第41話 入院したら金髪美女が隣で寝ていました

 病室の窓、青空とギンギンの太陽。クマンバチが漂っている、ブンブンとこんにちわと。せっかく複雑骨折したのだから朝寝坊くらい許してほしいのだが。


 「クマンバチ、なんか前より太ったか? 気のせいか……って、うわっ、近づくなぁあああ!」

 「――――うっさい!!」


 茨田の棘ある怒鳴り声が早朝の305室に響き渡った。羽音も羽も吹き飛ばすギャルのそれは、女の怖さを象徴しているようだ。ああ、耳がぁ刺された? 聴こえない?


 「まだ7時でしょ! 寝させてよ! ただでさえそっちのジジイの鼾が煩くて眠れなかったのに!」

 「グバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! ッツツツツッペッ!!」

 「きったない! 淡吐くな!!」

 

 茨田と爺さんが俺を挟んで睨みあっている。朝から二人とも元気だなぁ。茨田は傷もほとんど治ってるし、爺さんもピンピンしてる。俺はまだ片足は折れてて、しんどいな。

 まぁそれはそうと、さてさてスピードガン、今日の淡は時速150km/sか。おお、新記録だ! 毎日茨田に怒鳴られてるのにあんな剛速球を、さすがだ!


 俺は爺さんのドヤ顔にグーサインで返す。あとちょっとで世界記録だ、頑張――――なんか布団にベッチャリしたのが――――!!


 「このくそジジイがああああああああああああああ!!」

 「さんをつけろよ、若造があああああああああああああああああ!!」


 なんか違う、そんな毎日も始まって一週間。変わり映えが無くないほどに忙しなくなってきた。

 朝は起こされるし、自由な時間もあんまりないし、てかまだ身体中痛いし、隣りのジジイはクセ強いし、隣りの茨田は一日中一緒に入れてハッピーハッピーだし、それに――――


 「はいはいー、お爺さんもお兄さんも朝から喧嘩しないでー、朝食ですよー!」

 「ナース!!」


 美人ナースにお世話になれるのでもうどうでもいいです。ありがとうございました。顔面淡だらけになっても美人ナースに拭いてもらえてるので最高です。


 「わしも拭いてくれんかぁ? なぜか汚れてしまってなぁ」

 「あれ、お爺さんもベトベトですねー」

 「うわっ、あのジジイ、どうしようもないわね」


 ツルツルになっていく爺のドヤ顔。俺を羨ましがったのか、淡を自分の顔面に付けるとは、さすがにそこまでついて行けない、俺の負けだ。あと無い髪を整えるの、美人ナースも苦笑いだぞ。茨田に至っては吐きそうなほど青ざめてる。


 「あの、ナースさん! お願いだからこのクソ共と別室にして!」

 「あー茨田さん、もしかして今日も眠れなかったですかー?」

 「そう! これじゃ入院してるのに悪化するわ!!」

 「はーい! ナースちゃん! わし、夜寝かせない古きハンサムじゃぞー!!」

 「はーい! ナースのお姉さん! 俺、朝寝かせない現役のイケメンでーす!」

 「あ? 若造が!! 年金で窒息死させたろうか!」

 「やれるもんならやってみろ! クソジジイが!!」


――――けたたましい朝、クマンバチはウンザリしながら窓を離れて行く。そしてまた明日、恨みを晴らしに来るのだろう。



 で、とりあえず状況を確認したい。この前の体育大会で天音と二人三脚してたら、いつの間にか体育倉庫にいてぶっ飛ばされて、目が覚めたらここで寝ていた。隣りには茨田が居て、あとクソジジイが居た――――なにこれ??


 「若造、ボケてるのか? 怖いのう」

 「はははは! 夢ならばどれほど良かったんだろう……」

 

 もう一度確認したい。この前――――、


 「若造、朝食はさっき喰ったじゃろう? 認知症ならあっちの病室じゃぞ」

 「はははは!――――黙れクソジジイ」

 「なんじゃと! ガルアアアアアッ、ッペッペ!!」

 「負けるかよ! ッペッペッペ!!」


 そもそも頭の中で回想しているのに話しかけてくるな。昼になっても俺はクソジジイと唾を吐きかけ合っていた。平和な戦いです、ええ。


 「ほんと、こいつら暇な奴ら。呆れるわ」

 「なんだよ、茨田! 文句あるならかかって来いよ!」

 「グバアアアアアアアアアアア――――」

 「嫌に決まってんでしょ! きったない! いい加減、そうゆうの止めてよ――――てか止めろ。」


 「ハイ」


 心臓に針を刺すような茨田の視線に、俺もクソジジイもさすがに勝てませんでした。これからの余生は唾液じゃなくて罪で食べ物を消化していく心持ちです。

 

 しかしながらそんな罪意識の日々では詰んでしまうので、俺はいつものようにSwitchを取り出してゲームするしかない。よし、キャバクラ行くぞー! 今日も貢ぐぞー! 金髪巨乳でのあの子を金で落としてやるぞー! すでに借金は百万超えたぞー。


 「理、ほんとゲーム好きね。休み時間もずっとやってるし」

 「なんだよ、茨田?」


 「……何のゲームやってるの? ねぇ?」


 画面の中に金髪巨乳の蕩けた顔、外には金髪貧乳のジトっとした疑いの顔。その間違い探し、答えはそこじゃなくて、迫りくる茨田の威圧感のほう。


 「く、くるな!」

 「なに? なんか隠してんの? ねぇ?」

 

 何故かジト目は見透かしたようなニヤつきに合わさって、俺のSwitchに手を伸ばしてきている。嫌だ! 見られたくない! 絶対に罵られる!


 「なんで差し出してんの? まぁいっか――――ってなにこれ? エッチなゲーム?」

 「違う! それは借金してキャバクラで貢ぐ、恋愛シミュレーションゲームだ!」

 「え、それって恋愛なの?」

 「恋愛に決まってるだろ、俺はラブコメの主人公だぞ!」

 「ちょっと何言ってるかわかんないけど。てかこの金髪の子、好きなの?」

 「……」

 「ふーん、金髪の巨乳の子が好きなんだー?」


 問題。今の茨田はどんな顔をしてるでしょうか。俺は謙虚に目を逸らしてるのでわかりません。ちなみに声色はクスクスっとしてる馬鹿にしたような、それでもって心をぐりぐりして遊ぶような。

 なお、俺は舌で頬をぐりぐりと膨らましてるけど、別にニヤケてしまいそうなわけではない――――


 「へー、この子が好きなんだー? 理ってやっぱ金髪の子が好きなんだー、でもちょっとあたしと違うところあるな―」

 「おっぱいは皆、爆乳でした!!」

 「なんで自信満々に叫ぶの? きもいんですけど――――って、もしかして性格とか、ギャルっぽいから選んだってこと?」

 「そうですよ、ええ。見た目よりも性格、俺はラブコメの主人公だぞ!」

 「やっぱわかんないけど――――じゃあギャルっぽいから好きになったんじゃないんだ、ちょっとがっかりー」


 え、これは、どっちだ? ガッカリとか言ってるけどそんな感じには見えない。嘘なのか? それとも何か、いや、どっちでもいい!!


 「ギャルが好きです! 今一番好きになりました」

 「ふ、ふーん? なんでさっきから敬語? そんなに好きなの?」

 「好き、金髪の色白とか最高!」

 「そう、確かにこの子、そういう感じだし。あれ? そういえばあたしとちょっと似てる?」


 なにか企んでるようないじわるな顔。茨田、ま、まさか、ここまで来て? 散々だった体育大会を越えて、なんなら全身複雑骨折までして、ようやっとご褒美を!

 茨田は俺の心理を完全に見透かしているようだ、そのままゆっくりと俺の耳元に唇を近づけて――――、


 「ねぇ、だったらこのセリフ、読んであげよっか?」

 

 あー、知ってますか。僕は今、入院しています。しかも個室じゃありません。そうなるとですね、そりゃあ、大変なんですよ、ええ。だから正直、こうなるともう、もう――――


 「お願いしまあああああああああああああああああああああああああ――――」

 

 ピン、ポーン! ピン、ポーン! ピン、ピン、ピン、ポーン!


 「ナースさんや、ちと入れ歯がどこかに行ってしもうてのぉ?」

 「え、ええ、今つけてたりしませんか?」

 「ナースさんや、隣りの若造を懲らしめる用の方じゃ」

 「ええ?」


 やってやったぞ――――と、ゲス顔ジジイは熱いひと時に水を差して、満足げ。今まで静かだと思ったが、まさか最高潮寸前で妨害してきやがった! 性格悪っ!


 「若造、わしの目の前でギャルとイチャイチャする。そんなの許すわけなかろうが!!」

 「クソジジイ、なんてことを!」

 「少子高齢化、バンザーイじゃ! はっはっは!」

 

 クソジジイはとんでもないセリフと共に高笑いしている。完全に俺を見下し、勝利を浮かべている。

 でもだからなんだというのだ――――俺はジジイの目の前でも堂々と茨田のエッチなセリフを楽しんでやる。


 「茨田! 俺は構わない! むしろ見せてつけてやろう! さぁ!!」

 「な、なんじゃと! 最近の若いもんは、な、なんじゃと!!」

 「ジジイ、俺には金髪ギャルだけを見てる。だからどこでも関係ない! てか我慢できない! さぁ、茨田! 頼む!!」


 俺は悔しさのあまり絶句するジジイも気にせず、目前の欲望に忠実に訴えかけた。ずっと入院生活でもう、もう――――


 「む、むりぃ……こ、こんなの」

 「え?」

 「さっきまでジジイいるの忘れてたし、ナースだってくるし、それに、な、なにこのセリフ、や、やっぱ、これエッチなゲームじゃん! こんなの無理!」


 茨田が恥ずかしそうに顔真っ赤にして、もじもじしてる。こんな茨田初めて見た。いつもは強気なのにこんなに弱弱しくなるなんて。相当ハードルが高いのだろう。

 そういえば結構攻めたセリフも多いゲームだった。ああ、そうか、ゲームだから叶うこともある。現実の女の子はこんなことしない。だからゲームで理想を――――でも


 「茨田……やれるって。俺は信じてる」

 「え、えぇ?」

 「茨田がいつも頑張ってるの、俺は知ってる。だから信じてるんだ」

 「お、理……」


 毎日動画上げるのも、リスナーの期待に応えるのも簡単じゃない。茨田はアンチも多いし、その分だけリスナーに合う美容を求め続けていた。俺はゲームの実力だけ、上手い下手で決まるけど、茨田は周りの人気で大きく左右される。俺にはそっちのほうが遥かに難しいと――――仮にそうでなくても、俺が茨田のセリフを聞きたいのはもう揺るがない!


 「俺は茨田なら言えるって信じてる。だから聞かせてくれよ」

 「……そ、そこまで言うなら」


 茨田は深呼吸をして改めてSwitchの画面、そのセリフを確認する。まだ赤らんだ顔を、身をわずかに震わせながらも、なんとか俺のほうをじっと見て、口を開いた。


 「――――――。」


 時が止まったようだった。病室の時計の針ですら見惚れるほどの一言が広がった。


 一方で俺は放心しながらも泣いていた。どこか別の次元に想いを置いて、ただ俺の頬には涙が流れていた――――ああ、やったんだ。身体中の力が抜けた。最高な言葉だった。もう何もいらないかもしれない。きっと去勢しても後悔しないだろう。


 「ま、まんぞく、した?」


 言い切った茨田はSwitchで真っ赤な顔を隠しながらも、ちょっとだけ顔出して俺を覗き込んで、どこかあどけなくニヤついていた。そうか、今、ゲームを越えた。やっぱり金髪ギャルは茨田しかあり得ない。


 「えーっと茨田さん、どこか具合が悪いですか?」

 「!! え、い、いや、そ、その!」

 「熱あります? 体温計りま――――」

 「だ、大丈夫です!!」


 美人ナースは今日も可愛い。あ、茨田が布団に隠れた。時速170kmだ。ああ、さっきの淫らすぎたセリフ、聞かれてたんだ。

 

 「うわああああああ、やっぱ言わなきゃよかった!!」

 「…………若造、幸せにしてやれよ、あんなの言わせたんだか――――」

 「よし、次はこのセリフにしようかな?」

 「なんじゃと?」

 「やっぱこれかな!」


 「もうお嫁に行けなあああああああああい!!」

 

 入院生活。全身ボロボロから始まって、今となって、なんかもう最高です。

 俺は余りの恥ずかしさに泣いてる、悶絶してる。布団がうねうねしてる、幼児退行してる、茨田の隣で次のセリフを探すためにゲームを弄っていた。

 その異様な光景にジジイの淡は干乾びたらしい。

 

 「あ、このセリフにしよう」

 「うわあああああああああああん!! もうおうち帰りたああああああい!」







―――あとがき―――

えーしばらく入院編が続きます。やる予定なかったんですけど、なんか増えました。あと二話くらい。

ちなみに次回は美人ナースのパンツを見に行く話です! やったー!!


以下、

やっぱりこのラブコメは楽しんで書いてる。もう内容あんまり気にしてないところあるわ。

なんか4時間か5時間くらいかかってるのか? 最初は米津してたけど後半はもう意味わかんなくなってきた。主観でも客観でもなく、直感でもないのか、けれども幼児退行とかその前も無しじゃない。思えば、茨田でオチをつけたことなかったかも。


前半のわかった? もうノリノリで入れまくってたよ。こういうのはやっぱり楽しいのよね。若干、ふざけすぎてるかもしれないけども。

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