俺の夏休み編

第49話 夏が始まった合図がした? セミを投げつけてみたけど、どうですか?

 俺は高校生ゲーマー、浦嶋理。幼馴染で同級生の大野金太郎と放課後をランナウェイ! していて、青いツナギの男の怪しげな取引現場(意味深)を目撃した(したくなかった)。

 取引を見るのに夢中になっていた俺は、電柱から飛び降りてきたもう一人の仲間に気付かなかった。 俺はその渡里天音に「ゲームを教えないとお前がSimaだと言い広める」と脅され、目が覚めたら――


――――天音が家族を取り込んでいた!?


 Simaが俺だと奴ら(アンチ)にバレたら、命を狙われ、家族にも危害が及ぶ。

 マンションの管理人の助言で正体を隠すことにした俺は、大野に名前を聞かれてとっさに――――”チャート式数学I+A(基礎からの)”と名乗り、奴らの情報を掴むために父親が探偵をやっていてほしい茨田紗綾の家に転がり込ん――――


 「ゲオっ!?」

 「茨田さんと一緒に居たいだけでしょ!」


 頭に鈍痛。学校の分厚いワークが俺の頭に直撃した。というか殴られた、天音に。寝て言った寝言に怒って頬を膨らませている。


 「さすが青いつなぎの組織、残虐だ」

 「別にあの人たちはそんな性格じゃないし、その組織って何なの」

 「えー? 理、あたしと同棲したいのー?」


 ニヤニヤしながら前の席の金髪ギャルはこっちに振り向いた。この様子、俺が家に転がり込んでもまんざらでもない? いや、違う、名探偵の俺から言わせるとこれは、


 「茨田の父親は探偵ってことか」

 「は?」


 景色遅れたが、ここは七月二十二日、四限終わりの教室、その休み時間。教室の中ではクラスメイトが右往左往と移動して、ロッカーの荷物を鞄にまとめている。


 「ふぅー」


 季節も季節。積乱雲と青い青い空、蝉の鳴き声は風に乗ってクラスメイトの髪を揺らし、机の上で捲られる教科書はカレンダーのよう。

 いつもは暑くて仕方のない学校も、半袖肌寒く、今日はどこか涼しく心地よい気もする。まぁやっと開放されるからか。


 「あー」

 「さっきから理君、変だよ。まだ入院しといたほうがいいと思うよ」

 「心配そうな顔しながら言うな」

 「ここまで長かったんだから(泣)」

 「うわ、理泣いてて笑うわ、記念写真とっとこー」


 シャッター音が目に染みる。流れる涙の感触と一緒に今までの思い出が瞼の裏に――――ってまだ高校入って一学期しか経ってないだと?

 

 「天音もついでにほら、ポーズとって!」

 「えっと、こんな感じ?」


 とりあえず長いようで短くも長かったので、改めて色々と。

 恥ずかしがりながら屈んでピースをしている茶髪ロングのちょっと背の小さい女の子が渡里天音だ。どこにでもいる可愛い女子高校生。

 だと思ったら痛い目を見る、と言うか見た。割と理不尽に持て余さんばかりの力で邪魔者をぶっ飛ばす、化け物――なんかギラッとした視線が天音から――いや、天音は可愛い女の子です。あと、Vtuberカノンアマネの中の人です。歌声が綺麗です。はい。


 「やっぱ天音、いいわ! もっと撮っちゃお!」


 今、天音をあらゆる角度からスマホに収めている、金髪ショートボブのちょっと背の高い貧乳美女が茨田紗綾だ。オタクに厳しいタイプのギャルでよくオタクを罵倒するが、その有り余る美貌もあってなのか俺たちにとってはご褒美でしかない。

 あと茨田は美容系youtuberでもある。女性人気が根強く、それは学校でもそうで、英雄視されてたりもする――――けれど!

 

 「ぐっへぇ……」

 「いよいよ末期でしょ」

 「ぐへへっへ……へぇ!――――痛い!」

 「茨田さんが困ってるから、理君」

 

 なるほどなら、床に突き刺さるくらい叩いたのも納得だ。おかげでまた下の階の職員室の教頭からガミガミ言われてるよ、俺の下半身が――――ん? 饅頭が目の前に、誰かが俺に差し出した。


 「もぐもぐ。今日も皆、元気だね。饅頭食べる?」


 饅頭を渡してきたのは、ぽっちゃりした野球部っぽい男子、大野金太郎。俺の幼馴染だ。

 みんなからは金ちゃんって呼ばれている、誰とでも仲のいい食いしん坊だ。


 「いらない」

 「そうかい、もぐもぐ。ちなみに理の好きなこし餡だけど」

 「やっぱ食べる」


 饅頭怖い。饅頭怖い。大野は何でも食うけど、拘りが結構強い方で、美味しいものを熟知している。しかも単純にそうってだけじゃなく、友達の好きな食べ物まで。やはり持つべきものは友なのか?

 


 「ほらー! みんな席ついてー!」


 饅頭を食べていると、担任が入ってきた。クラスメイトの皆はぞろぞろと席に座って、俺もプールから上がるようにバリバリと床を砕きながら立つと、何事もなかったように座った。そして何事もなかったことにして担任が話し始めた。


 「えー、一学期、いろいろあったけど……夏休みだあああああああああああああああ!!」

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 「ブラックからの解放だああああああああああああああああああ!」

 「うおおおおおお?」

 「でも部活の顧問あるわあああああああああああああ! ふざけんなあああああああああ!」

 「うぉお?」

 「じゃあ、夏休みのマナー。言ってくから」

 「うぉ?」


 高校生になっても学校が夏休みの過ごし方についてとやかく言ってくるとは。ああ、セミの鳴き声が煩い。何鳴いてるんだ? なんで鳴いてるんだ? 勝手に鳴いてんなよ!

 窓際の席、外の木に掴まっているセミへ八つ当たりの視線をぶつけながら話を聞き流す。というか普通にセミが煩くて聞こえない。

 しかしそれもやがて飽きてきて、俺は再び教卓の方を向くのだった――あれ? 今、霞京子と目が合った?


 「理君、どうかしたの?」

 「いや、ナンデモナイデス」

 「ん?」


 教卓前の席にいる――――凛々しくも透明感のある白い肌、左右に整った顔、丁度耳が隠れるくらいの黒髪ボブヘアの美人、霞京子。文武両道で非の打ちどころのない、いやそんなレベルじゃない。一寸の隙も無い、全てにおいて完璧な人間だ。


 「そんなわけないよな」

 「んん?」


 さっき目があった気がしたが、そんなわけないか。嘘かってくらい背中しか見えないし、そもそも俺みたいな人間が、霞京子と釣り合うわけがない。少しでもそうやって浮ついてしまえば、すぐに焦げ落ちることくらいわかる。今指差されて、夏休みに補習があると宣言された、馬鹿な俺でも。


 「ん? 補習?」

 「うん、茨田さんと浦嶋君は夏休み補習ね!」

 「ちょっと! 入院はノーカンでしょ! あたしは怪我させられたからだし!」

 「上の決定なの、これが社会なの」


 担任のなんとも言えない黒い顔に茨田のもう一つ出そうな文句も喉元から下っていった。


 「茨田と補習、やったぜ」

 「あたしは嫌なんだけど、はぁ……」

 「オサム、クン……?」


 こっちが興奮と期待を噛みしめているというのに、凄まじくおどろおどろしい念が横から、すぐ横から漂っては纏わりついてくる。呪いの類か? あれ、なんか俺の髪がちょっとずつ白髪に?


 「あれ、それ以外に何か。前の方からか?」

 

 天音の化け物じみた呪いとは別に今までとは違う、どこかちょっと肌を擽るような視線を感じたが、ん? 気のせいだったか。


 「じゃあ皆! 夏休みを謳歌しろー!」

 「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 「沢山遊べよー!」

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 「あと沢山勉強しろよー!」

 「うおおおぉ?」

 「じゃないと私みたいに過労に苦しむから……」

 「……」

 「じゃあ皆、解散! 事故にだけは合うなよー!」


 担任のその声と共にチャイムの音が鳴り響いた。夏休み始まりの合図だ。教室は一瞬で明るい声に賑わい溢れた。

 ああ、やっと解放された。ゲームのできない呪縛、昼に起きていないといけない学校の悪習。俺にとっては、この夏休みというのは――――深夜までゲーム三昧、配信三昧の最高な暮らしを意味する!!


 「よし、帰るか」

 「……理君」


 俺がうっきうっきーで鞄持って歩き出した途端、天音が俺の腕を掴んで、何故か悲しそうにもじもじしていた。あれ? この感じ、身に覚えが。いつものやつか? いや、でも夏休みはノーカウントでは?

 恐る恐る俺は天音に振り返って、声を掛けた。


 「な、なんだ?」

 

 すると天音は悲しそうなまま、涙目になって俺の方を見つめながら、


 「ごめん……今日は家の用事で行けない……」


 と言った。

 ああ、そうか。そうなのか。そっか、そうだよなぁ? だって夏休みだもんな。


 「ん? なんで笑ってるの?」

 「いや、別に?」

 「今日はいけないけど、明日は行くからね。だからゲーム教えてね、勉強教えるから」

 「えっ……」

 「なんで露骨に残念がるの?」


 もしやラブコメの主人公はヒロインのせいで趣味の時間が無くなるようにできているのか?

 おいおいおいおい、え? いつ俺はゲームができるんだ?


 「じゃあ、またね。理君。茨田さんも、金ちゃんもバイバイ!」

 「ばいばいー」

 「もぐもぐ! またねー!」


 高校一年生の七月二十二日。正直なところ、慌ただしい日々が落ち着くことに少しだけ寂しさがあった。学校の時間が無くなって失う楽しさや気持ちもあるから。でも――――相変わらず暴れている宿命が、その隙間を埋めて、埋めすぎて、もう山になっていた。

 

 「今日はってことは、え、え?」

 「じゃああたしも帰るから、ばいばーい」

 「もぐもぐ……理、どうしたんだい?」

 「夏休み、終っちゃった……」

 「まだ始まったばかりだよ? うん?」


 無限にも思える夏休み。忙しない日々からの開放感から始まる悠久。ここにしかない夏休みに何を求める?

 鳴き続けるセミの、その木を眺めて、俺は――――大野の持っていた饅頭をとりあえずセミ目掛けて

投げつけた。ただ無情に。



――あとがき――

とりあえず紹介回。改めてヒロインと主要人物を整理した。髪型とか髪色とか変わったりしてるから。

普段はあまり見た目を重要視しないのですが、若干髪型とか胸とかは関わってくるので。


ということで夏休み編。始まります。イベント結構あって、ラブコメっぽくなる、はず。

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