第50話 海だ! 海だ! 海に遊びに行くぞぉい!

 壮大な青空と夏の太陽、宝石のように煌めく海を横に赤のオープンカーは道路を突っ走っていた。

 直に触れる元気な日射し、潮の香り、気持ちのいい風を浴びながら俺たちは夏を駆け抜けていた。


 「海綺麗なんだけど! マジ映え! ピース!!」

 「い、茨田さん、すごい勢い……」


 有頂天は嘘だったので訂正すると、サングラスにギャルピースの写メ魔(茨田)が映えすぎて五月蠅すぎて、やや俺と天音は引いていた。

 

 「もっと角度ほしいかも! よいっしょっと!」

 「ちょっと茨田さん! 立ったら危なっ――――」

 「きゃっ!」

 「お、おい!?」


 この速度で無理な体勢、案の定助手席の茨田は体勢を崩し、後ろに座っていた俺の方へ転んで――――なぜか俺が床に頭付いて茨田の、茨田の短パンの間、つまり――――


 「股だ!」

 「理の馬鹿!!」


 痛い! 茨田が俺の顔面をサンダルの踵で玉砕してきた。かなり痛い。いや、待て。待って! かなり痛い! 痛い! でも! 悪くないかも!!!

 あ、合法美のご褒美が離れていく。天音が茨田を片手で持ち上げて席に戻していった。

 

 「待て! もっと!」

 「はい。茨田さん、これでいいでしょ」

 「あ、ありがと」

 「ああ……」

 「理君、そんなに踏んでほしいなら私が――――」

 「ナンデモナイデス」


 天音に踏まれたらホントに頭蓋骨から玉砕される。さすがに即死だ。何回か死んだことになっている俺、浦嶋理だが、それをされたら間違いなく逝く。


 「あら、理ちゃん、鼻血出てるわよ。ほら、ハンカチどうぞ」

 「あ、どうも」


 運転席のほうから真っ白のハンカチ、めっちゃいい匂い。俺は親切心に甘えてそのバラっぽい匂いを堪能しながら、堪能した。鼻血が止まってるのも忘れて。


 「あら、嬉しいわね。そんなに気に行っちゃったかしら?」

 「あ、す、すいません」

 「構わないわよ。別に。なんならプレゼントしちゃおうかしら」

 「いや、そんなのは」

 「いいわよ、いいわよ。それに今なら――――あ・た・しの投げキッスもおまけに、んっ~ちゅ!」


 こちらに振り向いた運転手、茨田の”オネエさん”の凄まじい一撃を喰らった俺は――虹の橋を――車外嘔吐した。後のワゴン車の人、ごめんなさい。


 「あらら、まだ16歳には早かったかしら」

 「お兄ちゃん、あたしの友達に手を出さないでね」

 「それはどうかしら~」

 「やったら、ぶっ殺すからな」

 「冗談に決まってるじゃない。そんな怖い顔しないで~」


 天音に背中を摩られてちょっと酔いが醒めてきた。ワゴン車はだいぶ表現できるもんじゃないが、我ながらよくこれだけ出したなと自負するくらいには、むしろそう自負して持ち直してきた。


 「ふん、これくらいで吐くとは。情けない奴だな!」

 「ああ、なんだって?」


 斜め後ろの方から威勢のいい、けれども聞きたくもない声が飛んできた――ああ、なんで夏休みになって、コイツと――そこでドヤ顔していたのは陽キャだった。


 「てかなんでお前いるんだよ!」

 「なんでって、それはだ――――おろろろろろろろ!!」

 「お兄ちゃん、この陽キャ、吐いてる!」

 「樹希、見るな、穢れるぞぉ――――ぉぞろろろろろろろ!!」

 「お兄ちゃんが貰いゲロしてる!」


 陽キャと俺の虹色のカーテン。隙を生じぬ二段構えに後のワゴン車も揺らめきだして、ガードレールに激突、大惨事だ。やっぱ虹色じゃダメだってことか。


 「理君、陽キャ君、いい加減にしてよ。せっかくの夏休なのに」

 「天音、悪かった。ちょっとやり過ぎた」

 「俺もちょっと調子に乗り過ぎ――――」

 「なんで君はいるの?」

 「ふぅー?!!」


 海を泳ぐ黒い鳥は白いカモメの影。赤のスポーツカーは俺、天音、妹、茨田、オネエさん、陽キャを乗せて海沿いを走っていた――――ああ、海は綺麗だな。



 「曖昧な気持ちを言葉にすればきっと後悔する。だから俺は言っておきたい」

 「なに? お兄ちゃん?」

 「とりあえず――――俺を砂で埋めるのやめないか?」


 

 ポニーテールの可愛らしい少女、我が妹が、そのもっちりとした白い肌とヒラヒラの水着はまるで妖精のよう、だから俺に魔法をかけたのだろうか。落ち着け、口に砂が入っているが、落ち着いて――――着替えを済まして俺と妹は早く海に着いた。それで妹は「海、綺麗!」って興奮していて、で俺も興奮していたんだ。行き交う波の聖なる洗礼に――――


 「よいしょ! よいしょ!」

 「ねぇ、お兄ちゃんを埋めるのやめない?」

 「私じゃなくて年上のお姉さんばっかり見てるから仕方ないもんね~」

 「び、びきにぃ……」

 「何その鳴き声、次は顔!」


 ぬわっ! 顔に砂が。さすが我が妹、容赦がない。一体だれにいたんだか、血は繋がってないから母しかいないか。

 そんなのはどうでもいい。すでに俺の身体は砂の中、すっごい暑い、う、動けん。

 俺がそう暑さに悶えていると、ビキニとサングラスのお姉さんが何故かこっちに、まさか俺を助けてくれる流れ? それとも、


 「拘束プレ――――げっほ!」

 「あー可愛い! 何作ってるの? すっごい上手!」

 「ええ、えっと、これは」

 「お兄ちゃんの生き埋め砂バーガ――――げっほ!」

 「ツタンカーメンの棺です!」


 お姉さん方の黄色い声と共にパシャパシャとシャッター音が僅かに塞がっていない右耳から聞こえる。ほとんど俺にはわからないが、ビキニのお姉さんに褒められる作品を作るとはさすが我が妹! それはそうとそろそろ呼吸もままならないのだが。


 「あ」

 「理? なにやってんの?」

 

 サングラスの美人ギャル? 違う、クレオパトラ? 違う、茨田だ。

 茨田が俺の砂の包帯を払って、棺桶を削っていって、おかげでやっと身体軽くなって、茨田の全身が見えた。

 スラリとした美脚、キュートなヒップライン、引き締まったウエスト、胸は……ん? まぁいいか、普段から美容に拘っているだけあって、思わず見惚れてしまうほど完成された身体と美貌。さっきクレオパトラと見間違えたが、あながち間違ってはいないと言える。


 「もうこれには……埋めてくれ!」

 「いや、いい加減死ぬって!」

 「俺はミイラだ!」

 「じゃあ私が埋めてあげる!」

 「妹! 俺はミイラだ! 埋めるな!」

 「もう意味わかんねぇ……」


 この後数時間にわたって、すでに俺はミイラでありすぐにピラミッドに輸送されるということを熱弁し、儀式的に罵ってほしいとあわよくば踏んでほしいと説得しようとしたが、その前に――――


 「きゃー!」

 「なんだ、悲鳴?」

 「ちがう、あれはたぶん――――」


 群衆が、女子の群れが浜の一点に向かって行く。次々と集まって、集まって、すでにこっちからはよく見えなくなっているがそこからはみ出る黄金の輝きはあまりにも眩しい。あと、こっちに近づいてきていた。


 「やばっ、こっちに来る!」

 「逃げた方がよさそう」

 「そうね!」

 「おい、待て!」


 女子は集まりながら集合は肥大しながら、すでにその脇が女子の尖ったサンダルが俺の上を、まだミイラの俺に、このままじゃペチャンコにされる。知らない女子にぶちのめされるのは趣味じゃない!

 ただ悶えても抜けない、叫んでも届かない、ヤバい、来る! よし、じゃあせめて遺書を書こうって言っても手は埋まったまま。なんてこったい――――じゃあせめて墓穴くらいは、ってもう埋まってた――――じゃない! まずい! あの尖った踵が俺の頭に! もうすぐ頭上に!


 「ちょっとごめんなさい」

 「あ」


 眼球の前、凶悪な女子を逸らし、俺を土から掘り上げたのは――――黒の短髪で高身長、ダイビングとかで着られるラッシュガードの水着の男。みっちりとした布から際立つ筋肉は程よくセクシーで、そんでもって顔は凛々しくも整った、男でも心奪われるくらいの超絶イケメン――――というか、茨田のオネエさんだった。


 「ほらほら、散って散って!」

 「嫌だ~♡」

 「さっさとどっかいかないとぶっ飛ばすわよ?」


 ギラリ。オネエさんの怖い顔に周りに群がっていた女子たちは「す、すいません!」と謝って散っていった。にしてもすごい人気だったな。


 「ん?」

 「あら?」


 あっちにも女子の群れが。さすが夏の浜辺、ビキニの美女だけでなくイケメンも沢山いるみたいだ。そう思うとややしんどいが――――


 「あたしは女! ほら、ちゃんと水着見て!」

 「あ、ご、ごめんなさい!」


 茨田だった。確かに茨田も首から上だけ見れば、今は髪が短いから男と間違えるかもしれない。そうでなくてもなんか、やっぱり姉妹揃って美貌溢れるな。うん、あれは陽キャ?


 「……」

 「でさ~イケメンだと思ったら女の子だったんだ~」

 「……」

 

 学校では割と女子から人気がある……と見せかけてホントはなかった陽キャだった。あ、半泣きでこっちに来た。何も言わずにビーチパラソル突き刺して、シートの上に三角座りした。


 「あれ紗綾、それって~」

 「言うな! 言ったらぶっ飛ばす!」

 「そんな恥ずかしがらなくてもねぇ~パッドなんて誰でも入れてるわよ?」


 パッド? そうか、学校で観察していた時よりもやや胸が大きいなと思ったらそうか、パッドだったのか。茨田は赤面して、周りを通り過ぎる女子たちがちょっと微笑んで、またそれで茨田が別の意味で赤面している。あ、殴られた。

 オネエさんに跨ってブンブンと攻撃している茨田、相当あれは怒っている。ただ、違う、そこは怒るところではないなぜなら俺は、いや、俺たちは――――俺と陽キャは気持ちのまま叫ぶ!


 「パッドでも俺たちは一向に構わん!!」

 「ぶっ殺す!!」


 攻撃の矛先は俺と陽キャに、デンプシーロールを交互に食らわされ、無事に絶好頂。真夏のビーチのギャルの拳はまた、堪らないものです。


 「お兄ちゃん、変態?」

 「妹、心は広くなきゃいけないものだ」

 「うわぁ……」


 とりあえず砂まみれ、血まみれの顔と体を妹に介抱されて、四人はビーチパラソルの影の中座っていた。というか――――


 「天音、なんか遅いな」

 「そう、なにしてんの?」

 「アタシ見てくるわ」

 「いや、お兄ちゃんじゃ事件になるから、あたし行ってく――――あ、なんだ、いるじゃん。天音ー!」


 麦藁帽子、水玉模様のパーカー。下向いたまま、ポツポツとゆっくり俺たちの方へ歩いてきていた。顔はよく見えないがなんとなく天音っぽい気もする。

 茨田が天音を見つけると颯爽と駆け寄っていった。色々と話している様子からするに間違いなく天音っぽいが、どうしたんだ? あ、茨田が引っ張ってきた。ってなんか茨田笑ってる。


 「どうしたんだ?」

 「いや、天音さー、マジで」

 「い、いわなくていいです!」

 「でも――――」

 「言わないで!」


 天音は恥ずかしいのか、茨田のお腹をポカポカ叩きながら訴えていた。まぁ、叩きすぎて茨田がなんか白目向いてる気もするが。


 「あらあら微笑ましいわね~」

 「なんか白目だけじゃなくて口から血も出てるよ?」

 「女子高校生の青春ってこう言うものなのよ」

 「なんか……高校って怖いとこなんだね」


 オカマの野郎、俺の妹に何吹き込んでいるんだ? 女子高校生の青春がこんなに殺伐として……いや、俺も二回くらい病院送りされてたわ。あってるわ。え?


 「お、理君……」

 「ん?」


 天音は後ろに手を組んでゆらゆら。下向いていて麦藁帽子で顔はよく見えないが、口がもごもごしている感じ、だいぶ恥ずかしがっているようだ?

 パーカーに隠れていない中央ライン、白色の可愛らしい水着がチラチラと見え隠れしている。そして若干揺れている天音の豊満な、


 「豊満なおっぱ――――」

 「あ! すっげえ巨乳見つけた! ロシア人か!」

 「なに! どこだどこだ!!」

 「……オサムクン?」

 「え?」


 一瞬だった。俺の視界はすぐに砂に埋もれ、身体は突き刺さっていた。

 どうやら俺はミイラだったようだ。ああ、砂の蒸し暑さと臭い。これが夏の海か、夏の浜辺か。


 「……っておい、なんで俺まで埋まってるんだ?」

 「元はと言えばお前が巨乳美女を見つけたせいだからな!」

 「だからってなんで俺までなんだ!!」

 「うわあああああああ!」


――あとがき――

次回から海イベントやります。今回は紹介で手いっぱいになっちゃった。

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