第54話 夏風邪と天音と……ハイポーション!?

 薄暗い部屋、PCのモニターばかりがやけに眩しい。

 夏休み、俺はゲーマー。ゴロゴロと目が覚めて、スマホを見ると22時。どうやら飯を食べるのも忘れていたようだ。

 ただ俺が忘れても妹が忘れるわけがない。妹が起こしに来るはず。だから俺が飯を食べていないわけがない、けど身体はフラフラして半ば食べるのも面倒なほどに空腹。


 「あ、そういうことか」


 暗いリビング、その照明をつけて思い出した。しばらく家族はいないんだった。妹は合宿、両親は新婚旅行。妹が俺を忘れることはなくとも、俺が妹を忘れることはあったらしい。

 とりあえず俺はゲーマー、ご飯は冷食か、パスタか、パスタ。そうして静かに茹でで適当にぶっかけて、誰もいないリビングでイヤホンもつけずにアダルトなビデオを――――バアアアアアアアアアアアアアアン!!


 「な、なんだ?」


 床から振動が伝わるほどの凄まじい音、一瞬の尖った閃光がカーテンの向こうから。夏の夜、この音と光はつまり――――花火か。


 「花火とか五月蠅いだけなんだよな」


 といいつつもカーテンを捲るとあったのは豪雨とギザギザした雷光――――なんだ、雷かよ。てかこの感じ、台風だな。


 「そういや夏の風物詩は台風もか。うわ、猫が空飛んでる」


 まぁ可愛いなら猫が空飛んでてもいいか。にしても台風、すごい感じだ。さっきの振動だって、どっちかというと窓を叩きつける暴風から来るものだった。台風は怖いな。うん。

 俺はマカロニパスタを箸で啜りながら空を飛ぶ各々を眺めていた。これも一つの天体観測だろうか、ビニール袋が流れ星なのは宇宙ゴミが――――そういえば台風といえば、


 「そうだ! 俺はなに落ち着いてるんだ! こんなクソパスタ食ってる場合じゃない!」


 俺はマカロニパスタを一口、全部口の中に入れ、急いでマイルームへ走る。


 「台風! そして俺は実況者! ならその風習に従わねば!!」


 俺はどこからか64を持ってきてテレビに付け、配信の準備をした。俺はカリスマゲーム実況者。たが己惚れてはいない! 台風ならやらなければならない!

 躊躇うことなく窓を全開、64のどこか奇妙なコントローラを握り、すぐに生配信した――――『台風のなかでマリオ64クリアまで』


 「バグ無しでも一時間もあればクリア――――ボボボボボボボボボボ」


 コメント欄は「なにやってんだ?」とか「暴風w」とかで満たされているが、知らない。俺はマリオ64を台風が過ぎ去る前にクリアするだけだ。どうせすぐ終わる!


 「うぬおおおおおおおおおおおおお! クソボム兵があああああああああああ!」



――――次の日の昼。ピンポーンと鳴って、ドアを開けた。



 「……?」

 「理君、金ちゃんの代わりに看病しに来たけど……すっごい顔色悪いね」


 扉の隙間、天音が――――いた。どこか心配している様子で俺の顔をジロジロと覗き込んでいる。手にはビニール袋、何か買ってきてくれたのか。でも俺が呼んだのは大野のはずだ? なんでだ?


 「あ、そうか。大野を呼んだはずなのに天音が来たってことは、天音は大野ってことか」

 「なんか、だいぶ熱ありそうだね。家の中入るよ」

 「おい、おい? 入るって何を?」

 「いいから、理君は部屋で寝てなよ」

 「うーん」


 俺を玄関に残し、天音は手慣れた感じでリビングへ入っていった。なんとも奇妙な感じだが――――うっ! 64のコントローラがフラッシュバッカー!――――まぁいいか。面倒だ、言われた通りに部屋で寝てよう。


 「……ん? 待てよ」


 俺は時計を確認――――11時半。

 俺は耳を澄ます――――リビングからチリチリとした音。


 「天音はビニール袋を持ってリビング……おいおい、嘘だろ!」


 衝撃の真実がぼやけた頭に頭痛を引き連れてやってきた。

 俺は一刻も早くリビングへ走った。その最悪を止めなければならない、絶対に。


 「天音!」

 「あ、キッチン使ってるね」

 「ああああああああああああああああああああああ!!」


 何の悪びれなくニッコリと優しく微笑んで料理をする天音はものすごくかわいいのは認める。だが俺が叫ぶ理由もまた正当だろう、そして今、天音が首を傾げているのはこの世のバグだ。天音が壁抜けしてるぞ、神様。


 「なんで叫ぶの? あ、風邪だからだ。ほら、冷えピタあるよ」

 「ち、違う、今すぐ……」

 「あ、冷えピタじゃない? じゃあこっち?」

 「ポカリでもアクエリでもない!」

 「わかった。じゃあこれ」

 「バナナと林檎でもない! 俺が言いたいのは、ごっほごっほ!」

 「わかったじゃあ、こ、これかな……?」


 天音はもじもじと恥ずかしそうにして、ビニール袋からピンク色の本を出して俺に渡した。


 「どっかでこういうのが風邪に効くって」

 「……」

 

 効くか効かないかはわからないが、表紙の子がそこそこ好みに合うので、俺はそれを抱えて深呼吸した。これはこれとして――――


 「天音、昼飯はいらない」

 「え? 金ちゃんはいるって言ってたよ」

 「shit!」


 裏目に出た。大野に「できれば昼飯も作ってくれよ」と頼んだのが裏目に出た。まさか天音が来て、飯まで作ることになるとは。看病に来たとか言って、今もなぜか自信気に鍋に色々詰めているが――――天音の料理は最悪だ。むしろ風邪が悪化するに違いない。どうにかして止めないと。


 「天音、せっかく来てくれたんだ。飯まで作らせるのは悪い。片付けは俺がやっとくから、帰ってくれても――――」

 「何言ってるの? 無理しなくていいよ。今だって顔色悪いし」


 それはお前が料理してるから余計に気持ち悪くなっているだけで。このままわからないものを食わされるなんて想像したら顔も真っ青になる。


 「いやいや天音。お前忙しいだろ、勉強に歌の練習、今日だって配信するんだろ? 休まないと」

 「何言ってるの? 友達が寝込んでるのに休んでる場合じゃないよ。理君ならなおさら……」


 なんかデレデレしててこっちもちょっとだけ嬉しくなってきたけど、そういうのは今いらない。むしろダメだ、ここで流されたらそのまま俺は死ぬ。毒殺される。俺にとっては恐怖のハニートラップなんだよ!


 「いやいや天音。そもそも家に俺とお前二人きりはまずいだろ」

 「な、何言ってるの? 私たちそんな関係じゃないし……ないよね?」


 もっとデレデレしてきた。ちょっと満更でもない眼差しを、どこか期待して俺を覗き込むな。やめろ、マジで。

 くっ! コイツ、俺を殺すつもりか。完全に仕留めにかかってるのか。俺からしたらその可愛らしい目は獲物に狙い澄ませる猛禽類のソレだ。そう思わないとならない。


 「あと、二人じゃないよ。ほら、猫居るよ~かわいい!」

 「猫。え? 猫?」

 「どっから入ったんだろうね?」


 すらりと部屋にいた黒い猫。天音はそれを捕まえては抱きかかえ、もふもふと愛でている。純粋に可愛がっている――――ああ、眩しい。そうだ、天音は女子。どこにでもいるかもわからない、かわいい女子だ。そんな天音が――――死ぬほど不味い料理を作るわけがないじゃないか。


 「天音」

 「うん? どうしたの?」

 「猫ってかわいいよな」

 「え? うん。ほら、理君も撫でなよ」

 「にゃ~」

 「猫……猫……」


 俺は天音から黒猫を渡されると、そのサラサラの毛並みと澄んだ目、ちょっとだけ見える小さな歯に愛情を抱いて、その心のままに――――


 「ねこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 外へぶん投げた!


 「あっぶなかった! あともう少しで流されるとこだった!」

 「ちょっ、理君! 猫が!」

 「猫なんてどうでもいい! あんなのどうせ昨日台風に紛れて入ってきただけだ。今はそれどころじゃない!」

 「え、ええ? それどころじゃないって――――あ、ご飯だね!」

 「違う! いや、違くない!」

 「ど、どっち? まいっか、とにかく作るよ! 急いで!」

 「やめろぉ!」


 俺はスイカの皮を鍋に突っ込もうとする天音の腕を掴み、必死に懇願する。今すぐ料理するのをやめて帰ってくれと。だが――――天音は強引だった。俺を気にせずに色々を鍋に入れまくっていった。おかげで俺は腕に掴まったまま振り回され、目が回ってさらに吐き気が。


 「風邪が治る料理、絶対に作ってみせるから! 次に赤まむし、エスカップと――――あと精力……なんかこういうのいいのかな?」

 「ダメだ、どっちにしてもダメだ、やめろ。今なら間に合う」

 「まいっか。あとはビッグマックとかいれて」

 「おい何作ろうとしてる?」

 「よし! あとは煮詰めればおっけー!」


 天音が自信満々に万歳する中、俺はぐわんぐわんと振り回された。なんか鍋の中身がすっごい色してるというか、アレっぽいというか、あれ? もう俺って吐いたっけ? いや、そっちのほうが平和でいいな。なんて――――


 「じゃあ理君、待とうね?」


 もはや天音の笑顔には恐怖すら感じる。目の前の鍋をひっくり返せればそれで終わりなのに、俺はなんて情けない。あの笑顔を前にして萎縮してしまう。


 「……はい」

 「うん、じゃあソファでいいから寝てね」


 その後目を閉じ、眠気で現実を誤魔化して夢の中に逃げようとした。だが無意味、天音は寝たふりをする俺の口へ、「ふー……ふー……」した何かしらを刺し込んできた。必死に口を閉じて対抗したが、「悪夢なのかな?」って言いながら強引に刺し込んで歯が折れそうになったので、俺はもう抗わなかった――――現実が悪夢なんだよ。


 「アアァアアァァア?」

 「おいしいそうに食べてる!」

 「ええぇ?」


 その後、次々とそれは俺の中に。その果てに俺がどうなったのか。きっとそれを知るのはただ一人だけだろう。

 なお、天音はすんやりと眠る俺を見て確かな効果だと自分の料理に満足していたようだが……あれは仮死状態だ。即死料理だ、ソレは。

 ああ、もう台風の日にマリオするのやめよう。絶対に。



―――あとがき―――

そこの人、前半に突っ走りすぎて後半にばてるって指差すのやめてください! もうバテバテなんですから!


にしてもworld Lost world 良すぎるな。全く関係ないけど。

膝枕とか看病したら寝てたなど、その他の要素はまた別の機会に。今回はギャグ要素に振りました。

二人の関係が発展したらギャグは抑えてそっち系を増やしていけたらいいなぁ、なんて思いつつも別の人がベタなやつやってんならもういいかなと、若干思ってる。そういうのはやるにしてももっと重くしたい。

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