第38話 つまり二人三脚はイレギュラー

もしもそこが砂の惑星であって、奴隷と罵られながら走らされるとしても、きっとその足を繋いでいるものが魅力的な女子との手拭いならば、砂埃は花びらが舞うようにその場は花園だと錯覚できるだろう。


いや、この焼けるような直射日光と歪んで見える運動場の荒野は、少なくとも昨日までは花畑に見えていたんだ。


なのに今は――――この足を繋ぐ手拭いが鎖のように重く感じる。


「理君、その顔、何。」


天音はじとーっとした目に口をへの字にして、不満げ。

でもこっちの気持ちがわかっているはずだろ。気遣ってほしいものだ。


「あーあ、もう帰ろうかな」

「何言ってるの? もう二人三脚始まってるし、第一走者がほら」

「こっちはアンカー? だろ。今のうちなら逃げれるだろ」

「なにから逃げるの?」


いうまでもなく天音からだ、てか言うまでというか、言ったらぶっ飛ばされそうだから口が自然と玉留めしていた。


「てか、そもそも天音のほうが走るの速いから無理か」

「じゃなくて手拭いで足結んでるから無理だよ」


「……解いてい――――いたっ!」

「走るときに解けないようにきつく結んでおいたほうがいいね!」

「きつ過ぎて足の感覚ないんで走れないってばよ!」


なんでナルト?って顔をしながら天音は渋々、手拭いを緩めた。同時に俺には血も涙もあることを実感しました。


でも流れた涙が蒸発するほどに暑い日差しの中でも、やっぱり不満と絶望は消えないものだ――――茨田どこ行ったんだよ。


こちとら茨田の芳しい臭いを嗅ぎながら、またその綺麗な顔をまじかで――――、

「聞こえてるよ、気持ちわるい」

「勝手に聞くなよ!」

「こんなに近いと嫌でも聞こえるって!」


苦草、ああ、なんで俺はいつもついてないんだ。

茨田と二人三脚するために、違った、間近で茨田に罵られながら、あわよくば引きずられてゴミを見るような眼差しをされるために、今まで頑張ってきたのに。


「いつの間にか、もうすぐ二月だよ!」

「一応、六月のはずだけど! それに関係ないし!」

「てか、なんで天音なんだよ。他にも女子いただろ。なんでよりによって天音なんだよ!」


「……嫌?」


天音は俺の悶絶たる言葉に傷つき、俯いてそう言った――――わけではなく、むしろ俺に向かって真顔でそう言った――――クラスの女子がみんな拒否したと。


「なんで俺はいつもついてないんだ!」

「っぷ、日ごろの行いじゃん」

「おい、笑うな」


「ぷぷ、苦笑い、だよ」

「堪えてんじゃねえか」


俺は間違ってもラブコメの主人公のはずだったのにどうしてクラスの女子から嫌われているのでしょうか。

心当たりはまったくないのに――――何の悪戯だよ。


てかなんで今、さそう踊りしながら走ってる小林は普通に女子とペア組めてんだよ。


「ほらほら、もうすぐバトンくるよ」

「うわ、最下位じゃねえか」

「でもそんなに差は無いけど?」

「いや、先頭と50メートルくらい離れてるぞ」


ちなみにアンカーは200メートル走るルール。それで先頭はすでに50メートル先にいる。

無駄に長いのはアンカーをジョーカーだとバッカーにするための工作、そりゃ委員会は屈辱メーカー、でもそれでもゆっくり走ろうとする俺はエコカー、ついでに天音はダンプカー? イエイ!


「ごめん、ふざけた」

「そうだね」


調子乗ってラップしたが霞京子が睨んでるのでやめるぜ、ア、アララアァアァ!


「でも結局最下位だったら、適当に走って終わっていいだろ。真剣に走る方が恥ずかしい」

「それはダメだよ。前の人たちが頑張って走ってたし、理君だって練習、頑張ってたじゃん?」


……それもそうか。俺もなんだかんだ、茨田に叱咤されて踏まれたり、わざと転んだり、頑張ってきたよな。その成果を――――、


「理君、歩く?」

「なんで俺傷ついてんの?」


励まそうとして何故か純情と恋しさも混じって涙目になっている俺を気にすることも無く、汗まみれになってやってきた第三走者は、そのベトベトのバトンを俺に渡そうと手を伸ばしていた。


「それにさ、ねぇ、理君?」

「なんだよ?」


俺はバトンを握ろうと手を伸ばす。


「これくらいの距離だったら全員抜かせるよ?」

「……え?」


天音は俺からバトンを掠め取り、大きく地面を蹴って走り出した。

荒野は巨大な砂埃、それは世紀末を駆け抜けるバギーがポニーに見えるほど、をまき散らし、後ろはもう高速で振られるバトンの残像ほどしか見えず、横も色の線、髭でダンディに会場に流れていた高い声も無音のホワイトノイズにあてられ――――そして前はよくわからない。


実のところよく見えるのは青いだけの空。感じるのは背中をふんわりと過ぎていく暴風。


「天音はダンプカーじゃなくて、ブレーカー、ぶっ壊れだったのか」

「うるさい、ほら全員抜かしたよ!」


その秒数はおよそ2秒。だいたい100メートルを2秒か。

なんかもう驚かなくなってる自分が怖い。


「よし、じゃあこのままゴールしてさっさと終わるか」

「言われなくても――――あれ?」

「ちょっ急に止ま―――!?」


土星まで吹き飛びそうなところを天音が手を伸ばして足を掴んでくれました。ところであそこにある輪っかは俺のものですか?


「ってどうしたんだよ?」


天音は突っ立って、ついでに俺を片手で持ち上げたまま、体育館のほうをじっと見ている。

あとちょっとゴールなのに、なんだよ。


「走る!」

「え――――ちょっ!?」


俺の次のセリフはもう聞こえない。置き去りされたそれは運動場でオフィシャルな曲と半信半疑に、さすがに夢じゃね?と運動場を高速でグッバイした天音がいたこと、その真実に胃がもたれていた。


そして俺の奥歯にはもちろん砂利が挟まって、それ以上にリスよりも口の中は砂利がいっぱいに詰まって、瞼に瓦礫があたって目も開けられない。


ただ電車の急停止の感覚が交互左右に何度も繰り返しているから、てかそのせいで背中が引きずって、引き裂かれそうなのだが――――天音はどこに向かってんだよ!


「もぐもぐ、なんか理たち、あっち行っちゃったね?」

「まさか遠回りポヨか?」


――あとがき――

今回はとにかくふざけまくってやったぜ。後悔はしていない。

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