第57話 金髪ギャルと夏期講習後のデート3~兄妹馬鹿~

 喧しいセミの声も紛れる七色の音に隠され、分厚い一夏の熱も天井の息吹きで涼しくなった。ショッピングモールのアミューズメントエリアに入ると、俺たちはその奥にあるボーリングエリアに向かっていた――――のだが、妹は突然その脇にあるゲームセンターエリアのほうへ走った。俺は茨田の文句を片耳に妹の可愛らしい尻尾を追いかけた。


 「お兄ちゃん!」


 妹は急に止まるとクルっとポニーテールを回した。その小さな人差し指をよくあるお菓子の回るゲームへ向けると、キラキラした目で俺を見つめた。


 「これ取って!」


 妹はその満面の純粋な笑顔から全ての闇を祓うであろう聖なる光を解き放つ。高校生となってやや毒されつつあった俺の心は、そこにあった微睡は一掃された。ゆえに俺は、隣りで鋭い目つきで俺を睨む茨田に構わず、すぐに言った。


 「お兄ちゃんに任せなさい!!」

 「やったー!」

 「理、ボウリングは? ゲームは後でいいでしょ」


 無邪気に喜ぶ妹とそれに感化された俺を茨田は差し止めた。その目つきはかなりキツイ。逆らえるはずもない。その言い分もたしかでもある。とはいえ、なぜここまで威圧してくるのか、怒っているのか。ちょっと遊ぶくらいでここまで? 

 妹には悪いが、仕方ない。そう妹を慰めようとすると妹は涙ぐんで、俺を見ていた。


 「お兄ちゃん? だめ?」

 「だめなわけないだろ! 全部取るぞ!!」

 「わーい!」


 俺は茨田に構わず、勢いのまま両替機へ突進し一万円札を百円玉に溶かす。妹はその笑みを俺に見せた後、意味ありげに茨田へ見せ、茨田はさらに機嫌を悪くした。が俺は知らず、クレーンを聳え立つお菓子のタワー目掛け乱射した、乱射しまくった。

 俺はやはりゲーマーだからか、たったの十万円で中にあるお菓子を全て外に出した。山に変えた。


 「我が妹、これでいいか」

 「お兄ちゃんすごーい!!」


 妹は健気に笑い、パチパチと拍手する。それで俺は気持ちよく大いに「わっはっは!」と笑い飛ばすした。こんなことできるのはお兄ちゃんだけだぞと。周りで不健康に青い顔をしている店員などに見せつけた。茨田もその一人だった。

 妹はそんな茨田に見せつけるように俺の腕に絡まって、わいわいと喜ぶ。俺はお兄ちゃんらしさに満たされていた。が、しだいに凍てついた茨田の視線に気付いて、我に返った。


 「茨田、そんな目で見るな」

 「……兄妹馬鹿もいいとこだわ」


そう言われると恥ずかしくなってしまった。元々茨田とのデートだったのに、さすがに放ったらかしにし過ぎた。これじゃ茨田から嫌われてしまう。


 「俺は一体何をやっていたんだろう……」

 「妹に言われて菓子に十万円使ったんでしょ」

 「は? 菓子に十万円も使ったのか」

 「そう、お菓子なんかに十万円。こんなにあったって――」

 「クソ! あのゲーム機を攻略するのに十万円もかかってしまった! ゲーマーの名折れだ!」

 「え、まだ正気に戻ってない?」


 さらに引いてる茨田と顔を合わせるも意味が解らずに惚けていたら、今度は呆れたようで溜息をつかれた。これにはさすがの茨田ファンの俺も少し興奮した。

 

 「ゲームはいいでしょ、ボウリングしたいんだけど」

 「そうだな、茨田。おーい、我が妹、ゲームはこんなのにして――――」

 「お兄ちゃん! これ取って!!」

 「よし! 取るぞ!!」


 もはや描写するまでもない。妹が何を欲しがるか、それが何であろうとお兄ちゃんが断る理由があろうか、いやない。妹の声があればお兄ちゃんは颯爽と次の十万円を両替し、ゲーム機へ向かって行くものだ。

 茨田の冷たい溜息もこれには敵わない。茨田はやれやれと、どこかへ行ってしまった。それと同時に妹がしめしめと変に笑っていた気がしたが、すぐに俺の腕に絡まってニコニコして気のせいだと思いました。はい。

 妹が連れていったのはよくある鍵をクレーンで取るやつ。機の辺りにはケースの中に妹の財宝が閉じこめられている。


 「これはなんとしても返してもらわねば!!」 

 「お兄ちゃん、このPS5ほしい!」

 「わかった全部だな!!」

 「え、一番だけでいいよ?」

 「わかった、お兄ちゃんに任せなさい!!」


 俺はまた百円玉を乱射、クレーンが捥げるまで緻密な魔境をサルページした。その果てに謎の緑色の石ばかりが取 「ダメだ、こりゃ」れてしまったが、七十万円を突破したころやっと一番の鍵が取れた。俺はその鍵に始めて触れ、あまりの達成感に万歳した。


 「うおおおおおおおおおおおおおおおお! お兄ちゃんだあああああああ!」


 周りにいたドン引きの聴衆もここまでの戦を経て、同じく叫んだ。つまり皆お兄ちゃんになった。

 我が妹も歓喜のあまり涙を流し、俺に抱き着いて、俺はその頭を撫でてこう返した。


 「我が妹、まだ喜ぶのは早い。あと七つ、お兄ちゃんは取らなければならない」

 「は?」


 妹はまるで、コイツ何言ってんだ? みたいな怖い顔で俺を見た。あれほどの涙もまるで嘘のように。いや、そんなわけがない。怖いのか、あの機械が。ならば俺はお兄ちゃん。ゆえに俺はお兄ちゃん。あの魔王を駆逐せねば。俺はもう一度、具合の悪そうに汗をかく妹の頭を撫で、魔王の前に立った。


 「安心しろ、我が妹。今度はすぐに取れる」

 「お兄ちゃん、もういいから! さすがに破産するって!」

 「何を言っている? 破産したら借金すればいいだろ」

 「お兄ちゃん!!」


 そうして俺は七十万百円目を狭い魔境へ通そうとしたところ、妹が俺の腕を必死に引っ張ってきたので負けじと百円玉をなんとか穴のほうへ持っていこうとした。わかる、お兄ちゃんを庇おうとしているのだろう。これ以上魔王に挑めば、どうなるかわからない。しかしここまでされて引くわけにはいかない。お兄ちゃんは妹のために犠牲になれるのだ。


 「お兄ちゃん、もういいよ!」

 「いいや、よくない!」

 「いいって!」


 俺は全く退くつもりはない。妹になんと言われようともこの魔王を倒す。とはいいつつ、あたかも百円玉を投入できない振りをしているのは、妹と拮抗しているように見せているのは、あまり力が無いのに頑張って俺の腕を引っ張る妹が可愛いからである。もうちょっとだけ見ていたい。


 「今、わざと力抜いた!」

 「抜いてない!」

 「絶対に抜いた!」


 俺と妹がこうやって争っている間、茨田は一人でゲームコーナーを見回し、アニメ好きの友達のお土産にクレーンゲームからいくらかのフィギュアを取っていた。「そろそろ終わったかな?」と台から離れ、俺と妹のほうへ戻ってくると、なんとも言えない苦笑いした。


 「なにやってんの?」

 「魔王討伐!」

 「兄妹喧嘩!!」

 「どっち? 止めた方がいい?」

 「止めなくていい!」

 「お兄ちゃんを止めて!」

 「どっち??」

 

 茨田はもはや妹を二の腕にぶら下げてダンベルを上げ下げしてるような俺と、掴まっている妹の両方を見て、呆れた様子でタワーのチョコを食べた。俺もよくわからなくなってチョコを食べた。妹は何故かキレた。


 「兄妹喧嘩、勃発!」

 「お兄ちゃんが悪いのか?」

 「お兄ちゃんが悪い」

 「わかった。じゃあ俺が悪い」

 「うん!!」

 「やっぱ、兄妹馬鹿じゃん」

 「兄妹喧嘩ならお兄ちゃんが負けるべきだろ」

 「ああ、そう」


 茨田は興味なさげに今度は棒の飴を食べた。俺は完全に何かを失った気がした。

 しかし妹が「仲直り~」とまた可愛く抱きついてきたので、もうなんか、どうでもいいなとまたチョコを食べた。妹はさらに「次は~」といわゆるプリクラのほうへ目をやる。

 そうしているとさらに茨田は機嫌を悪くする。バキッと飴を砕いた。


 「さっきからさ、なんなの。そんなにお兄ちゃんが取られたくないの?」

 「えーなんのこと?」


 茨田に吹っ掛けられ、妹は俺に抱き着いたまま焦らして答える。またバキッと鳴りそうだなと、俺は耳を塞ごうとしたが、変だ。茨田はニッコリしている。なにこれ怖い。


 「じゃあ大事にしなよ。彼女はいくらでも作れるけど、妹は一人だから」


 茨田は妹へ優しくそう答えると「ボウリングしよう」と気の良い感じでまた接する。板挟みにされていたわけではないのか、安心したであろう妹がそっと俺から離れると、窮屈な何かかが下りた気がした。いや、平穏だ。やっと平穏になった。その心地だろう。

 妹もそう解釈したらしい。ちょっと恥じらって、勇気を出して、茨田の手を引っ張る。


 「一緒にプリクラ、取りませんか」

 「なんで突然、別にいいけど」


 なんかいい感じ。こちらとしても喧嘩ばかりする様子をこう語るのはどこか居たたまれない。よし、俺はそっとここは見守ることにしよう。いや、魔王を倒しに行くか。

 そう離れようとすると茨田が俺を呼んだ。


 「理も撮るから」

 「ああ、そうなのか。じゃあ後は二人で」

 「まだ狂ってんの?」


 茨田はまるでヤンキーガール。俺の肩を掴んで離さない。俺にとってそれは正義じゃないぞ。だが、抗うことはできない。妹にもう片方の肩を掴まれてしまった。

 なので俺はしょうがなくプリクラへ向かうのであった。


 「そっちは証明写真でしょ。プリクラこっち」

 「くそ、やはり逃げられないか」


 プリクラってなんか嫌なんだよ。陰キャだからか。もしもプリクラ機の間にゴキブリがいるのなら親近感が持てるくらい、嫌なんだ。こういうのはチャンネル登録者そろそろ百万人のカリスマゲーム実況者には合わない。

 前を並ぶ女子高生、女子中学生ら。男は俺一人、カップルは含め無いとする。なんかこれ逆に勘違いされるのでは。そうだ、そうに違いない。これは茨田と妹の名誉にかかわる。だからここは穏便にとしよう。

 

 「茨田、我が妹、そのままでも可愛いぜ」

 「どんだけ嫌なの」

 「さすがにキモイよ、お兄ちゃん」


 はい。プリクラ機に入りました。女子二人はイチャイチャとなんか弄ってます。俺は突っ立ったままお経を唱えてます。


 「堂からお出ましのジェットは~」

 「はい、じゃあ撮るから」

 

 ギャルとは無慈悲である。と仏が言っていた。撮られた写真?をまた二人共は弄っている。俺も何か書こうかと考えるも、興覚めになりそうで怖い。やはりこういうのは陽キャしかできない。でも陽キャはお経の独唱はできないから五分五分だろうと、なんとか気を留めつつ、やっと外へ出た。


 「はい、これ」

 「ありがとうです」

 「ああ、うん」


 さて見たくもないから俺は見なかったが、何か妹の様子がおかしい。撮られたのを見たまま固まっている。まるで修行中のお坊さんくらい風格のある顔をしている。

 まさかそんなに映りが悪かったのか。俺のせいなのか、そうなるとさらに見たくもない。しかし妹の頬がだんだんと膨らんで、膨らみ切るとそれを投げて俺の顔に被さった。


 「このクソババああああああ!!」

 「これだから甘ったれなんだよ! クソガキ!!」


 勢いよく殴りかかる様は格ゲーにも並ばなくもない。それに映っていたのはまぁひどい、茨田がやったんだろう、妹に滅茶苦茶な落書きをしていた。まつ毛が無くなって、髪もおかっぱになって、唇もでっかくなってる。ダダかよ。あと、俺の手をデカくしたのは誰だ。


 「うまくいったわ! こうやって隙を作るのを待ってたんだよ! 仲直り? そんなのあたしからするわけないじゃん。ばーか!!」

 「外道! 許さない!!」


 茨田と我が妹の戦いはまだ続くようだ。ボーリングでぶっ飛ばしてやると両者、意気込んでいる。元々は俺と茨田のデートだったのに、妹はもちろん、茨田も完全に忘れてる――――じゃあ俺も忘れちゃお。


――あとがき――

妹回にしました。茨田成分はそこまで高くなく。兄妹馬鹿を書いてみたかっただけなんです。

ちなみに初案では雷神や兄弟も出てくる予定でしたが、茨田寄りになりすぎるので止めました。茨田が不良に絡まれ、雷神らが助ける。その後に一緒に格ゲー、レーシングやらないか? と誘うも無慈悲に断られる。という流れ。


あとダダを入れたのはダンダダンのOPがウルトラQみたいだったなと思い出して入れました。ダダ知ってる若者はいないだろうけどもね。

もう一個、ヤンキーガールのところはトーマPの曲から来てます。これは完全にまたハマったからです。

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