第40話 理と茨田の二人三脚

 縛られると窮屈に感じるのは爆発寸前の憤りのせい。なんで何もしてないのにあたしは縛られてるの。回想長すぎて何言ってるかわかんないし。

 身体を激しく揺らして縄を解こうとするが、むしろキツくなっているのは、必死なあたしに見下しの視線を浴びせる根暗女が目の前にいるからだ。


 「逃がさない。絶対に逃がさない。逃げてみてもいいけど痛いだけだよ?」

 

 研がらしたハサミを見せつけ薄気味悪い笑みを浮かべる女。あたしの顔はすでに開いた刃の片方に映っている。この女、本気?

 

 「何が目的!!? あたしにどうしろっていうの?!」

 「動画じゃそんな荒げなかったのにいい感じに崩れてる……たまらない!!」

 

 まともじゃない! 女は気持ち悪く顔を赤らめるとあたしにじりじりと近づいてくる。ハサミをジャキジャキって。嘘でしょ?

 

 「ああははは! 近くで見るとやっぱり綺麗?! 整った顔してる。それにこの髪……」

 「触んな!!」

 「元気だねぇ、金髪? 染めたんでしょ? この前まで茶髪だったっけ?」

 「なんでそんなこと知ってんの!!」

 「紗綾チャンネルをフォローしてるから」


 正論だ。なんか肝が冷えた。そういえば動画内で髪染めてたっけ。ってそれでもこの状況だとストーカーみたいでキモイ。

 

 「お、怒ってるの?」

 「怒ってる? なんで?」

 「か、返すから……」

 「返す? ああ、あなたがここにおびき寄せたエサの高級のリップのこと? 馬鹿なの?」

 「馬鹿じゃねえよ!」

 「たしかに落ちてるリップを辿ってく様は馬とか鹿よりもイノシシって感じで可愛かったなぁ……まさかこんなので釣れると思わなかったけど」


 冗談でも笑えない状況。でもあの非売品のリップを目の当たりにして盗んだ後悔はない。そのせいでこうなったけど。

 

 「私は怒ってない。むしろ冷静。冷静にあなたと話したかったの、ほら、さっきもそうだったでしょ?」

 「さっき? 意味不明な呪文のこと?」

 「……ああ」

 

 女の赤い顔がサッと白く変わった。皮肉していた眼差しも凍てついたものになってまるで別人だ。


 「――――そうよ!!!」

 「ちょっと!! やめっ!」


 女は急に目を見開くとあたしの長髪を引きちぎれるほど引っ張り、ハサミでバッサリと無茶苦茶に切りつけてきた。

 純粋な子供の顔をする女に身体の芯から何か震えた。あたしは必死に身体を揺らして抵抗する。けれど、もっと髪を引っ張られて痛く、女はもっと嬉しそうにあたしの髪をザクザクと切っていく。な、なんで。


 「あはは! いい気味!! 随分短くなったね! あ、見たい? 鏡持ってこようか? あはは!!」

 

 女は奇声をあげたまま鞄から取り出した鏡をあたしに向けた。けれどそんなの見たくなかった。あたしは目を逸らす――――が、 女はあたしの頭を掴んで無理やり鏡にあたしを向けさせた。

  

 「肩まで伸びてた髪が耳元までもなくなった! ぼっさぼっさの男みたいな髪! お似合いね!」

 

 腹を抱えた笑いが一人分以上に響く。特に露わになった耳に。切られた髪はまだ綺麗に見えて、まだ自分の一部な気がして、だから本当に切られたんだと実感した。


 「けれど――――ショートも似合ってんの、さすがあたし」

 「……は?」

 「もうちょっと切ればベリーショートみたいな感じに整いそう。これはこれでありじゃん」

 「…………なにそれ、ありえない!!!!」

 「いっ――――」


 床に凭れた金髪は赤く染まった。血走り叫んだ女がその刃をあたしの顔へ切りつけてきた。頬、眉間、瞼。

 

 「はぁはぁ……そんな余裕ないのわかった? その気になればすぐ殺せるの、わかった?」

 「いっ……た……」

 「返事がない!!!」


 血のカーテンに隠された視界。けれど痛い。今度は脚を切られた。なんなの、意味わかんない。


 「ほら、返事は? もっと汚くなるよ?」

 「……。」

 「あら、まだわからない? もっと、血のクリームを塗りたくる? もっと穢れた肌になる?」

 「…………クソ喰らえだわ」

 「だったら――――!!?」


 女はハサミを握りしめ、あたしの膝目掛けて突き刺そうとしてきた――――殺される。あたしは咄嗟に動けないながらも身体を傾け、転びながらもなんとかハサミを避けた。

 

 「アホみたい。ただ返事すればいいだけなのに。頑固。そこまでして何を大事にしてるの?」

 「何って、そんなの美貌しかないでしょ。わかんないの?」

 「美貌? 髪は切られ、顔も体も傷だらけ。それで今からもっと傷だらけになって無残になるかもしれないのに? 馬鹿なの?」

 「馬鹿はそっちでしょ。白いだけの根暗女」

 「は? まだ懲りないの?」

 

 根暗女は血塗れのハサミをまた開いてあたしに向ける。短気なのはお互い様のようで。

 でもこのままじゃホントに殺されそう。逆らうつもりしかないけどどうしよう。身体中痛いし、息も苦しくなってきたし、シンドイ。


 「もうなんか冷めちゃった。あほくさい」

 「え?」

 「やーめた」


 女は呆れた様子で回れ右。あたしに背中を見せて離れて行った。さっきまでの殺伐さは嘘みたいに軽くあっちに歩いて行った。た、助かったの――――――――!!?


 「拳銃でーす。包丁と迷ったけど、どうせなら潔く頭撃ち抜いてあげる。気持ちよく血が出るでしょうね」

 「な、う、そでしょ。ここ日本だし、モデルガンとかで――――」


 バン。天井に穴が空いた。何重にも響く野太い音に骨から震えて悲鳴が出そうだった。濁った香りが漂って女は芳しくしている――――ここ日本でしょ?

 

 「もうどうでもいいけど、最後に聞いてあげる。私とあなたどっちが綺麗?」

 「……は?」

 「聞くまでもなかった? そう、私のほうが綺麗でしょ? でもそんな私でさえ、幸せにしてくれる男はいなかった。だからあなたが大事にしてる美貌なんてどうせ、なんの意味もない妄想だったでしょ?」

 「……」


 ――――あたしはたぶん性格が悪い。嫉妬とか悪口とかコメントに書かれるとすぐに叩きに行ってそのアンチが泣くまで追い込むくらい性格が悪い。でもそれでもいい。あたしは死んでもアンチの言う、そう、メイクとか服とかに意味がない、そんなに綺麗になろうとしても意味がないっていうのを認めたくない。認められない。だってすでに――――この世で最も美しい人間を知っているから。あの女、霞京子に消して敵わないことを解ってるから――――けれどそんなの、そんな真実を受け入れられない。そんなの悔しすぎる。私の全部が無意味になってしまう。


 「でも……そうだ。きっとあんたの言うことは正しいかも」

 「当たり前でしょ。私はこの身をもって――――」

 「けれどあたしはそれでも諦められない。あの女に負けを認めるのは無理」

 「何のこと言ってるの? もう気が狂った?」


 根暗女は皮肉を吐きながら銃口をあたしに向ける。その穴の道の奥は真っ暗だ。今からあたしの頭にはそんな穴が開くのだろう。

 でももう一つあたしには見える。たぶんこの根暗女にはすでにそんな穴がどこかに空いてしまったのだろうと。もう誰にも塞ぐことのできないかもしれない、暗い心の穴だ。

 女は引き金に指をなぞる。あー、ここまでアンチにやられたのは、やられるのは初めてだ。でもこの子は最初はあたしを信じていた。ならせめて最後に、いや、やっぱりアンチはアンチ。徹底的にその穴をぶっ壊してやりたい。


 「私はそいつが嫌いだし、私のリスナーはそんな男を好きになることはないわ。あと――――女は見た目が全てじゃないとは言わないけど、私は自分のために綺麗になってんの。それを否定する奴はどんな男でも女でも絶対に許さない」

 「……あっそう。汚すぎる美しさだわ。血に溺れてどうぞ――――!」


 銃声。引き金は引かれた。

 もういい。捕まって髪を切られたときから覚悟してたこと。あたしには力はない。暴力には勝てない。元々アンチは多かったし、こうなるのも運命だった。けれど死に方くらいは選んで死ぬ。命乞いはしない。霞ならするかもしれないけど。てか、しろ――――――――あれ? 生きてる?


 「な、え? 嘘? え? なんで? ここ日本のはず?」


 汗をダラダラと流し、震える銃口。女は狼狽えていた。何があったのか、ありえないくらい動揺している。その視線はあたしの後ろ?


 「銃弾って柔らかいですね」

 

 ボキッ。一つまみしていた銃弾ではないはずの、でもなんか銃弾っぽい何かを指で潰して粉々にしていた――――渡里天音が。え? 銃弾をつまんだの? え?


 「な、なんなのこの化け物は! こんなの殺さないと危険すぎる!、今度はちゃんと撃ち殺し――――!!?」


 女はその銃口を天音のほうへ。あたしよりも目の前に現れた魔物へ、それからくる恐怖、身の危険へ直ちに対応しようとした――――が。


 「そう来ると思っての――――回し蹴り、名付けて天音キック!!」


 すでに間合いの内。天音は女が引き金を引く前に強力な回し蹴りを女へ向けて放った。その蹴りのスピードは目で追えるものじゃない、もはや世界のバグ、蹴りの残像によって女は大きく吹っ飛ばされ壁にぶつかって気絶した。

 

 「ふぅー。やったか?」

 「え、やってたら、それって死んでるってことになるんだけど」

 「でもこういうのだいたい大丈夫なやつだから」

 「そ、そう」

 「って茨田さん、酷い怪我! 早く保健室いかないと! あ、病院のほうがいいのかな」

 「……??」

 「どうしたの茨田さん?」

 「――――――なんか、もう一人倒れてんだけど?」

 「え?」 

 

 天音の回し蹴り。その威力は簡単に命を絶てるほどに見えた。だからちょっと怖かったけど、女は気絶しているだけで済んでいるみたい。だけど威力的にそれじゃ採算合わなそうで――――あっちのいつの間にか空いてた壁の向こうにぶっ倒れてる体操着の――――男の子が。


 「天音? なんかすごい汗? 顔色悪いけど?」

 「……忘れたた」

 「忘れてた?」

 「二人三脚」

 「あ、そういえばあたしも理と、もう終わっちゃった? ってこの怪我じゃ――――あれ?」

 

 あの微動だにしない体操着の子って――――理じゃね? え、なんで? 怖。

 天音なんかすっごい顔青いし、え、どうゆうこと?


 「と、とりあえず、救急車呼びましょ」

 「そ、そうですね……あと警察も」

 「警察? そっか、あの女を――――」

 「自首します」

 「え? 天音?」


 ――――警察と救急車が来ていろいろと学校は慌ててたけど、まぁなんとかあたしと理は救急車で病院へ行った。思ったよりも怪我してるっぽくてあたしも入院するみたい。で、あと、あの女は警察に連行されて、あとなんでか天音もパトカー乗ってた。うん、なんで? 事情聴取ってやつ?

 まぁいいか。なんかせっかくの体育大会なのに最後の最後はごちゃついちゃったな。もうちょっと楽しめたのかな。



――あとがき――

茨田の一人称が私からあたしに変わりました。えー、天音の一人称も私で会話的にややこしいので変えました。ウチと迷いましたが、なんか違うなとあたしになりました。


あとヒロインが捕まったら面白いと思ったので連行されました。ちゃんと釈放されたので大丈夫です。

体育大会編めっちゃ時間かかったけど、内容自体はほぼ決まってたんですが、なかなか書くのが難しかった。特にこの回と前回。


ちなみに次回も決まってて、それはそれは一番楽しいところです。

体育大会編は五万文字を簡単に越えてしまってまとまりがないですが、まぁいっか。と受け入れました。いつのまにかそうなってしまったので。

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