第45話 渡里天音のホームランダービー
暗黒夜空の球場は満員。応援団の少年たちは汗だらけになって叫び、吹奏楽部は重たい楽器を担いで熱ある演奏を、そしてチアガールはやっぱり可愛――――球場は大いに盛り上がっております。実況席へ戻します。
「チアガールはツイテ派。実況のナポイです」
「同じくハイソックス派、解説の廻川純であります!」
「さて、今回の暗黒体育大会。どうやら第一種目は野球のようです。茨田推しチームとオタク滅殺チームがそれぞれベンチに入ってますね」
「ええ!! オタク滅殺チームの女子たちのほとんどはギャルですねぇ! 野球なのでハイソックスです! ええ!!」
「そ、そうですね。一方の茨田推しチームは……」
ユニフォームがはち切れんばかりの太い腹、立派な白いチョビ髭、険しい顔をしている巨匠が腕を組んで選手たちの前に立っていた。
「ごほん、いいか。相手は女だからって油断するな! もぐもぐ! こっちは命が掛かっているんだからな! もぐもぐ!」
「か、監督! そのフランスパンはおやつに入りますか!」
「もぐもぐ! これか! これはフランスパンじゃない、本場フランスの知る人ぞ知る世界一硬いフランスパンだ!」
「か、監督! 質問に答えてください! その手に持ってるフランスパンと普通のフランスパンの何か違うんですか!」
「もぐもぐ! 先程仰ったとおりだ! マスコミ大丈夫か?」
「いや、だから監督!……」
フランスパンに齧りつきながら選手と言い争っている監督の姿が中継には流れていた。球場の高いところにある窓の中、実況席の二人はその映像を見て、なぜか胸を熱くしていた。
「監督と言い争うだなんて、凄い、彼らのこの試合に掛ける想いは相当なもののようです」
「ええ!! ああ! ええ!! そりゃあ命と茨田紗綾の命令権が掛かってますから! え――――」
「”茨田紗綾の命令権”ですか? 大会を制覇したものには茨田紗綾に何でも命令できるという……噂には聞いていたんですが、本当だったんですか」
「ええ! ええ! ほら見てください! ベンチにいる茨田紗綾ちゃんもそのせいか顔が真っ赤で――――は!?」
赤く染まっていたのはその窓の方だったようだ。実況席の二人は謎の魔球によって頭を強打、手に持っていたリンゴ酢をばら撒いて気絶してしまった。しかしなぜ気絶? おや、現場には硬式ボールが――――は!?
そうして実況中継が途絶え、会場はやや慌てふためき、また推しチームもそうであった。
「か、監督! 大変です! 男子が若干女子より多いです!」
「もぐもぐ! 論点のすり替え。だからダメなんだ! もぐもぐ!」
「しかし、監督!」
「それ以上言うなら素振り一万回だ! 連帯責任で!」
「監督ー! ふざけんな!」
実際は意味不明に暴動が起こっていたが、どちらにせよ滅殺チームにとっては仲間割れをしているから、その原因を気にもしてなかった。
ゆえにユニフォーム姿の茨田紗綾は深く考えることなく、二投目をベンチ目掛けて振りかざそうとしている渡里天音を必死に押さえていた。
「コ□ス、ワタシ、オタク、コ∇ス!」
「待って待って! それじゃ大会の意味ないでしょ!」
「ヤレルナラ、ヤル、ヨワイモノ、イラナイ!」
「なんか別人過ぎるんだけど! ちょっと見てないでみんな求めるの手伝っ――――」
後ろに助けを求めた茨田だったが、そこに誰もおらず、驚きのあまり石のように固まった。推しチームは九人、しかし滅殺チームは茨田と天音の二人。
「監督! やっぱり男子の方が多いです!」
「うるさい! わかった! こうやって奈良――――ボブ?」
「いいかげんにしろ、大野。てきをみややはまるな」
「それを言うならみややまるな、だね?」
「監督、見誤るなです……」
「……ペロッ」
大野は鼻の下にあった白いクリームを舐め、太った選手に戻った。
そもそも監督なんているわけなかったのだと、推しチームは悟り、とりあえず近くにあった壺を割りまくった。
「よし、メンバーを確認しようか。あ、まだフランスパンあるけど、誰か食べるかい?」
「もうフランスパンはいいですよ」
「そうだ、大野。早く先に進めろ」
「僕に云わないでよ。わかった、じゃあ確認するよ!」
――――鼓膜を引き千切らんばかりのサイレンが鳴り響くと、試合開始の合図。球場は歓声と熱狂に包まれていた。
「茨田推しチーム、負けるなよ!」
「絶対に茨田にあんなプレイをさせる! あと負けたら死ぬから負けるなよ!」
「なんで野球だけ全校生徒参加なんだー!」
「全員が平等なパラダイスみてぇな国作りてえなぁ!」
「絶対負けんなよ!」
そんな球場の混沌とした空気の中、青く輝く芝から飛び上がってマウンドへ、一人の怪獣が降ってきた。
砂煙立ち込める中、赤い眼光がぎらつく。
「オタク、絶対、ユルサナイ」
その化け物じみた気迫に一帯は飲みこまれ、静寂が訪れた。
何か音を立てようものなら彼女の握りしめている魔球が自身へ飛んでくると、本能的に悟ったのだろう。
「ねぇねぇ理。天音ちゃん、なんか張り切ってるね」
「いやあれはそんなんじゃないだろ」
「ギラッ!」
「ヨルガナイテラー」
「一番、上松五郎君」
その静寂を破ったのは許されし声、アナウンサーだった。
呼ばれたのは推しチームのトップバッター、上松五郎。身なりは平凡な学生、怪獣の立つ決闘場へ恐る恐る踏み出す。
「五郎君!」
「な、なに? 理君?」
「死ぬなよ」
「……なんで僕が」
「ギラッ!」
「ゴロウイキマース!」
怪獣の眼光に引っ張られるように上松は急いでバッターボックスへ。木製のバットをなるように構えた。その足はブルブルと震えている。
天音は名も知らぬ少年が目の前に立つと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、硬式球をタジタジと握って――――まずは他の塁を見た、もちろん誰もいない。
「ジャア、イクヨ」
天音はゆっくりと投球フォームに入ると――――二塁へ投げた。そこには誰もいない。もちろんセカンドも。
ゆえに剛速球はスコアボードの方向へ。推しチームにとってこれはチャンスだった。
「上松、走れー!」
「え、あ、よ、よし!」
上松は混乱しながらも味方の声と、飛んで行った球をじっと眺めているだけの天音を確認して、勇気を出し、バットを捨てて走ろうとした――――が、剛速球が脇の下を通ったのは、バットを手から放そうとした寸前だった。
「ストライク!」
「え、え?」
上松はそれぞれ二度見した、天音のほうを、次に黒い服の男がそのミッドに収めているボールを。その後、計四回に二度見した。
ベンチにいる理を含めると八度見していた。理は肉眼で捉えられたなかった、今の超常現象をカメラの映像で確認した――――え、AI予想のところバグってる? え?――――またそれでも八度見した。
「曲がっ……たんだ?」
「もぐもぐ、フランスパンにトマトとレタスとハムを挟んでっと」
「スコアボード手前から真逆にしかも急加速して……」
「もぐもぐ、お好みで金ちゃん特製ソースを入れてみると」
「あり得ない、魔球ってレベルじゃねえぞ……」
「もぐもぐ、ウマイ!」
「……大野、ここ絶句するところだぞ。なんで美味しそうに食べれるんだよ」
「僕の故郷の森の国ではよくあることだよ?」
「ええ?――――って上松!」
医療陣が急いでバッターボックスへ。白目向いて気絶している上松を担架に乗せると後ろに運んで行った。
――――ああ、終った。その過ぎ去る挑戦者をじっーっと眺め、天音は何を思っているのか、俺にはよくわからない。ただあんな風に見られる末路が迫ってくるのだと、俺は目の当たりにした。
しかし天音の魔球のせいで、映像のAI予想がバグってしまった通り、まだ俺たちの未来も変わるのかもしれない。いい方向に?
――あとがき――
なにこれ? ラブコメどこいった? まぁいっか。完全にふざけるモードに入ってしまったわ。
ちなみにキャッチャーは前の界で登場した謎の黒い人です。弁当のところで出た人。
基本的に三人称でやったけれど、一人称のほうが恐怖感は出るよなと。しかし色々な視点を置くには三人称が自然なんだが、、次回は一人称でやろう。そっちのほうが感情的にはやりやすい。
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