第1回 匿名闇鍋バトル
黒猫は猫舌である
黒猫は猫舌である。
だから鍋焼きうどんが食べられない。
いや、勿論冷めたら食べられるのだが、やはり熱々のものを食べたいという願望は捨て切れなかった。
憧れはいつからだったか。
いつか目にした、人が鍋焼きうどんを食べる姿は、今でも鮮明に思い出せる。
嗅ぐだけで満たされる香り、幸せそうな顔、ハフハフと吐く白い息、豪快にすする音、空腹を大いに刺激するそれら全ての要素が心に焼き付いて離れない。
黒猫は鍋焼きうどんにすっかり魅力されてしまったのだ。
無論人間の食べ物だ。本来黒猫が食べるものではない。
だが黒猫はただの猫ではなかった。
黒猫は百年を超えて生き続け猫又になった猫であり、ニンジャでもある。
それも猫又の長寿を活かして長年修行を続ける黒猫は、ニンジャとして凄腕だ。人間とも協力してきたし、なんなら教える立場ですらある。
現代のニンジャの主な仕事は妖怪退治。
猫又と同じ神秘の存在、社会に潜む闇の存在、秩序と相容れぬ存在を、ひっそりと排除するのが役目だ。
先日も河童の群れを退治した。
猫が苦手な水場に巣食う妖怪である。
被害者を川に引きずり込み溺死させる河童。
まずは隠れて奇襲して数を減らし、気付かれ戦闘態勢に入られると、相撲の投げ技をかい潜って忍術を見舞う。
苦戦はすれども、無事に仕事はやり遂げた。
そんな一仕事を終え、黒猫は思った。
激闘の結果、体が濡れ、冷えた。
寒さに震える今なら鍋焼きうどんを食べられるに違いない、と。
早速試してみた。馴染みの人間に用意してもらい、宿命の相手と対峙する。
豊かな香りに期待が膨らむ。
今こそ待ち望んだ瞬間と、勢いよく口に運んだ。
が、結果は惨敗。
黒猫は情けなくも悲鳴を上げ、舌は火傷した。
冷えた体でも熱いものは熱い。受け付けないものは受け付けない。
不思議なものだ。河童に勝てて、鍋焼きうどんの熱さに負けるだなんて。
悔しさを胸に、雪辱を誓った。
繰り返すが黒猫の忍術の腕前は高い。
丹田に気合いを込めれば忍術は使える。
ただ、どれだけ修行しようと、猫舌を克服する忍術はない。新しく作るのも現実的な案ではない。
舌を鍛えるというのも難しい。
だが、鍛えられない事もないはずだ。
ニンジャの修行と言えば、成長する木を毎日飛び越えるというものがある。
だから黒猫はぬるま湯から始めて、毎日少しずつ熱くした物を飲むという修行をしていた。少しずつ鍛えていけばいつか鍋焼きうどんの熱さも克服出来る、と。
だが、ある温度から飲めず、止まっている。
毎日続けようが、舌は熱を堪えられない。
黒猫は現実に打ちのめされた。
何度舌を火傷したか分からない。
絶望にも似た諦念が忍び寄る。
修行を休む日が徐々に増えてきた。
憧れを捨てねばならないのか。
熱々の鍋焼きうどんを食べられる日は、永遠に来ないのだろうか。
諦めた方が楽だ。
何度もそう思った。
そんな時には、夢を見た。
あの、焼き付いた素晴らしき光景の夢を。
やはり、あの時の鍋焼きうどんが忘れられない。
ニンジャとは、耐え忍ぶ者であると師匠は言った。
ならば熱さも耐え忍ぶべきだ。悔しさと、絶望も。
故に黒猫は修行を続ける。
猫又であるが故に寿命は幾らでもある。
それこそ、永遠に迫る程に。
心が折れない限り、あるいは熱さを克服して食べられるようになるまで……黒猫と鍋焼きうどんとの戦いは続くのだろう。
(お題: 永遠 河童 ニンジャ 鍋焼きうどん 黒猫)
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