像 叙述トリックの使用)
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