4話 わたしの勇者さま
『──ああああぁぁぁァァッ゛!!!!』
その日、わたしたちは目を疑うような光景を目の当たりにした。
泣いていた。
彼が。
誰もいない、ただ広いばかりの草原に聳え立つ樹木の根元で、たった一つの墓石の前で──泣いていた。
彼は勇者だ。
名をタイガという。
救世主の一人という
教会に仕えそのすべてを間近で見てきたわたしからすれば、突然ここへ呼ばれた彼の心境は察するにあまりあった。
勇者を支持する市民と違い彼の事情をすべて知っているからこそ、タイガ様の気持ちを思いやることができていた。……そのはずだった。
辛いだろう。
苦しいだろう。
そして何よりとても悔しいに違いない──と。
だが結果的にわたしのそれは、浅はかな思い込みでしかなかったらしい。
神祇官に王の紋章を与えられ強制的に勇者となったタイガ様は、来る日も来る日も魔物との闘いで心を摩耗していた。
分かっていたのだ。立ち振る舞いから察していた。元いた世界では彼は命の奪い合いなどしていなかったのだと。
状況の飲み込みが早く一定の冷静さと容赦の無さからして、貴族の出だということは大方予想がついていた。
だが実際に剣をもって戦場で意思を持つ相手を殺すというのは、決して上に立つ人間がやることではない。
彼がやることではない。
そんな状況に放り込まれて平気でいられるはずがないのだ。
余程強い心の支えでもない限り、踏みしめられた小枝の如く簡単に折れてしまうに違いない。
だからこそ、わたしがその支えになろうと思った。
孤独で冷たい世界に放り込まれた彼のせめてもの拠り所になってあげようと。
それが無辜の人々を導く──聖職者の使命であるはずだから。
戦いの支援は当たり前だ。
それを怠らないのは前提として、彼を支えるためには戦場以外での場所でのケアだと考えた。
まずタイガ様が住むこととなった住居によく足を運んだ。
炊事洗濯はもちろんのこと、この世界での常識や歴史など知りたい情報の収集なども自ら買って出た。
とても無口で知らない人から見れば無愛想な人に見えるかもしれないけれど、聖剣に適応したことからも分かる通り彼はとても優しい心の持ち主なのだ。
それを知っていたからこそ力になってあげたかった。
優しい人は誰かの分まで痛みを耐える人。
優しい人はとても傷つきやすい人だから。
湯浴みのお手伝いやお耳のお掃除など、リラックスになると思ってわたしが提案したものはすべて『気遣いは不要だ』と一蹴してしまうストイックなお人だけど、彼が自分に厳しい分わたしは彼にとって負担にならない──癒しを与えられる存在になろうと考えていた。
けど間に合わなかった。
タイガ様は、いま、自身の心を壊している。
『どうしたらいいんだ親友ッ!! 教えてくれェッ!!!』
今朝、彼が神妙な面持ちで家を出た。
いやな予感がして悪いと思いつつも、後を追って後悔した。
──亡き友の墓標の前で、彼は失意の底に沈んでいたのだ。
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