暗転竜機テュフォンゼクス
秋月竜胆
第1話 暗転
暗い、底にいた
長い夢を見ていたように、意識がぼんやりとしている。いつからここにいたのだろう。自分が誰だったのか、ここが何処なのか。周囲は機械の寄せ集めで、そこかしこにボタンがついている。うっすらと発光するそれらを見ていると、自分の頭の動きに合わせて周囲の画面が動くのに気付く。しかし、その画面に映るのは暗闇だけ。
再び周囲を観察すると、手元にレバーがあるのに気付いて握ってみる。そして、動かしてみると変化があった。画面にも手が映るのだ。機械の手がそこにぼんやりとした輪郭で表示されている。右手には長い棒のような物を持っていて、それが剣だったと思い当たる。そうだ、少し思い出した。この場所は
思い出したといってもそれくらいで、後は「足元のペダルを踏むと歩くことができるんだったな」と独り言をもらす。
剣を杖の代わりにしながら歩みを進ませる。暗くて何があるか判らないのだ。
どのくらい進んだのだろうか。意識を取り戻してから、真っ直ぐに進んだが灯りも見えない。しかし、土のような足元から急に石造りの道のような感触に変わった。
『おい、あんた』
暗闇の向こう側から声が聞こえる。しゃがれた男の声だ。杖代わりにしていた剣を声の方へ掲げると、驚いたような引きつった声がした。
『ひっ! よしてくれ、やり合おうってんじゃないんだ、ホントさ』
眼をこらすが、相手の姿は見えない。ただ声の方へと意識を向ける。
『ゲヘナに堕ちてきたばかりなんだろう? 困ってるんじゃないかね』
『それがこの場所の名前か』
こちらの言葉が外部に出力される。そこで相手は少しほっとしたようで話を続けた。
『そうさ、あの穴から堕ちてきたんだろう? まさにこの底こそ
姿の見えない相手だが、ニヤニヤとした薄ら笑いを想像させる。
『
そう言われて、一瞬また何かを思い出す。半分無意識に右手のレバー、小指部分に付いているボタンを押し込む。すると、エンジンが高い音で
周囲は石造りの家や道。そして背後は森のようだ。前方には街が続いているが人の気配なく、ただ一機の竜機が立っていた。話しかけてきたのは、この機体だろう。自らの剣も見えなかった切っ先がその竜機に向いているのが確認できた。もう少しで首元に刺さるところだったようだ。
『ほら、見えただろう、危ない物は下ろしてくれないか。少し話でもと思っただけさ』
たしかに、襲うのなら最初から攻撃すればよいのだ。俺は納得して、剣を下げる。
『空を見てみな、見えるだろう。恨めしきかな天上の大穴さ』
うながされて空を見上げると、月が出ていた。いや、この男がいうようにこの場所へと落ちる大穴なのかもしれない。光ってみえるが、周囲を照らすことはない。
『飛べる竜機もあそこまで飛ぶ前に撃ち落とされる。
『七帝龍王? そいつらがここの支配者か?』
俺の問いに男が頷く。
『そうそう、なんでも原初の竜機を駆る長たちさ。半数の四人倒せば理がほころんであそこまで飛べるって話だがね。いひひひひ』
嘘か誠か、下品な笑い声でひとしきり笑うと、息を整えてから男は続けた。
『そうだ、お前さん行くところがないならうちの村で働かないか』
『村? こんなところに人の集まりがあるのか』
男は竜機を振り向かせて、遠くを指さす。
『山一つ越えたところに集落がある。このあたりは魔獣や野良の竜機がうろうろしているからなぁ、あいつら音やら光に寄ってくるから用心棒の仕事ならいくらでもあるさ』
『なるほど』
魔獣というのは竜などと同じく、巨大な原生生物だ。ここでも人の驚異となっているのだろう。
『そうと決まれば、善は急げだ』
そう言って向き直った男の竜機は一歩、こちらへと踏み込んできた。
『こっちだ、ぜ』
そして、次の瞬間、言葉とともに俺の竜機の右手を小突いて、手放してしまった剣を奪い取る。あまりの鮮やかさに驚き一瞬呆然としてしまう。と、そのまま体当たりをきめられ、背後へ転倒。
『あばよ! 野良の竜機に気をつけるんだな! いひひっひひ』
遠ざかる声を聞きながら、竜機を立ち上がらせる。周囲が闇に包まれているのに気付いてすぐに
周辺が再び見えるようになると、男の竜機はだいぶ遠くまで逃げているようだった。追いかけて走り出すが、うなり声が周囲から聞こえてきている。それらもこちら位置を探るように、吐息を使っているようだ。しかし、高い咆吼ではなく、うめくように低い音だ。男が言っていた野良の竜機だろうか。
邪魔されては追いつけなくなる。男と違い土地勘のないこちらは定期的に吐息を使わなければ地形が判らない。音につられた野良竜機に足止めさせる算段なのか。
「あの剣は、あの剣だけは」
思わず口から漏れた言葉にはっとする。何なんだ。あの剣は、俺の。思い出せない。
『そうだ、お前の剣だ』
誰かの言葉に驚きつつ周囲を見渡すが、男は遠く、集まりつつあ野良の竜機以外には言葉を発するような存在は見受けられない。
『忘れたか、ダンよ! 我は常にお前と共ある』
ダン。そうか、俺の名前だ。ダン・ナスルターイル。そして、声の主、俺の竜機の名は――
「テュフォンゼクス!
俺の言葉により、竜機テュフォンゼクスは
周囲の大気を巻き込んで、背中で爆発が起きる。それは自壊すらしそうなほどのものだったが、それこそが最大加速を生みだす。剣を奪った男へと一直線に、水平方向へと飛翔する。竜機の持つ右手の剣を追い抜かす瞬間につかみ取る。
通り過ぎた後、急減速した機体が軋む。制動をしつつ右足を軸に背後へ向き直る。警戒を解かずに男の竜機を見やるが、その姿は弱々しい。
『なんだ、そいつはぁ』
男が声をあげるが、もはや竜機は立ち上がるのもやっとのようだ。剣を奪い返すときの衝撃で持っていた右腕が大破し、胴体や右脚も破損したらしい。これ以上何かされても面倒なので、とどめを刺したほうが良いだろう。奪い返した剣を向けると、男は怯えた声をあげる。
『み、見逃してくれ、ほんの出来心ってやつさ、あんたの剣あんまりにも見事な品だったから』
剣を向けたまま、俺は問う。
『さっきの話、村は本当にあるのか』
『ああ、本当さ、嘘もホントも混ぜて話のがだます秘訣ってやつで』
『そんなことは聞いていない。今後一切俺に関わるな』
そう言って俺はテュフォンゼクスを振り向かせる。山を越えた先へと向かわなければ。情報を集めて帰らなければ。
『ああ、一生、お別れだ、な!』
背後の気配がこちらへと向かってくるのを感じたが、俺は無視して歩き出す。男の竜機がこちらへと攻撃していたようだが、届かない。
周囲には多数の影が迫っていた。先ほどの王武の音を聞きつけた野良竜機たち。俺と男が会話している間に追いついていたのだ。
『なに、やめろ! おい、助けてくれ!』
男の竜機にそれらは殺到する。それほど足の速くない野良たちは動けない男のほうを獲物と認識したようだ。
野良竜機たちは自らを操作する搭乗者を欲する。それぞれが男を掴んで奪い合い、肉体を四方に引き裂いた。断末魔が響くが、後ろを確認している暇はない。
俺は戻らなくてはならない。俺をこの
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