第2話 後転

 怒りは過去のものではない


 そこはとても明るい場所だった。穏やかな風と、緑の豊かな場所だった。あの日まで、だが。

 あの町は一般的な田舎だった。

「ね、ダン、聞いてる? もしもーし」

 あの日もいつもと同じような日常だった。

「聞いてるよ。新型の竜機モータードラゴンだろ? 王武オーブが特殊だからって、そんなに見たい物かね」

 学校の帰り道、幼なじみのレイナ・リュラが隣ではしゃぐのを聞き流していたのを思い出す。

「そう言わないでさぁ、ちょっと見せてくれるだけでいいんだよ」

 ね?とウィンクされて少しだけドキリとする。もうすぐ18歳になるというのに、こいつは子供のころから変わらない。竜機モータードラゴン好きで、うちの工場に入り浸っている。身長が伸びても平気で抱きついてきて、家に上がり込んで晩飯を食っていく。

 俺の想いを知ってか知らずか、一歳年上の姉のように振る舞う。

「わかった、わかった。じいちゃんに聞いてみるよ、でも王武オーブ解放が見れると思うなよ?」

 実際その日、王武解放をレイナが見ることはなかった。

 分かれ道で一旦レイナと別れると、俺は家へと自転車のペダルをこぐ。居住ドームの空は夕方の空を映し出していた。魔獣の侵入を防ぐための防護壁は外の景色を画面に映している。しかし風だけは人工の物ではなく、外部からの搬入口ゲートから入り込む自然の風だった。

 家の前に珍しく車が駐まっていた。このあたりというか、このドームじゃ見ないような最新型の車だ。黄色のボディは光沢があるが、この田舎道を走行したせいか少し埃っぽい。

 俺は自転車を車庫に入れると、家の裏手へ回り込んで勝手口から家に入った。来客があるときは玄関から入るなとじいちゃんがうるさかったからだ。そして、自室へ一旦荷物を置きにいくために階段をあがっていると、リビングから来客と父さんが話ながら出てきた。

 来客と少し目が合い、会釈をすると、その男はにこりと微笑む。シャツにスラックスの役人のような服装で、髪型はオールバックの金持ち風の男だった。父さんが促して玄関から出た二人は、工場へといくみたいだ。この様子だと、レイナの見学は断らないとまずいかもしれない。

 そう思っていたが、荷物を置いて一階へと戻ると外から聞き慣れない車の音がして、遠ざかる音からさっきの車が遠ざかっていくのを感じた。実際玄関から外を見ると、父さんが車を見送っているところだった。

「ダン、今度の竜機――『テュフォンゼクス』は高く売れそうだよ。さっきの、クロウ・アリデッドさんがずいぶん気に入ってくれてね」

「へえ、小遣い上がる?」

「そこは母さん次第かなあ」

 俺の言葉に父さんは笑う。

「そういえばレイナが今の話の竜機が見たいって言ってたけど?」

「レイナちゃんも好きだねぇ、判った。親父オヤジに聞いてみるからちょっとそこで待ってて」

 そう言うと父さんは工場の扉を開いて中のじいちゃんに声をかける。じいちゃんは機嫌がいいのか、一言二言会話して父さんが再び工場から顔をだす。

「良いってさ、ちょうど区切りがいいところまで来たんだ。それに今回は自信作だから自慢したいみたいだよ」

 そんな言葉に胸をなで下ろす。レイナのやつ、俺が電話する前にすでに家からこちらに向かっていそうな勢いだったから、断られてたら愚痴を聞かされることになっただろう。

 レイナの家に電話すると、案の定すでに家からこちらに向かっているらしく、電話をとったのはレイナの母親だった。電話を切ると間もなく、レイナが外から声をかけてきた。

「こんにちは! ダン? いる?」

「ああ、今電話したところだったんだよ、いいよな原付は」

 外に出るとレイナは最近買った原付を車庫に入れるところだった。学校に乗っていくことは禁止されているが、それ以外なら乗り回しても問題ない。なので俺も早く買いたいのだが、免許を取れる年齢になっていないのでまずは誕生日を待たなけりゃならない。

 俺が工場の扉を開けると、後ろからレイナが挨拶をする。

「こんにちは~! おじいちゃん、新型見に来たよ!」

工場全体に響く声で、じいちゃんが振り返る。

「おお、来たか。『テュフォンゼクス』は全身組み上がって調整中だからな、王武解放は見せられんぞ」

 しゃがれた声で言ったじいちゃんにレイナが近寄る。機嫌の悪いときには冷たくあしらうじいちゃんだが、レイナのことが嫌いなわけではないようだった。巨大兵器を組み立てているのだから小さなミスが命取りになるのでそんなときに愛想良く近所の子供に接することができるかと聞かれたら、俺だって自信はない。

 全身組み上がった竜機モータードラゴンは立て膝をついた状態で、この状態には珍しく武装が付いていた。

「どうどう? あたしの作った剣、良い感じでしょ?」

 俺の方を向いてレイナが言う。この剣を?と聞き返すと、満面の笑みでそうと答える。

「ま、及第点だな。納品先ですぐに外されるだろうよ。成金が買うんだと」

 じいちゃんの言葉にレイナが不満そうに声をあげる。

「えー! あたしの剣の良さが判らないような人が買うの~?」

「お前の父親くらいのを作れるようになってから言ったらどうだ、お前さんのはオマケでくれてやる程度のもんだ」

 レイナの様子を見ていたじいちゃんはそう言って笑うと、鍵を俺に投げてよこす。

「今日の作業は終わりだ、気が済んだら電気消して鍵かけとけよ」

「わかった。お疲れ様」

じいちゃんが工場を出て行き、竜機へ向き直る。

「やっぱり駄目ダメかぁ~。買い手の人がいらないんだったらさ、ダンがもらってよ」

「竜機用だろ? もらってもさ」

 竜機を見ていたレイナがこちらを向かずにそう言ったので、俺はレイナの隣まで歩く。

「あたし、学校卒業したら、修行に行くんだ」

 急な宣言に、驚く。どこにと聞き返す前にレイナはつぶやくように続けた。

「51番ドームの大学に進学して、叔父さんの工場で鍛冶の修行」

 51番ドームといえば大陸でも中心のほうで、かなり都会だ。こことは全く違うだろう。そんな遠くに行ってしまう幼なじみに、何と言葉をかければ良いのだろう。しばらく考えこんでしまい、無言の時間がながれる。どれくらい黙っていただろう。

「わかった、買い手がいらなかったら、俺がもらうよ。」

「ホントに?」

「で、俺がここの工場継いで、レイナに竜機の一機もおごりで作るさ。そいつに持たせて返すってことで」

 俺の提案にレイナが笑う。

「何それ、結局あたしに返すんじゃ、やっかいばらいじゃん」

俺も笑ってひとしきり笑い終えると、レイナがつぶやく。

「それも、いいかもね」

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