第55話 金髪ギャルと夏期講習後のデート1~踏むか、踏むな、いや、踏んでください~

 冷房が効き過ぎた教室からは灼熱下のセミでさえ凍えているだけに見える、極寒の領地。俺は禿の教師の髪も抜けるような授業をシカトしながら今日、八月五日までを顧みていた。なぜ夏休みだというのに学校に居なければいけないのか。

 いくぶん珍しい夏でもない。同じクラスの女子に全身複雑骨折をお見舞いされ、一か月ほど入院していた間に期末試験も過ぎ、単位をやるからと夏期講習を受けさせられているだけだ。これっぽちも珍しい夏でもない。だいたいの夏期講習を受ける理由はこんなものなんだ。根拠はないんだ。

 大概教師も大人しいものでその心底では俺と同じく夏は休みたいのだろう。ピチピチチャパチャパデュビデュビチャパチャパな水泳部の競泳水着女子を俺がじっとりと見ていても文句の一つもない。ハゲワシの異名を持つ凶悪無慈悲な兀山もひたすらに念仏を唱えているだけだ。


 「ということで、だいたいロシアに攻め込んだ国は寒さにやられて負けます」


 兀山がそう言い切るとただっぴろい教室にチャイムの音が鳴り響いた。同時に外からは正午のテレレンが。やっと授業が終わったようだ。しかも今日でシルクロードよりも長い夏期講習も終わり。いい加減一週間も女子の水着を見ていて飽きていたから、退屈でしかなかった。ではさっさと――――隣りの教室にいる茨田と一緒に帰ろう。俺は急いで空の鞄に空気を詰めると前髪を靡かせながら隣りの教室のドアの前に立った。そして、


 「茨田、一緒に帰らないか?」

 「あーマジか。どんだけあたしのこと好きなんだよ」


 苦笑いして茨田はそう返してきた。俺は別に茨田のことが好きなわけではないのだが。とりあえず金髪美女のギャルの汗ばむ姿を拝みながら帰りたいだけだ。何も不純でもない、ただ従順なだけだ。

 

 「せっかく別の教室になったのにこれじゃ意味ないじゃん」

 「意味ならある。退屈な授業の時間で美女と放課後デートをする心の準備ができる」

 「理、そんなキャラだったっけ? ま、いっか。しょうがないから一緒に帰ってやるよ」


 うむ。昨日一気見したカリスマ恋愛パーソナリティ張茂手純の動画ではこう口説くといいって言っていたのだが、茨田には効かなかったようだ。さっさと鞄を肩にかけて廊下へ行ってしまった。ちゃんと他にもキメポーズ、バラまで準備してたのにこれでは使いそうもない。教室の花瓶にバラを添えておこう。


 「でこの後どうすんの?」

 「え?」

 「放課後デート。するんでしょ?」


 茨田は廊下の少し右側、俺を覗くように見ると少し思わせぶりに笑いかけてきた。どうやらこれはある意味で成功らしい。さすが世界の張茂手純。あとでチャンネル登録しておこう。

 よし、昨日緻密に練った放課後デートのプランを俺は鞄の手帳から見返す――――あれ、鞄の中何も入ってなかった。どうしよう。茨田が怪しがって俺を凝視している。尖った視線が顔にぶつかって痛い、でも気持ちいい。


 「あれ、誘っといて何も考えてないの?」

 「考えてはいたんだけど。覚えてはいなかったんだ」

 「さすが補習~」

 

 茨田だって補習だろ。と言い返したくもあるが、俺を弄って楽しそうに笑う茨田をもっと目に焼き付けておきたいからじっと耐えた。そのせいで変に間が空いて若干気まずい雰囲気。茨田は何故か滑ったみたいになって恥ずかしげに俯いた。いや、違う? 茨田は急に鼻先があたるくらいまで近づいてきて、俺の耳元で


 「じゃ、じゃあさ、私がずっと考えてたデートプランでいい……よね?」


 と囁いた。かすかに耳をなぞる茨田の吐息が実に、実に――――実にだった。まさかここまで茨田に張茂手純が効くだなんて。一か月三万円のメンバーシップに入ってもこれは損ではないのか? ってその前に今、茨田は”ずっと考えてた”って言ったのか? そうかなるほど、なるほど。このまま市役所まで行けばこの『気付けば美人配信者に囲まれていた』は完結するのではないか。てかそれでよくないか?


 「カー、カー、カー――――カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 バリン!!――――カラスがスナイパーライフルの弾丸のごとく飛んできてはすぐそこの窓ガラスを突き破った。鋭い嘴が床に刺さりつつも殺意じみた目で、”次調子乗ったら今度はお前を撃ち抜く”と言わんばかりに、俺を睨んでいた。おかげで茨田とのいい雰囲気が窓ガラスが割れるとともに散り散りになってしまった。


 「なんか、校舎ヤバくね? 早く出た方がよさそう」

 「そう……だな」


 そういえば天気予報で晴れのちカラスって言っていたような気がした。まさかホントだとは。その後にやっていた鋼鉄製の傘のショッピング番組を気遣った嘘じゃなかったのか。あとで買っておく必要があるようだ。

 廊下を潜り抜け俺と茨田は急いで校門へ走った。途中兀山がバラを胸に何故か俺たちを庇ってカラスにやられたが、これも必要な犠牲だろう。俺みたいな陰キャが茨田みたいな金髪美女のギャルと放課後デートするにはこれほどの対価がいるはずだ。もしも読者の中に金髪美女のギャルとデートがしたい人がいるならそれくらいは覚悟せねばならない。イケメンならば別であるが。


 「やっぱりこの学校、危険過ぎね?」

 「はぁ……はぁ……偏差値はだいたい普通くらいなのに」

 「不良がカラスぶん投げてるとでも思ってんの?」


 最近の不良は呪術廻戦のせいで領域展開できると聞いた。都市伝説界隈のなかでもだいぶマイナーな情報だ。なんでもソースはウィキリークスでアメリカ機密情報らしい。日本の不良は恐ろしいものだ。

 まぁそれはそれとして校門まで辿り着き、これでようやく茨田と平和な放課後デートができる。得難きはなんたらと言うし、さすがにもう十分苦しんだ。あとは茨田と楽しく街で遊ぶだけ。ハッピーで埋め尽くしてどっかに行くだけ。俺は息を整え茨田へ「もう大丈夫、歩ける」だと返すと、茨田は汗だくで張り付くワイシャツを気持ち悪がるのをやめ、華麗に短い髪を靡かせ、靡かずに「そういえばなかったわ」と笑って、俺も合わせて笑った。そのあと、


 「じゃ、行こ。まずはお腹減ったしご飯からねー。となるとやっぱモール行くか」


 茨田はささっと、スマホを弄りながらモールの方向へ歩いて行った。俺は置いてけぼりでした。別に悲しくないし、なんか今適当にどこ行くか決めただけのようで、さっきの『ずっと』はなんだったのか。ただ誑かしただけだったのかって、それはそれでまた興奮するけど、茨田推しの一員としては少し複雑だ。あそこまでして弄ばれただけかと。いや――――むしろありか。新しい境地か?


 「なにしてんの? あれ、もしかしてガッカリしてん……なんで一人でニヤついてる?」

 「茨田」

 「え、なに?」

 「俺は一向に構わん」

 「何が? とりあえずイタリアンでいい?」

 「俺は一向に――省略――」


 こうして俺は新たな弄られ耐性を胸に茨田と手を繋い――――あれ? 茨田が甘く微笑んで手を伸ばしてきた。


 「どうせならデートらしいことしてみる?」

 

 その問いかけに俺は答えるまでもなく茨田の手を握るとあまりの高揚に万歳していた。そのせいで茨田がふわっと少し持ち上がってそのスカートの隙間から芳しい夏模様が見えてしまった。わざとではない。わざとではないが、茨田はパッと赤面しすぐにスカートを抑え、俺に蹴りを入れようとした――――ふん、遅い。十分に避けられる。一体この第三章の七話までにどれほどの天音に攻撃されてきたことか――――関係なく、むしろ積極的に俺はその蹴りを貰い。土下座した。土下座しようとしてまたスカートが見えそうになると今度は頭から踏まれた。そうか、これが夏か。焦げる眉間の奥に俺は夏景色を思い浮かべた。


 「マジでありえない。ちょっと遊んでやったらこんな、マジでないんだけど」

 「もう頭上げていい?」

 「まだダメ、今あげたら見える――――だからあげんなって! てかわざとでしょ!」

 「わざとだが?」

 「開き直んな!」


 三度アスファルトに頭が焼き焦げ、あることを悟った。男の夢とはアスファルトになることではないのかと。そうすれば毎日、女子高校生の――――ん? 足音が近づいてくる。俺は小さく顔を上げ、確認すると、健気な細身の可愛らしい子がこっちに走ってくる。中学二年生くらいだろうか。いや、あれは――――


 「お兄ちゃんになにしてる! このクソビッチ!!」


 我が妹ではないか。どうやら土下座の上踏まれている俺の姿を見て憤慨しているようで、茨田に通り魔よりも鋭い文言を浴びせた。俺の性癖を知っていてもやはり我が妹は我が妹。その秘めたる気性ゆえに何のためらいもなく茨田に喧嘩を売っていった。そして茨田もその性格は穏やかな方ではない。喧嘩っ早さでは学校随一だ。

 

 「なに? ああ、理の妹か。何勝手に怒ってんの?」

 「早くお兄ちゃんを放せ!」

 「放せ? そう、これが嫌だったんだ。わかった、放してあげる」


 そういいながらも茨田はより強く俺を踏んだ。頭蓋骨が割れるくらい、鼻が折れるくらい。でも大丈夫、俺は長男だから耐えられる。というかむしろもっと踏んでほしい。その願いが叶ったのか、茨田は恐らく悪党面してまた踏んだ。ここは天国か? さすがに半ば三途の川で水浴びデートも悪くないなと意気込んでいると、妹の逆上した声が聞こえてきた。待て、もうちょっと俺は踏まれたいのだ。妹よ、なぜわからぬ。けれど妹は閻魔大王を嬲る勢いで怒っていた。


 「放せ! お兄ちゃんを放せ!」

 「ふーん、放してほしい。まぁさすがに可哀そうだから放して――――」

 「放すな! もっと踏め!」

 「え、まだ踏んでほしいの? 痛くないの?」

 「放せ! お兄ちゃんを放さないと! 天音さんから教わった最強パンチがでちゃうよ!」

 「ふ、ふーん。怖くないけど、さすがにあたしも悪魔じゃないし。放してあげ――――」

 「放すな! 絶対に放すな!」

 「ええ?」

 「放せ! 痛いんだから! 天音さんも褒めてくれたから!」

 「え、だから――――」

 「放すな! 放したら長男の名が廃る!!」

 「いや」

 「放せ! このブス!」

 「はぁー? 誰がブ――――」

 「放すな! ブスは俺でいい! そう罵ってくれて構わない! だから放すな!」


 ……とあと三十回くらい同じようなことを繰り返して、最終的に茨田と妹がバテて俺だけが踏め踏めと叫んでいるだけになっていた。そうなると茨田も呆れ果て、実は十二回目くらいには踏むのをやめていたのに一通り喧嘩が終わっても踏んでほしいと願う俺を無視して、二人はモールへ行ってしまった。俺はその影が見えなくなってから急いで埋もれた頭をあげ、走り出した。

 そしてモールへ着いてやっと俺と茨田、妹の三人で放課後デート? をすることになった。この話はもうちっとだけ続くようだ。


――あとがき――

 イタリア料理とカラオケ。その二つやって放課後デートは終わり。あと一話で行けるだろうか。


 今回はだいぶ地の文を多めにして好きなように書いてみました。恐らく次回もそうです。読みにくいかなとやってこなかったのですが、こうしてみると悪くないように思える。深い描写がしやすいし、書きやすいので。その代わりに長ったらしくなりましたけども。

 時代的には短く会話多め、軽く読める方がいいのだろうけど、どうやら自分はそういうのが得意ではないのかもしれない。まだわからないけれどひとまずはこれを試してみることにしてます。

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