第47話 暗黒大会終了、フランスパンを咥えて少女を添えて
少年は聞かれた。「夢の為になら死ねるのか」と。
少年は答えた。「それが美少女ギャルからの激励なら」と。
ゆえに理は暗黒野球バトルドーム、その眩いライトと、殺伐とした少女を前にして全く怖気ついてはいなかった。
「嫌だ! 死にたくない!」
バッターホームで何か叫んでいるが、覚悟はできているようだ。ええ。
「嫌だ! 嫌だ!」
――――どうしてこうなった? 記憶をたどっても、仮にその過程があったとしても、俺は共感なんてできないだろうけど。
いや、凄いんだ。天音の覇気と殺意が、あの赤い眼光、すっごいこっちを睨んでる。なんでそんな怒ってんだよ。
「ピッチャービビってる! へいへいへい!」
なんか外野はとち狂ってるんだが。球場の観客席にいる、茨田推しのオタクらが、俺の味方のはずなのに天音挑発してるよ。なんなんだ、寝返ったのか?
「もうこんな下らない事、終わりにしようよ。ほら、逝って」
天音は意味不明に笑いながら俺に示した。”お前、死ぬ準備はできてるんだろうな?”と。
いつから日本は美少女ギャルに邪な気持ちを抱いたら死ぬ国になったのか。どちらにしたって反論理的なのは間違いないが、それを今悶絶しても無意味なんだ。
俺はバットを構える。うまい棒よりもチョコバットよりも頼りのない気もする木製バットを。食べられるなら食べてしまいたい、最も喰らわされるのは俺なわけだが。
さてここまで色々とうだうだしてきた。その末に死のヒロインを目の前にして、ラブコメ主人公の俺が言えることはたった一つだろう。
「よし、かかってこい」
なろう系なら死ぬ時だってイキろうか。外野は「うおおおおおおおお!」って盛り上がって、天音はさらに血走ってるようだけど。なお、茨田は……
「だ、大丈夫なの? し、死なない、マジで?」
ベンチでひとりアワアワと慌てふためいていた。心配するなら天音を止めてくれ、と思いつつもここまできたら引けない。きっとバ〇ハ会長だってそうだったんだろう。知らんけど。
「ユルスマジ」
「いや、凄く逃げたい」
「イクゾー!」
天音は砕け散らんばかりに硬式ボールを握りしめ、大きく足を上げた――その覇気のあまり球場が静まり凍てつく――俺に狙いを定め、その腕から球をぶっ放した。
球は真っすぐの剛速球、今まではファンタジーすぎる変化球ばかりだったが、ここに来てど真ん中ストレート。まさしく俺の命を消し去るつもりか。
「天音、そこまで俺たちが憎いのか? ギャルが好きで何が悪い? オタクに優しいギャルがいると信じて何が悪い?」
俺は小さく問い掛けた。確かにこの世にはオタクに優しいギャルなんていないかもしれない。ただ信じるのは勝手だ。ていうか、天音の意味不明な変化球があるのなら、この世界にオタクに優しいギャルの一人くらいいたっていいんじゃないですかね、ええ?
ともかく俺は改めてその主義主張をバットに握りしめ、堂々と死のストレートに――――バットを横向けて置いた。
すなわち――――バント狙いである。
「な、なんだと!」
再び監督のフリをして次の番から逃れようとしていた大野は驚いた。
「え、ばんと?……ってなんだっけ?」
あっちのベンチで茨田は目を疑っていた。何故か首を傾げてるが。
「バ、バントだってー!?」
放送席のナポイはビールを鼻から噴射しながら叫んだ。
「ふん、バントかよ」
観客席の入り口から芝原は片足を引きずって覗いていた。
「なるほど。なるほど」
テレビの前の川さんは孫の手で自身の禿げ頭を掻きながら頷いていた――――って誰だ、この人。
「バントダトォ?」
一方で天音はまじまじとその結論を待っていた。ここで俺がバントを狙ってくるのは想定外だったようだ。たぶん。
勝機はあるか、一か八か。俺の作戦としてはこうだった――――天音の魔球なんて打てるわけないんだから、バントでしょ――――以上。
「うおおおおおおおおお! バントだああああああ!」
「いけええええええええ浦嶋あああああああああああああ!」
俺の切なる願いと観客席にいる味方の声援を宿したバットは死のストレートの領域、そのバットの中央に思い切り、ぶつかった。
「こ、これは!!」
火花が散る、プラズマが放出される、夢と希望が争う。激しい衝突――――お、重い! 腕が持ってかれる!! でも負けられない!!!――――――――なんてことはなく、軽くバットは折れた。
なんか残った部分、バットは――――アフロ? 扇子みたいになった。何これ?
「えー解説の廻え川さん、バットが折れた場合はどうなるんでしょう?」
「ええ! そうですね! ええ! 確かバッターの負けになりますね。ええ!!」
ということで俺はベンチに戻った。
死ぬかと思ったけど、なんだ、生存ルートちゃんとあるじゃん――――まだ天音が殺意飛ばしてきてるけどさ。
「理、よく頑張った。泣かんでええぞい。負けたことがきっと将来の価値になる」
「監督……」
「九番、大野金太郎君」
「アナウンス来たぞ」
「もっふ!?」
満々に座っていた大野を起こし、バットを持たせた。なんだかんだ、ここは野球部っぽい大野が頑張るしかなくなってしまった。
「僕は食べる専門なんだよね」
「そんなこと言ったら俺はゲーム専門なんだが」
「ぐぅ……」
ぐうの音を出して大野はバッターボックスへボツボツと。バットを掲げて、素振りしてトマトやレタスが綺麗に――――ん? あれ、あれバットか? サンドウィッチじゃないか? フランスパンの。
「ねぇ、それ反則なんだけど」
茨田はそう言いながらグラウンドにあがって、審判に抗議した。しかし審判は何故かVTRを確認して、すぐに「ちょっと何言ってるかわかんない」と茨田に注意した。
「いや、頭腐ってんの?」
茨田がさらに抗議すると審判は即刻”テクニカルファール”を吹いて茨田に注意をした――――あれ? 野球ってテクニカルあったんだっけ? ヤバい、審判がこっち見た。
「とりあえずここ一番、頑張るよ」
「ギラッ」
「うおー!」
大野は天音の殺気をもろともせず、雄叫びをした。親友の俺が分析するに、天音の殺気は脂肪で弾くことができるらしい。天音の天敵は相撲かもしれない。
「えー解説のナポリさん、改めて茨田推しチームが勝利条件と、あと勝敗による違いを教えていただけますか?」
「ええ! 簡単ですよ! ええ! つまり大野君がホームランを打てば推しチームの勝ちで、茨田さんはオタクの命令に一つだけ従うことになります。ええ!」
「では大野君が打てなかったら?」
「ええ! 参加者のオタクは皆死にます(真顔)」
「なるほど」
なんかルール変わってるかもしれないが、これも審判の圧力なのか、ただ俺は一向に構わない。一向に!! 大野が勝てば俺たちの理想が叶う、それだけだ。うんうん。
茨田がこっちを不満げにじーっと見てくるが、テクニカルファウルを恐れて文句を言えないのだろうか。いつの間にか審判の権力が凄いが、こっちにとっては有利なので気にしない。
「気に入らないわ。ホント……でもいいわ。天音が負けるわけないし」
茨田には自信があった。古今無双の怪物を味方にしているからだ。どれほど理不尽なルールを課されても最終的に天音が勝てば無意味と化すのだ。
ただ、戦いの場は野球。俺は知っている。大野の実力を。バットを持たせて大野が野球で負けたことなど一度もない――小学の時、あいつは毎日、チョコバットを食っていた――中学の時もあいつは毎日チョコバットを食っていた。
今はバットを食わなくなったけど――――あれ、俺の知る限り大野の野球経験無くないか?
「よし、頑張るぞぉー!」
「ムッコロス……」
紀元前から天音を前にして生き残った人間は存在しない。大野はそれを知っていても全く恐怖に侵されず、バッターボックスでフランスパンを握りしめていた。あの勇気ばかりは今までの誰よりも優れているだろう。本当に勇気なのかはわからないが。
でもそれが嘘でも、俺たち推しチームの全員は希望を抱いてもいいはずだ。大野ならやってくれる、俺たちの理想を叶えてくれると――――
「トドメダ!!」
天音は全身全霊、温存していた力の全てを球に込めて、大きく振りかぶった。大野はそれを見て構えなおす――――二人は睨みあい、緊迫した空気が流れる――――世紀の第一戦。会場も静まり返っていた。
「イクゾ!」
天音は込み上げる怒り全てを球に宿し、その一撃を放つ――――はずなのだが、止まった? 球を放つ寸前、姿勢が止まった。一体何が――――!?
「フ、フランスパンだと!?」
その場にいた全員が決して予想できなかった。二度見三度見しても驚きを隠せない。たが一番驚いていたのは、顎が外れそうになって驚いていたのは、大野自身であったこともまたそうだった。
つまり放たれたのは球ではなく――――”フランスパン”だった!
フランスパンはバットじゃない。ただ球でもない。だがルール上は、いや――――瞬く間にフランスパンはマウンドへ。その異様さと意外性、また見た目からも、まるであれはUFOのようだ。
「むっ?」
ただ天音もすぐに投球を再開する。完全に止まった姿勢から、ビデオを再生するように何事もなかったように、球を投げつけようとした――――が、天音が球を放つと同時に
「はむっ!?」
フランスパンは天音の口に。気付いたら天音はフランスパンを咥えていた。
何が起こったかわからない。そんな顔をしていたのは天音だけではない、芝原以外はみんなそうだった。それら開けっぱなしの口にパンが刺さってもおかしくないくらい?
しかし魔球はすでに放たれていた、もはや勝敗よりも異常現象に気を取られてしまったが、天音は球を放っていた。でもどこに?
「カ、カメラに映ってます!」
アナウンスの声、一同はモニターを見上げた。映っていたのは、どこかもわからない暗闇の中を高速でギザギザと、ブラウン運動している発光体? 恐らく球だった。
目と首でそれを追って、カメラも追っているが、突然それは画角の外へ。
どこに行ったのか、またアナウンスを待とうとしたその時――――ひとりの観客が空を指さした。
「あ、あれは?」
隕石? 煙瞬く黄金の光が空をなぞって、いや、こっちに近づいてきてる?
暗黒の空からその一粒はとてつもない音と共に球場へ迫ると――――スコアボードの下へ衝突した。
「審判、VTRに行きました。あれはホントに球なんでしょうか?」
「ええ! ええ? ええ!!」
運営が確認しに行くと、それはどうやら――なんか言い争いしてるが――天音の放った球らしい。
スコアボードに得点1が示された。つまりさっきのは球で、ホームランの判定。
「ってことは! おおおおおおおおおおお!!」
「……え?」
戸惑う茨田を無視して俺は大野のところへ、勝利の雄叫びをあげながら向かって行った。
バンザーイ! バンザーイ!っと大野を持ち上げようとしたが、ひとりじゃ流石に無理だった。
「おー! やったね?」
「これで茨田にあんなことこんなことが!!」
「おー?」
「ノーカウント、ノーカウントでしょ?」
大喜びする俺、いまいち状況のつかめていない大野、勝利に盛り上がっているところに茨田がとても怒った様子でアピールした。今のは無しだと。
「あんなのずるいでしょ! そもそもピッチャーが外に投げたらホームランなの? バットで打ってないし、そもそもフランスパンだし!!」
茨田が指さす方向、「もぐっもぐっ」天音が真顔でフランスパンを食べていた。負けたショックなのか、考えるのをやめてフランスパンを噛んでいた。
「茨田さん……」
「金ちゃん、な、なによ?」
「天音ちゃん、あれ岩盤くらい固いフランスパンなのに食べれてるの、羨ましい」
「そんなのどうでもいい!!」
「ピピー!!」
あ、VTR判定だ。フランスパンを食べている天音がモニターに映ってる。一体何を判定してるんだ?
「ピピー! 茨田、退場!」
「なんでよ!!」
大会主催者のはずなのに退場となる茨田氏。なるほど――――って待て。茨田が退場するってことは、この大会は??
「えー解説の廻川さん、茨田が退場となると、これは?」
「ええ! 規定によりますと ええ! ”無効”になります」
「え? 無効試合?」
「ええ! つまり全て無かったことになるんです」
「……」
「それよりも、ええ! あれを見てください」
廻川は暗黒の空、指を差す。そこにあったのは――――謎の発光体。まるで流れ星のように空を駆けている。
「ああ、綺麗だ……って無効?」
ここまでやったのに無効ってなんで? え? 俺の茨田バニー服作戦や鞭でムチムチプレイは? 全部なくなったの?
会場の皆、流れ星に目が眩んで忘れてるけど、それでいいのか?――――あ、流れ星がこっちに落ちてくる。
キイイイイイン――――迸る光の線、凄まじい衝撃波に全ては包まれ、暗黒世界は崩壊した。どうやら無効試合になるとこうなる運命だったらしい。
言い換えるなら、そうだ、一瞬だけあの発光体に宇宙人の影が見えたから、ロズウェル爆破エンドという、ことらしい。
「なにこれ??」
こうして暗黒大会は幕を閉じた。
それとともに俺は目を覚ます。見えたのは――――忌々しくも眩い夏の太陽、白い病室の鮮やかな空気と、窓の風に靡いている金髪だった。
俺がじっと見ていると、茨田はこっちに振り向いて、純白のままに、ただ一言。
「うわ! 顔色、悪っ!!」
近似して悪夢だった何かを見ていた俺のやつれた姿に、茨田は指を差して笑った。
さすがの俺もこれには擽られなかった。どうせ夢なら茨田のあんな姿、ああ、ハッピーエンドが良かった。
――あとがき――
ここまで読んだ人、なんと5000字読んでます。ここまで書いた本人も驚いています。そんなに書いたっけ?
あと1話だけ茨田編書いて、それから次に行こうかなと思います。暗黒大会編はほぼ茶番になりました、てへぺろ。(^o^)
ロズウェル爆破エンドは宇宙人に対して不謹慎かもしれないと思ったけど、アメリカが否定してるんで不謹慎じゃないという事で。
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